第十章 FX奴隷戦士と、伝説のマグローザ漁船
深夜のパンプ&ダンプと、堕ちた駄女神
ルナミス帝国の内政官ユリウスが仕掛けた「合法的な経済封鎖」を、B級グルメの圧倒的な暴力(匂いと味)と、医学生の衛生観念、そして貧乏神の完璧な帳簿で粉砕したポポロ村。
異世界ファミレス『ルナキン』には、再び騒がしくも平和な日常が戻ってきていた。
「よし、明日の仕込みはこんなもんか。……久々に、夜はゆっくり眠れそうだ」
深夜。厨房の片付けを終えた優太は、首の後ろで手を組みながら自室へと向かっていた。
連日の屋台フル稼働と書類上のデスマッチで、心身ともに(主に胃が)疲労困憊である。今夜こそは、朝まで泥のように眠るつもりだった。
しかし。
『ピロピロピロピロ……ッ! チャリンッ!』
優太が部屋のドアを開けようとした時、廊下の奥――駄女神ルチアナが占拠している和室(なぜか地球ショッピングで畳とコタツを導入した)から、奇妙な電子音が漏れ聞こえてきた。
「ん……? 何の音だ?」
優太が訝しげに足を止めると、コタツの中から、血走ったようなルチアナの叫び声が響いた。
「パンプ! パンプよ!! 上がれェェッ! なんでそこで落ちるのよォォッ!」
「は?」
「ショート! ここはショート一択! ……違う、そこで底打ち(リバウンド)しなさい! アタシのポジションが、アタシの建玉がァァッ!!」
優太はそっとルチアナの部屋のふすまを少しだけ開けた。
薄暗い部屋の中、コタツに潜り込んだルチアナが、テレビ画面のようなものに向かって、何やら四角いコントローラー(魔導ファミコン)を狂ったように操作している。画面には、赤と青の『ローソク足』のようなグラフが乱高下していた。
「……何やってんだ? 早く寝ろよ~」
優太は呆れ声でそう声をかけた。
「うるさいわね! 今大事な局面なの! ここを抜けたら爆益……うわぁぁぁッ! ナイアガラよォォォッ!!」
「……たく。またろくでもない魔法のゲーム(?)にハマってるのか」
優太はそれ以上関わるのをやめた。神蟲魔大戦を生き抜いた(?)駄女神の夜更かしなど、知ったことではない。
優太は自室に戻り、耳栓をしてベッドに潜り込んだ。
***
翌朝。
ルナキンの店内には、美味しそうな焼き鮭と味噌汁、そして炊き立ての白米の香りが漂っていた。
「やっほー! 優太のご飯、今日も最高に美味しいよぉっ★」
「ムシャムシャ……! アタシ、鮭の皮が一番好きなのよォッ!」
キュララとリーザが、幸せそうに朝食を平らげている。キャルルとルナも、優雅に箸を進めていた。
しかし、食卓の端で、ただ一人だけ異常な空気を放っている人物がいた。
「…………」
芋ジャージ姿のルチアナである。
いつもなら、朝から「ビールとつまみ出しなさいよ」と騒ぐ彼女が、完全な無言。目の前に置かれた完璧な焼き加減の鮭定食に、一切手を付けようとしない。
焦点の合わない虚ろな目で、ただ宙を見つめている。目の下には、ゾンビのようなドス黒いクマが刻まれていた。
「……どうしたんだ? ルチアナ」
優太が見かねて声をかけた。
「体調でも悪いのか? それとも、また二日酔いか?」
「…………」
ルチアナはゆっくりと首を動かし、優太を見た。その瞳から、いつもの図太い神の光が完全に失われている。
「別に……」
ルチアナは掠れた声で呟き、ふと、窓の外の青空を見上げた。
「ねぇ、優太。……ここらへんに、電車が通ってないかしら?」
「は? 電車?」
優太は味噌汁のお椀を持ったまま、怪訝な顔をした。
「何を急に。ここは三カ国の緩衝地帯のド田舎だぞ。ルナミス帝国の帝都のほうまで行けば、魔力で動く『魔導列車』が走ってるだろうが……それがどうした?」
「そう……魔導列車……」
ルチアナは、生気のない顔で、ボソリと呟いた。
「……飛び込みたいわ~」
「何を言ってんだ!?」
優太のツッコミがルナキンに響き渡った。
「お前、神様だろうが! なんで朝っぱらから、現代社会の闇に飲まれたサラリーマンみたいな限界発言してんだよ! ついに精神が壊れたか!?」
「うるさいわね……。アンタには、アンタには……チャートの右側が見えない恐怖なんて、分からないのよ……っ」
ルチアナは両手で顔を覆い、カタカタと震え始めた。
「チャートの右側? なんだその怪談みたいなフレーズは」
優太は完全に置いてけぼりを食らっていた。
だが、ルチアナの絶望の底なし沼は、まだ終わっていなかった。
ふと、彼女の虚ろな視線が、隣で「誰か残したご飯ないかしらァ」と皿を舐め回している貧乏神・リーザに向けられた。
「(……一人で、地獄には行かないわよ。……皆、道連れよォ……!)」
ルチアナの口角が、暗黒の微笑みと共に歪んだ。
深夜の「パンプ&ダンプ」の狂気が、平和なルナキンに、史上最悪の『現代の呪い(金融の闇)』を蔓延させようとしていることに、優太はまだ気づいていなかった。




