EP 10
敗北を知る内政官と、唐揚げ大宴会!
ルナミス帝都、内政省の最上階。
冷徹なる内政官ユリウスは、デスクの上に叩きつけられた報告書と、その横に添えられた『一枚の写し(コピー)』を無言で見つめていた。
「……特別査察官の二人は、重度の敗北感により帝都病院の精神科に入院。国境の守備隊は完全に骨抜きにされ、商人たちは堂々と関税を無視して屋台に群がっている、か」
報告書を読み上げるユリウスの声は、氷のように冷たい。
彼の視線の先にあるのは、グリムが命懸けで持ち帰った『厨房のATP拭き取り検査の数値(無菌の証明)』と、ゼニヤが震える手で書き写した『リーザの完璧すぎる複式簿記の一部』であった。
「軍事力ではなく、経済と法で包囲したはずだった。しかし……あの村には、帝国最高の衛生基準を嘲笑う【医療技術】と、帝国銀行すら凌駕する狂気的な【金銭管理能力】が存在したというのか」
ユリウスは銀縁の片眼鏡を中指でスッと押し上げ、小さく、だが確かに「フッ」と自嘲気味な笑みをこぼした。
「よもや、衛生と帳簿でこの私が敗北するとはな。……ポポロ村、ただの武力集団ではない。法とシステムの恐ろしさを理解した上で、それを上回る『執念』でねじ伏せてくる異常特異点か」
ユリウスは万年筆を手に取り、ポポロ村への『取引禁止令』の書類に、自らバツ印を書き込んだ。
「これ以上の封鎖は無意味だ。むしろ、我が帝国の法と規律が内側から腐敗する。……禁止令は解除する。第一幕は、奴らの完全勝利というわけだ」
ユリウスは窓の外、ポポロ村のある西の空を見つめる。
「だが、忘れるな。国家というシステムは、一度や二度の敗北で揺らぐほど脆弱ではない。次は、息継ぐ暇も与えぬ『資本の濁流』で飲み込んでやろう……」
冷徹なる官僚の宣戦布告は、静寂の執務室にひっそりと溶けていった。
***
その日の夜。異世界ファミレス『ルナキン』は、かつてない熱気と歓声に包まれていた。
「カンパーーーーイッ!! ポポロ村と、アタシの帳簿の大勝利にィッ!!」
リーザの音頭と共に、大量のジョッキが高らかに突き上げられる。
テーブルの上に山のように積まれているのは、地球のB級グルメの王様『究極の唐揚げ』と『フライドポテト』。そして、帝国の商人からドサクサに紛れて巻き上げた(買い叩いた)極上のエール酒である。
「ぷはぁーッ! やっぱり仕事のあとのビール(※魔法のコタツ入り)は最高ね♡」
ルチアナがジョッキを空にして、だらしない笑顔を浮かべる。
「特定班のみんなぁ! 今日は祝勝会配信だよぉっ★ スパチャもいーっぱいありがとねっ! キュララ、みんなのおかげで勝てたよぉ!」
キュララがドローンに向かって満面のアイドルスマイルを振りまき、チャット欄には『我らが天使に栄光あれ!』という祝福のコメントが滝のように流れている。
「んっふふふふ〜〜♡ 見なさいよキャルル! この金貨の山! 屋台の売上だけで、ルナミスデパートの試食品なんて一生食べ放題の金額よォッ!」
リーザは金貨の詰まった麻袋に顔を埋め、歓喜の涙を流している。
「もう、リーザちゃんったら汚いわよ! ちゃんと村の復興資金にも入れるんだからね!」
大騒ぎするヒロインたちから少し離れた厨房で。
優太は白衣の袖をまくり上げ、最後の一皿となる特大の唐揚げにレモンを搾っていた。
「……たく。兵糧攻めを食い破ったと思ったら、今度は祝勝会のフル稼働か。俺の休日はいったいいつ来るんだよ……」
愚痴をこぼしながら、優太は常備している胃薬を水で流し込む。
しかし、その口元は、これまでにないほど穏やかに緩んでいた。
「優太! 早く来なさいよ! アンタが揚げた唐揚げ、最高に美味しいんだから!」
「ほら、主役の席が空いてるわよ♡」
リーザやルナたちが、優太に向かって大きく手を振る。
その笑顔を見て、優太はふっと息を吐き、山盛りの唐揚げの大皿を持ち上げた。
(……まあ、いいか。外科医ってのは、患者の笑顔を見るのが一番の報酬だからな)
「ほらよ! 揚げたてのおかわりだ! 火傷しないように食えよ!」
理不尽な異世界で、理不尽な国家権力に狙われながらも。
現代の知識と底辺の執念で勝利をもぎ取った彼らの夜は、笑い声と唐揚げの美味そうな匂いと共に、賑やかに更けていくのであった。




