EP 6
単独行! 幻の魔物『虹色孔雀』討伐戦
漆黒の闇に包まれた『迷いの森』の深部。
月明かりすら届かない鬱蒼とした樹海の中で、優太は息を殺し、冷たい腐葉土の上に腹ばいになっていた。
ポポロ村を出てから数時間。
彼の全身は、すでに森の泥と草の汁で薄汚れている。己の体臭や人工物の匂いを完全に消すための、サバイバルの基本だ。
(……風向きは南東。よし、完全に風下を取れている)
優太は指先を少し舐めて風を感じ取ると、音もなく身を起こした。
彼の手には、愛用の『ワスプ薙刀』。そして腰にはタクティカルナイフと、地球ショッピングで買い込んでいた高強度の『チタン合金製ワイヤー』が数本。
魔法も、派手な爆発物も使えない。幻の魔物『虹色孔雀』の極上の羽毛――特に胸元にあるという「真紅の羽」を傷つければ、キャルルのドレスは作れないからだ。
「……見つけたぞ」
暗視ゴーグル代わりの鋭い視線が、前方の開けた空間を捉えた。
闇の中で、そこだけが幻想的にぼんやりと発光している。
体長は優に3メートルを超える巨大な鳥類の魔物。
その名の通り、月光を反射して七色に輝くステンドグラスのような美しい尾羽を持ち、胸元には燃えるような真紅の羽毛が密集している。
――幻の魔物『虹色孔雀』。
だが、その美しさとは裏腹に、クチバシは鋼鉄を砕くほど鋭く、巨大な鉤爪は岩盤を容易く抉る凶悪な形状をしていた。
(美しいが、完全な殺戮生物の骨格だな。おまけに、周囲の微かなマナの乱れすら感知する極度の警戒心……。ルナが「討伐困難」と言った理由がよく分かる)
優太はゆっくりと、音を立てずにチタンワイヤーを周囲の木々の間に張り巡らせていく。
狙うのは、一撃必殺。
孔雀が暴れて羽が血や泥で汚れる前に、中枢神経を断ち切る必要がある。
ピクッ。
不意に、虹色孔雀の頭が優太の潜む茂みの方を向いた。
(……チッ、微かな衣擦れの音に反応したか!)
キシャァァァァァァァッ!!
虹色孔雀が鼓膜を裂くような金切り声を上げた瞬間。
バサァッ!! と扇状に広げられた七色の尾羽から、無数の「羽のダーツ」が、マシンガンの掃射のように優太の潜む茂みへと放たれた。
ドドドドドッ!!
鋼のように硬い羽が、周囲の巨木を次々と貫通し、優太の頬を掠めて浅く切り裂く。
「くそっ、弾幕が厚すぎる!」
優太は泥を蹴り上げ、茂みから飛び出した。
姿を現した優太を見るや否や、虹色孔雀は巨体に似合わぬ凄まじいスピードで地を蹴り、巨大なクチバシで突進してくる。
「来い……! お前の獲物は俺だ!」
優太はワスプ薙刀を構えたまま、あえて背を向けて森の奥へと走り出した。
背後から迫る、死のプレッシャー。
(あと三歩……二歩……一歩……!)
優太が、あらかじめ目印をつけておいた二本の巨木の間を通り抜けた、その瞬間。
「そこだ!!」
優太は急ブレーキをかけ、振り返りざまに手元のワイヤーの端を力いっぱい引き絞った。
バヅゥゥゥンッ!!
「ギュァァァァッ!?」
突進してきた虹色孔雀の首と両翼に、木々の間に仕掛けておいた『高張力チタンワイヤー』が深々と食い込んだ。
勢い余った巨体がワイヤーに絡め取られ、前傾姿勢で体勢を大きく崩す。
(今だ!!)
優太は地を蹴った。
元SEALs教官としての完璧な近接戦闘(CQC)の踏み込み。
虹色孔雀がワイヤーを引きちぎろうともがく、そのほんの一瞬の隙。
優太はワスプ薙刀の『柄』の部分で、孔雀の強靭なクチバシを下からカチ上げ、完全に無防備になった頭部へと肉薄した。
(胸の真紅の羽毛(ドレスの素材)は絶対に傷つけない! 狙うは、脳幹と脊髄を繋ぐ急所――『延髄』!!)
医学生としての正確な解剖学的知識が、魔物の急所を完璧に割り出していた。
優太はワスプ薙刀の刃を返し、峰側の鋭い切先を、虹色孔雀の頭部の真後ろの僅かな隙間へと、寸分の狂いもなく突き立てた。
プツンッ。
「――――」
断末魔の叫びすら上げる暇もなく。
延髄を正確に破壊された虹色孔雀の巨体から、一瞬にして力が抜け、ズズゥン……と音を立ててその場に崩れ落ちた。
即死。
暴れることも、血を撒き散らすこともなく、最も美しい状態を保ったままの完全な『狩り』の完遂であった。
「……ハァ……ハァ……っ。ミッション・コンプリートだ」
優太は薙刀を引き抜き、荒い息を吐きながらその場にへたり込んだ。
頬からは血が流れ、コンバットシャツは泥だらけで所々破れている。
だが、優太の視線の先にある虹色孔雀の胸元――『真紅の羽毛』は、一滴の血も浴びることなく、暗闇の中でまるで宝石のように美しく、七色の光を帯びて輝いていた。
「……すげぇ。本当に、シルクみたいに軽くて、鋼みたいに丈夫な繊維だ。これなら……最高のドレスができる」
優太はサバイバルナイフを取り出し、慎重に、まるで宝物を扱うように真紅の羽毛を剥ぎ取っていく。
(……女心は、戦術マニュアル(本)には載ってないからな。俺みたいな不器用な朴念仁には、こういう泥臭いやり方でしか、あいつの涙を拭ってやれない)
優太は集めた真紅の素材を大切に袋にしまい込むと、泥だらけの顔のまま、フッと笑った。
「待ってろよ、キャルル。……明日のオープンには、お前を絶対に『世界一可愛い村長』にしてやるからな」
夜明けが近づく森の中。
満身創痍の医学生は、乙女への『最高のプレゼント』を抱え、ポポロ村への帰路に就いたのだった。




