第33話 沈黙をやめた結果
戦線は、静かに軋んでいた。
第九戦線。
山間部を挟んだ要衝。
地形は有利。
補給も届いている。
だが、敵の動きが妙だった。
「誘っています」
リーシャが地図を指でなぞる。
「突出させて、包囲する形です」
「……ええ」
アレンは、すぐに理解した。
これは、第七戦線とは逆だ。
退路は、ある。
街もない。
政治的拘束も弱い。
だが、進めば。
(……閉じられる)
包囲されれば、撤退不能になる。
それは、もう何度も見てきた形だ。
「判断を」
通信の向こうで、指揮官が言う。
「進むか、退くか」
アレンは、目を閉じた。
沈黙していれば、レオニード型の解釈が走る。
「止めない=進め」
それが、もう分かっている。
(……逃げるな)
自分に言い聞かせる。
今回は、退路がある。
まだ、間に合う。
「撤退してください」
はっきりと言った。
通信の向こうが、一瞬静まる。
「……撤退、ですか」
「はい」
「敵の包囲は、完成していません」
「だからです」
アレンは続ける。
「完成する前に、退いてください」
「今なら、被害は最小で済む」
数秒の沈黙。
「了解」
通信が切れる。
アレンは、深く息を吐いた。
(……言った)
初めてだ。
ここまで明確に、早い段階で撤退を命じたのは。
夜。
報告が届く。
「第九戦線、後退成功」
「損耗、軽微」
リーシャが、小さく安堵する。
「……助かりましたね」
「はい」
数字は、良好だ。
だが。
翌朝、別の報告が入る。
「敵が」
「第九戦線から退いたことで、別の方面に戦力を集中」
その先。
「第十戦線が、圧迫されています」
アレンは、目を見開く。
(……回った)
敵は、無駄な消耗を避けた。
包囲できなければ、引く。
そして、空いた兵力を他へ。
「第十戦線は」
「退路が、狭い」
リーシャの声が低くなる。
「……第七戦線に近い条件です」
通信が鳴る。
「第十戦線、敵増勢!」
「援軍を!」
アレンは、喉の奥が焼けるのを感じた。
自分が退かせた。
その結果、敵が動いた。
因果は、繋がっている。
「……優先順位を」
呟く。
また、だ。
だが、今度は違う。
今回は、撤退を選んだ。
明確に。
その結果が、別の場所を圧迫している。
「フォルツさん」
イリスが、静かに言う。
「あなたが退かせた戦線の兵は」
「生きています」
「でも」
「第十戦線では、今」
言葉は、最後まで続かなかった。
アレンは、地図を見つめる。
戦線は、点ではない。
繋がっている。
一つを救えば、
別の場所が薄くなる。
(……これが)
(……戦争の重さか)
夜。
第十戦線の報告が届く。
持ちこたえた。
だが、損耗は大きい。
戦死者数が、静かに記されている。
アレンは、その数字を見つめた。
自分が退かせた第九戦線の数字と、
並べてみる。
合計は、以前より少ない。
合理的に見れば、正しい。
だが。
(……顔は、増えている)
彼の頭の中では、
数字が、顔に変わっている。
沈黙をやめた。
撤退を命じた。
救えた命もある。
それでも。
別の場所で、命は減る。
アレン・フォルツは、
はっきりと理解した。
沈黙も、言葉も。
どちらも、刃だ。
違う形で、違う場所を切るだけだ。
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