EP 8
隠された擦り傷と、医学生の観察眼
「平気なわけあるか、バカ野郎」
ルナキンの騒がしい店内。
唐揚げの山とドリンクバーのジョッキに囲まれたBOX席で、優太の低く、冷徹な声が響いた。
元特殊部隊(SEALs)の教官であり、人の命を預かる『医学生』でもある彼の、絶対に誤魔化しを許さないプロの目である。
「ひゃうっ……!」
普段は数万人のリスナーを手のひらで転がしている小悪魔天使・キュララが、優太の射抜くような視線に思わず肩をビクンと震わせた。
「ゆ、優太さん……? な、なに急に怖い顔して……」
「隠すなと言っているんだ。右手を出せ」
優太は有無を言わさぬ動作で、キュララがテーブルの下に隠していた右手を引きずり出した。
白魚のような可憐な手は、赤黒く腫れ上がり、小刻みに痙攣(プルプルと震動)していた。
「痛ッ……! ちょ、優太さん、乱暴しないでぇ……っ!」
「……酷い炎症だ。ルナの極悪調整(アダマンタイト級の硬度)が入ったゴーレム相手に、あんな見栄えだけの細剣で全力の連続突きなんか放つからだ。腱と手首の軟骨が完全に悲鳴を上げている」
優太は医学生としての的確な触診で、瞬時にダメージの度合いを測る。
そして、彼の視線は次に、キュララの泥だらけになった純白のフリルスカートの裾――左脚の太ももへと向けられた。
そこには、うっすらと赤い血が滲み出していた。
「ダンジョン第一層の通路の壁に群生していた『腐敗の茨』だな。……あの無駄に長くて隙だらけの変身バンクの最中に、避けきれずに掠ったんだろ」
「…………ッ!!」
図星を突かれ、キュララは言葉を詰まらせた。
「な、なんで分かったの……?」
「俺を誰だと思ってる。お前がドローンカメラに向かって愛想を振りまいている間、周囲の植生と脅威度、お前の足運びの僅かなブレをずっと観察してたんだよ」
優太の完璧な状況把握能力に、キャルルやリーザたちも息を呑んで黙り込む。
『ルナキンの村長代行』という顔の下にある、戦術と医療のエキスパートとしての優太の凄みが、そこにはあった。
「……え、えへへ。バレちゃったかぁ」
沈黙に耐えきれなくなったキュララは、いつものあざとい「アイドルスマイル」を顔に貼り付け、パタパタと手を振って誤魔化そうとした。
「でもでも、ただの擦り傷だよ? ちょっと血が出てるだけだし、唾でもつけとけば治るって! リスナーのみんなに『痛いよぉ』なんて心配かけたくないし、完璧で可愛い天使のイメージが崩れちゃうからさ……」
「――ふざけるな」
ドンッ!!
優太がテーブルを強く叩き、キュララの言葉を真っ向から斬り捨てた。
「ただの擦り傷? 完璧なイメージ? ……お前な、自分の体をデジタルのアバターか何かと勘違いしてないか?」
「え……?」
笑顔を凍りつかせるキュララ。
「ここは地球の清潔なスタジオじゃない。未知のウイルスと魔力に満ちた異世界のダンジョンだぞ。あの『腐敗の茨』の表面には、未知の嫌気性細菌や魔法毒が付着している可能性が極めて高い」
優太は白衣のポケットから『タクティカル・メディカルキット』を取り出し、テーブルの上にガチャン! と広げた。
「ダンジョンの傷を舐めるな。たった数ミリの掠り傷でも、破傷風や壊死性筋膜炎を引き起こすには十分だ。そのまま放置して感染症になれば、24時間以内にその綺麗な左脚を根本から『切断』することになる。最悪の場合は、全身に毒が回って死ぬぞ」
「せ、切断……!? 死ぬ……!?」
キュララの顔から一気に血の気が引き、純白の羽が恐怖でキュッと縮こまった。
「リスナーの心配? 配信の撮れ高? アイドルのイメージ? そんなもんは生きて、両足で立っていられる奴だけが口にできる贅沢だ」
優太はピンセットと消毒用のポーションボトルを手に取り、キュララの目の前で片膝をついた。
「俺は医者(の卵)だ。目の前の怪我人を、見栄や体裁なんかで死なせるわけにはいかない」
「優太、さん……」
「動くな。今すぐここで、徹底的に消毒してやる」
これまで「可愛い」「癒やされる」とチヤホヤし、金を落としてくれる狂信的なリスナー(イエスマン)たちにしか囲まれてこなかったキュララ。
そんな彼女に対して、初めて『見栄え』など一切気にせず、ひとりの人間(命)として本気で怒り、本気で心配してくれる男が現れたのである。
ファミレスの喧騒の中で。
不器用で口の悪い医学生の、有無を言わさぬ本気の医療行為(手当て)が、今まさに始まろうとしていた。




