EP 7
エルフの仕立て屋と、真紅のワンピース
ポポロ村の空が、うっすらと白み始めた頃。
村長宅の裏口のドアが、ギィッと静かな音を立てて開いた。
「……ただいま」
そこに入ってきたのは、顔に浅い切り傷を作り、泥と草の汁で薄汚れ、息を弾ませている優太だった。
その背中には、昨日彼がドヤ顔でキャルルに押し付けた『迷彩コンバットシャツ』がボロボロに破れた状態で張り付いている。
しかし、その瞳だけは、徹夜の狩猟明けとは思えないほど鋭く、そして満足げな光を宿していた。
「……おかえりなさい、優太。随分と派手に汚れてきたわね」
薄暗い厨房で、静かに世界樹の紅茶を淹れていたルナが、優太の姿を見てふわりと微笑んだ。
彼女は優太が必ず獲物を仕留めて帰ってくると信じ、ずっと起きて待っていたのだ。
「ああ。……ルナ、約束の品だ」
優太は泥だらけの手で、大切に抱えていた革袋をルナの前のテーブルにコトンと置いた。
ルナが革袋の紐を解き、中身を取り出す。
その瞬間、薄暗かった厨房が、まるで燃え上がるような真紅の光に包まれた。
「……ああっ……! なんて美しい……」
ルナは息を呑んだ。
そこにあったのは、一滴の血も、一粒の泥すらも付着していない、完璧な状態の『虹色孔雀の真紅の羽毛』の束だった。
エルフの優れた視力を持つルナには、その羽毛の一本一本から、強大で純粋なマナが溢れ出しているのがはっきりと見えた。
「これだけの魔物……普通に戦えば、必ず羽が傷つくか、血で汚れてマナが変質してしまうのに。あなた、一体どうやって……?」
「魔法は使わず、チタンワイヤーと近接格闘(CQC)で延髄だけをピンポイントで砕いた。キャルルの……『世界一可愛い村長』のドレスにするって決めたからな。傷一つ、つけたくなかったんだ」
優太は洗面所のシンクで顔の泥を洗い流しながら、何でもないことのように言った。
「……ふふっ。本当に、不器用で、朴念仁で……最高にカッコいい男ね、あなたは」
ルナはクスッと笑い、真紅の羽毛を胸に抱きしめた。
その瞳には、深い敬意と、少しだけの羨望が混じっていた。
「さあ、私の出番ね。優太が命懸けで持ち帰ってくれたこの最高の素材、私『ハイエルフ』の誇りにかけて、世界で一番美しく、そして『安全な』ドレスに仕立て上げてみせるわ」
ルナはリビングの広いテーブルに羽毛を広げると、目を閉じ、静かに呪文を詠唱し始めた。
「――風の精霊よ、糸を紡ぎなさい。光の精霊よ、色を留めなさい」
ルナの周囲に、淡い緑色のマナの粒子が舞い上がり始めた。
彼女が白魚のような指先を宙で滑らせると、テーブルの上の真紅の羽毛が、まるで生き物のようにフワリと浮き上がり、空中で極細の『真紅の糸』へと自動的に紡がれていく。
「すげぇ……。これが、エルフの魔法裁縫か……」
タオルで顔を拭きながら、優太は医学生としての常識を根底から覆す光景に目を奪われていた。
ルナの指先がタクトのように振られるたび、真紅の糸は空中で複雑に交差り、編み込まれ、みるみるうちに『布』の形を成していく。
裁ちばさみも、縫い針も使わない。純粋な魔力とイメージだけで、素材を衣服へと再構築していく神業だった。
「優太。キャルルのサイズは、私が一番よく知っているわ。激しい動きを妨げず、かつ女の子らしいシルエット……。そして何より、この虹色孔雀の羽毛は、優太が選んだ『防刃ケブラー素材』よりも遥かに軽く、鋼の強度と高い魔法耐性を併せ持っているのよ」
「……ってことは」
「ええ。可愛くて、ヒラヒラで、そして……『どんな暗殺者の刃も通さない、世界最強の防具』よ」
ルナが最後にフッ、と息を吹きかけると、空中で輝いていたマナの粒子がパッと霧散した。
そこにあったのは――。
息を呑むほどに美しい、真紅のワンピースだった。
肩口は少しだけ開き、胸元からふわりと広がるAラインのスカート。
布地はシルクのように滑らかで、朝日に照らされると、微かに虹色の光の反射を帯びている。
そして、月影流の武闘派であるキャルルがトンファーを振るっても邪魔にならないよう、袖の長さやスリットの位置まで、完璧に計算し尽くされたデザインだった。
「……完璧だ。ルナ、お前、すげぇよ」
優太は真紅のワンピースに見惚れながら、心からの賛辞を送った。
「ふふっ。素材が最高だったからよ」
ルナは少しだけ額に汗を滲ませながらも、誇らしげに微笑んだ。
「さあ、もうすぐルナミスキングのグランドオープンの時間よ。優太、早くその泥だらけの服を着替えてきなさい。……そして、このドレスを、ちゃんとあなたの言葉で、キャルルに渡してあげるのよ」
「ああ、分かってる」
優太は力強く頷いた。
「生存確率」と「可愛さ」。
二人のすれ違った願いが、不器用な努力とエルフの魔法によって、今、一つの『至高のドレス』として結実した。
あとは、泣かせてしまったウサギ耳の村長に、この奇跡を届けるだけだ。




