第五章 3人のフラグとレイドバトル
換気扇のアイドルと、医学生のハンバーグ
異世界ファミレス『ルナミスキング(通称ルナキン)』ポポロ村支店がオープンしてから数日。
物珍しさも手伝って、店舗は連日、村人や行商人たちで大盛況となっていた。
「いらっしゃいませー! お客様二名様、ご案内しまーす!」
今日も店内からは活気ある声と、鉄板で肉が焼ける香ばしい匂いが漂っている。
そのルナキンの店舗の裏側。搬入口近くの、巨大な魔導換気扇が回っている薄暗い路地裏で。
「……すぅぅぅぅぅぅっ。はぁぁぁぁ……」
魚人族のアイドル・リーザが、換気扇から吹き出してくる『デミグラスソースと肉汁の匂い』を顔面いっぱいに浴びながら、目を閉じて深く、深く深呼吸をしていた。
そして彼女は、その匂いを逃さないように素早く口を開け、手に持っていたカチカチの『パンの耳(無料)』を齧った。
「もぐもぐ……。んんっ、今日は粗挽きハンバーグね……。脳内で肉汁の味を補完すれば、このパンの耳も立派なご馳走よ……!」
ルナミス帝国での親善大使時代、国庫の枯渇によって極貧の炊き出し生活を強いられていた彼女にとって、「匂いをおかずにタダの炭水化物を食べる」というのは、もはや魂に刻み込まれた悲しきサバイバル術であった。
「美味しい……。でも、やっぱり本物のお肉が食べたいわ……。優太様、最近ご飯作ってくれないし……」
リーザがパンの耳を齧りながら、ポロリと一筋の涙をこぼした、その時である。
「……お前、ルナミス帝国の元・特命親善大使だろうが。何やってんだよ、そんなところで」
「ひゃうっ!?」
背後から呆れたような声が降り注ぎ、リーザはウサギのように飛び上がった。
振り返ると、そこには地球のショッピングで買った黒いエプロン姿の優太が、腕を組んで立っていた。彼はルナキンのオープン以来、メニューの監修や衛生管理のアドバイザーとして、厨房の手伝いをさせられていたのだ。
「ゆ、優太様!? ち、違うのよ! これはサバイバルアイドルとしての『飢餓耐性トレーニング』であって、決してルナキンのハンバーグの匂いでお腹を満たそうとしていたわけじゃ……!」
必死にパンの耳を背中に隠すリーザ。
しかし、彼女の腹の虫は、優太の顔を見た瞬間に「グゥゥゥゥルルルルルゥゥゥ……ッ!」と、ドラゴンもかくやという凄まじい轟音を鳴り響かせた。
優太は、手の中のパンの耳と、油まみれの換気扇の前に立つ美少女を交互に見て、深く、深いため息をついた。
「……お前、あれだけ初日にアホみたいに(俺の金で)食い散らかしたのに、もう金がないのか?」
「だ、だってぇ……! ルナキンは美味しいけど、ポポロ村の屋台で食べる牛串も捨てがたくて……お小遣い、全部使っちゃったのよ……」
シュンと肩を落とし、完全に「お腹を空かせた野良猫」の顔になるリーザ。
その姿を見た優太は、ガシガシと頭を掻きむしった。
元特殊部隊(SEALs)の教官として、規律を乱す者には容赦しない優太だが、彼は同時に『医学生』でもあり、何より根が致命的なまでに『面倒見の良い男』だった。
「……たく。アイドルが換気扇の下でパンの耳かじって泣いてたら、村の(俺の)名折れだろうが。来い。裏口から入れ」
優太はクイッと顎で厨房の方を指し示した。
「えっ……? で、でも私、もうお金……」
「いいから来い。今日は俺の奢りだ。その代わり、まかない用の裏メニューだけどな」
「――――ッ!!」
リーザの魚人族特有の透き通るような瞳が、カッと見開かれた。
「お・ご・り」という、この世で最も美しい三文字の言葉。
彼女はパンの耳を放り捨て(後でちゃんと拾った)、猛ダッシュで優太の背中に飛びついた。
「優太様ぁぁぁぁぁっ!! 一生ついていきますぅぅぅぅっ!!」
「うおっ、バカ! 抱きつくな! 重い!!」
***
数分後。ルナキンの厨房の隅にある、従業員用の小さな休憩スペース。
優太は、地球の『スキレット(小さな鉄鍋)』に乗せた熱々の料理を、リーザの前にドンッと置いた。
「ほら、食え。優太特製『煮込みチーズハンバーグランチ』だ」
ジュワァァァァァッ!! と、デミグラスソースが焦げる暴力的な音と匂いが弾ける。
オークの合い挽き肉を使った分厚いハンバーグの上には、とろけるチーズがたっぷりと乗せられ、付け合わせには色鮮やかな温野菜と、ツヤツヤに炊き上がった大盛りの白米が添えられていた。
「ああっ……! 神様、ありがとう……!」
リーザは両手を合わせ、ものすごいスピードでハンバーグにフォークを突き立てた。
溢れ出す肉汁と、濃厚なチーズ、そして特製のデミグラスソースが口の中で爆発する。
「んんん〜〜〜っ!! 美味しいぃぃぃっ!! 換気扇の匂いなんか目じゃないわ! お肉が口の中でとろけるぅぅ!」
ハフハフと熱がりながら、白米をものすごい勢いでかき込むリーザ。
そのあまりにも幸せそうな顔を見て、優太は苦笑しながら世界樹の紅茶を淹れた。
「ゆっくり食え。誰も取らねぇよ」
「だ、だってぇ……優太様のご飯、本当に美味しいんだもの……」
リーザは口の周りにソースをつけながら、上目遣いで優太を見つめた。
「優太様……私ね、ルナミス帝国で炊き出しに並んでた時、いつかお腹いっぱいお肉を食べるのが夢だったの。……だから、本当に、ありがとう」
現金で強欲なサバイバルアイドルが見せた、嘘偽りのない、純粋な感謝の笑顔。
その無防備すぎる可愛さに、優太は一瞬だけ言葉を詰まらせ、誤魔化すようにそっぽを向いた。
「……バーカ。そんなの、アイドルの夢でもなんでもねぇよ。お前はもっと、ステージで輝くことだけ考えてろ。腹が減ったら、いつでも俺が……いや、俺が奢ってやるのは今日だけだからな!」
「えへへっ。優太様ってば、照れ隠しが下手くそね♡」
リーザはハンバーグの最後の一切れを口に放り込み、幸せそうに微笑んだ。
ポポロ村の裏口で交わされた、不器用な医学生と現金なアイドルの、少しだけ甘くて温かいランチタイム。
しかし、この平和な時間は長くは続かなかった。
数日後、ルナキンの莫大な売上の匂いを嗅ぎつけた『ルナミス帝国の強欲な税金徴収人』が、ポポロ村へとその毒牙を剥くことになるのである。




