EP 5
駄女神の壁ドンと、唐突なクライシス(紅竜降臨)
村長宅の裏庭での「戦術的スキンシップ(という名の押し倒し)」から数十分後。
優太は、ポポロ村の広場に通じる人通りの少ない路地裏へと引きずり込まれていた。
「……あの、ルチアナさん。これは本当に誤解でして、俺はただCQCのマニュアル通りに相手の重心を崩してだな……」
ドンッ!!
冷や汗を流して弁明する優太の顔のすぐ横、レンガ造りの壁に、ルチアナの細い腕が勢いよく叩きつけられた。
見事な『壁ドン』である。
しかし、そこにあるのは胸キュンなどという生易しいものではなく、創造主としての絶対的な威圧感だった。
「おいコラ」
ルチアナは、優太の逃げ場を塞ぐように顔を近づけ、ドスの効いた低い声で凄んだ。
「チェリーの癖に、キャルル、リーザ、ルナの3人にフラグ立てて、一体どうするつもりよ? あーん?」
「フ、フラグってなんだよ!? 俺はキャルルには村長の護衛装備を渡して、リーザには腹減ってたからハンバーグ奢って、ルナには役人撃退のサポートを……全部、村の防衛と戦術の一環だろ!」
「それがフラグ(恋愛事象)だって言ってんのよ、この朴念仁!」
ルチアナは、優太の鼻先をツンッと指で突いた。
「キャルルは完全に乙女モード。リーザは餌付けされて好感度ストップ高。ルナでさえ、あなたの不器用な優しさに面白がって(興味を持って)首ったけ。……あんた、自分が異世界ファンタジーの主人公(ハーレム王)にでもなったつもり?」
「違う! 俺はただの医学生だ! 恋愛なんてサバイバルにおいては不要なノイズで……!」
「……あー、つまんね」
優太の必死の抗弁を、ルチアナは深いため息と共に切り捨てた。
彼女は壁から手を離し、夜空を見上げるようにして首をポキポキと鳴らした。その瞳から、いつもの「ゲームばかりしている駄女神」の光が消え、人間という矮小な存在を見下ろす『神』の冷酷な光が宿る。
「平和ボケした村で、ぬるま湯のラブコメごっこ。……正直、見ててあくびが出るわ。あんたたち、自分が常に死と隣り合わせの『アナステシア』にいるってこと、忘れちゃったんじゃないの?」
「ルチアナ……? お前、何言って……」
優太の背筋に、尋常ではない悪寒が走った。
元特殊部隊の教官としての第六感が、けたたましい警報を鳴らしている。
「そんなにイチャコラ(ラブラブ)したいなら……私が、二人の絆を試す『極上のクライシス(危機)』を用意してあげるわ」
ルチアナは、右手の親指と中指をすり合わせた。
「生き残ってみなさいな、医学生」
パチンッ。
路地裏に、軽い指パッチンの音が響いた。
――次の瞬間。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!』
ポポロ村の空が、突然、真昼から血のような『赤黒い色』へと反転した。
異常なマナの乱れ。大気が震え、村中のガラスというガラスが共鳴して悲鳴を上げる。
「な、なんだ!? 空間が……歪んでる!?」
優太が上空を見上げた。
割れた空の裂け目から、凄まじい熱波と共に『それ』は姿を現した。
全長数十メートル。全身をマグマのように赤く輝く強靭な鱗で覆い、巨大なコウモリのような翼を持った、空の絶対的覇者。
「グルルォォォォォォォォォォォォッッ!!!」
咆哮一つで、ポポロ村の木々がなぎ倒される。
災害級の魔物。かつてルナミス帝国の軍隊すら半壊させたという、伝説の飛竜。
――『紅竜』。
「お、おい嘘だろ……。あんなの、ミサイルか戦闘機がなきゃ勝てるわけねぇだろ! なんであんなバケモノがこんな辺境に……!」
「私が呼んだのよ。言ったでしょ、クライシスだって」
呆然とする優太の横で、ルチアナはケラケラと笑いながら姿を消した。「せいぜい頑張ってねー」という無責任な声だけを残して。
「クソ駄女神があああああッ!!」
優太は路地裏から飛び出し、広場へと走った。
村はすでにパニック状態に陥っていた。巨大な紅竜が上空を旋回し、口の端からボタボタと漏れ落ちる火炎の涎だけで、村の屋根が燃え上がり始めている。
「優太!!」
広場に、真紅のドレスを翻したキャルルが、トンファーを構えて駆けつけてきた。
その後ろからは、世界樹の杖を構えたエルフのルナと、鋭い牙を覗かせた魚人族のアイドル、リーザの姿もある。
「逃げろキャルル! あいつはオークとは格が違う! 空からの爆撃を喰らったら、村ごと灰になるぞ!」
優太が背中の『ワスプ薙刀』を引き抜きながら叫ぶ。
「逃げないわ! ここは私たちの村よ!」
「そうよ優太様! せっかくルナキン(ファミレス)で美味しいご飯が食べられるようになったのに、あんなトカゲに燃やされてたまるもんですか!」
リーザが、かつてないほど真剣な、そして強欲な戦士の瞳で前に出た。
「私……歌います! 優太様、キャルル、ルナ! 私の歌で、絶対に勝たせてみせるから!!」
絶望の空の下。
平和ボケしたラブコメ空間を消し飛ばす、最高難易度のレイドバトル(防衛戦)が、今、サバイバルアイドルの『歌声』と共に幕を開けようとしていた。




