第39話 最後の優先順位
第十一戦線の撤退は、戦術的には成功と報告された。
包囲は未完成。
損耗は軽微。
後送は機能。
だが。
王都は、静かではなかった。
「なぜ退いた」
宰相バルドの声は、低く抑えられている。
「敵は圧力を強めていただけだ」
「押し返せた可能性はある」
会議室には、軍幹部が並んでいる。
アレン・フォルツは、いつも通り端に立っていた。
「勝てたかもしれない」
誰かが言う。
「象徴都市に近い」
「ここで前進していれば、講和交渉に影響した」
理屈は通っている。
数字も、悪くなかった。
それでも。
「退いていい場所だったからです」
アレンは、静かに言った。
会議室が、わずかにざわつく。
「理由になっていない」
「合理性は?」
「損耗予測は?」
問いが飛ぶ。
アレンは、首を横に振る。
「合理的には」
「前進も可能だったでしょう」
「だが」
「勝つ必要がない場所でした」
沈黙。
バルドが、目を細める。
「国家にとって、勝つ必要がない戦線など存在するのか」
「あります」
即答だった。
「国家が勝っても」
「壊れるものが増えるなら」
「そこは」
「退いていい」
理屈ではない。
線引きだ。
「それは、感情だ」
幹部の一人が言う。
「戦争に感情を持ち込むな」
「違います」
アレンは否定する。
「感情ではありません」
「基準です」
優先順位ではない。
合理性でもない。
退いていいかどうか。
それだけだ。
「君は」
バルドが、ゆっくりと口を開く。
「国家の勝利よりも」
「壊れにくさを選ぶのか」
「はい」
迷いはない。
「勝利は、続かないかもしれない」
「でも」
「壊れにくさは」
「積み重なります」
沈黙が落ちる。
会議は、そこで終わった。
公式な処罰も、
称賛もない。
ただ。
距離ができた。
後方拠点。
レオニードが訪れる。
「本当に、退いたのか」
「はい」
「押せた」
「かもしれません」
レオニードは、拳を握る。
「俺なら、押した」
「ええ」
「だが」
アレンは、まっすぐに言う。
「あなたが押して壊れた時」
「それを止める基準がなくなる」
レオニードは、黙る。
彼は強い。
前に出る。
だが、常に成功するわけではない。
「最後の優先順位だ」
アレンは続ける。
「勝てるかどうかではない」
「壊れにくいかどうか」
それだけ。
夜。
第十一戦線は、静かに再編される。
敵は前進した。
だが深追いしない。
戦争は、続いている。
勝利も、敗北もない。
アレン・フォルツは、
倉庫で一人、地図を見つめる。
優先順位は、もう使わない。
代わりに。
退いていい場所を決める。
それが、自分の役目だと。
最後の優先順位は、
勝利ではなかった。
壊れにくさだった。
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