EP 2
税金徴収人と、エルフの危険なハーブ
ポポロ村に異世界ファミレス『ルナミスキング(通称ルナキン)』がオープンして数週間。
魔王軍の加護という絶対的な安全保障と、地球のノウハウを取り入れた完璧なシステムにより、ルナキンは連日大行列を作るほどの特大の利益(銀貨)を叩き出していた。
しかし、甘い蜜のある所には、必ず羽虫が群がってくるものである。
「どけ! どけ下民ども! ルナミス帝国からの特使であらせられるぞ!」
ある日の午後。
ルナキンの店舗前に、無駄に装飾過多な一台の馬車が乗り付けてきた。
護衛の兵士たちを引き連れ、馬車から降りてきたのは、丸々と太り、指にいくつもの宝石を嵌めた、いかにも『テンプレの悪徳役人』といった風貌の男だった。
男はルナキンの立派な外観と、行列を作る客たちを見て、下劣な笑みを浮かべた。
「ほう……! 辺境のド田舎と聞いていたが、まさかこれほどの金脈が隠れていようとはな。よし、責任者を呼べ!」
横柄な態度の役人の前に、エプロン姿の優太が静かに進み出た。
「俺がこの村の代表(村長代行)だ。何の用だ、帝国の役人さん」
「ふん。私はルナミス帝国・特別徴税局のガメッツだ。この村は我が国とワイズ皇国の国境近くにある。つまり、我が国の保護下にあるも同然! よって、この店舗の売上の『80%』を、特別防衛税として直ちに納入してもらう!!」
ガメッツの理不尽極まりない要求に、周囲の村人たちがざわめいた。
「はぁ? 80%だと? それは税金じゃなくて、ただの強盗(みかじめ料)だろうが」
優太が呆れ果てたように言うと、ガメッツは顔を真っ赤にして激昂した。
「黙れ! 逆らう気か! こちらには帝国の法という大義名分があるのだ! 払わなければ、この店を直ちに営業停止処分とし、接収させてもらうぞ!!」
兵士たちが一斉に槍を構える。
元特殊部隊(SEALs)教官である優太からすれば、こんな兵士どもはワスプ薙刀の柄だけで3秒で制圧できる。
しかし、相手は一応『大国の正規の役人』だ。ここで暴力に訴えれば、ポポロ村が帝国に反旗を翻したことになり、厄介な国際問題に発展してしまう。
(……チッ、面倒なことになったな。どうやって法的に追い返すか……)
優太が舌打ちをし、脳内で医学生としての知識と戦術をフル回転させようとした、まさにその時だった。
「ふふっ。まあまあ、優太。そんなに怖い顔をしないで」
店舗の入り口から、ふわりと優雅な足取りで現れたのは、ハイエルフの美女・ルナだった。
彼女のその美貌に、ガメッツと兵士たちは一瞬にして目を奪われる。
「おや、エルフの女か。お前は話の分かるやつのようだな」
「ええ。帝国の役人様たちも、遠路はるばる辺境までいらして、さぞお疲れでしょう? 税のお話の前に、どうかこちらの『お香』で、長旅の疲れを癒やしてくださいな」
ルナは天使のような(しかし優太には底知れぬ悪魔に見える)微笑みを浮かべ、手に持っていた小さな香炉を、ガメッツたちの足元にそっと置いた。
香炉の中には、見慣れない紫色の葉が燻されており、そこから立ち上る甘く、ひどく濃厚な香りが、風に乗ってガメッツや兵士たちの鼻腔をくすぐった。
「ほう? なかなか良い香りではないか。……すぅぅぅぅっ。はぁぁ、なんだか、急に気分が……」
深く息を吸い込んだガメッツの言葉が、ふいに途切れた。
数秒後。
「……あひゃっ」
「……んふふふふっ。お花畑だぁ……妖精しゃんが、踊ってるぅ……」
「「「…………え?」」」
周囲の村人たち(と優太)が、一斉に硬直した。
さっきまで居丈高に怒鳴り散らしていたガメッツの瞳孔は、限界までガンギマリに開いていた。
彼はだらしなく口からよだれを垂らしながら、虚空に向かって手をヒラヒラと振り、完全に「あっちの世界」へと旅立っていたのである。
「おい、しっかりしろ局長! ……って、あれ? 槍が、槍がうどんになっちゃったぁ! にゃははははっ!!」
護衛の兵士たちも、武器を放り出してその場でヘラヘラと笑い転げたり、地面の石を愛おしそうに撫で回したりと、完全に末期症状の有様だった。
「……おい、ルナ。お前、こいつらに何を嗅がせた」
優太の顔から血の気が引いていく。
「あら。エルフの森の奥深くにしか生えていない、幻覚催眠植物『ハッピードリーム』の葉っぱを少し燻しただけよ? 森では、凶暴なオークを夢の世界に送って無力化する時に使うんだけど……人間の脳には、少し刺激が強すぎたみたいねぇ」
「刺激が強いどころの騒ぎじゃねぇよ!! 完全にキメて(ラリって)廃人一歩手前じゃねぇか!!」
優太は激しくツッコミを入れながら、頭を抱えた。
暴力(物理)は回避したものの、相手は大国の役人である。「ポポロ村でエルフの危険ドラッグを嗅がされ、部隊が全滅した」などと帝国に報告されれば、それこそ国家間の戦争(麻薬テロ)に発展しかねない大事件だ。
「ルナ! お前、これ完全に国際問題になるぞ! 麻薬取締法違反でポポロ村が焼き討ちにされる!!」
「ふふっ。でも優太、これで静かになったでしょ? あとは適当にその辺の森にでも捨てておけば……」
「捨てんな! 証拠隠滅するな!!」
ヘラヘラと踊り狂う帝国の役人たちと、微笑むエルフ、そして胃を抱える医学生。
「……くそっ、やるしかねぇ! 俺の医学的知識で、こいつらを『合法的』に村から追い出す大義名分をでっち上げてやる!!」
優太はルナキンの厨房に駆け込むと、急いで「白衣」と「医療用マスク」を引っ張り出し、己の全知力をかけた大芝居の準備を始めるのであった。




