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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第29話 成功条件の確認

 エルンスト・カイゼルは、静かな部屋で報告を受けていた。


 戦果報告。

 損耗一覧。

 民間人被害の推定値。


 部下の声は、抑揚がない。

 感情を挟む必要がないからだ。


「敵軍は、撤退せず」

「戦線を維持しました」


「損耗は?」

「想定範囲内です」


 エルンストは、ペンを動かしながら頷いた。


「突破は?」

「していません」


「よろしい」


 その一言で、室内の空気が確定する。


 勝利でも、敗北でもない。

 だが、目的は達した。


 エルンストは、地図を見下ろす。


「敵は、逃げなかった」

「正確には――逃げられなかった」


 それが、すべてだ。


「フォルツは?」

「……沈黙を続けています」


 報告に、わずかに口角が上がる。


「それでいい」


 エルンストは、淡々と続けた。


「彼は、即断しない」

「撤退を前提に、準備する」


「だが」

「準備できない戦場では、彼は無力だ」


 紙に、簡単な図を描く。


 退路。

 街。

 政治的拘束。


「撤退=破滅」

「進軍=消耗」


 この二択を用意すればいい。


「彼は」

「どちらも選ばない」


 選ばない、という選択。

 それが、最も脆い。


「敵は、耐えたと評価するでしょう」

「はい」


「なら、次は」

「“耐えられない規模”を用意する」


 部下が、わずかに眉をひそめる。


「民間人被害が」

「増えます」


「構わない」


 即答だった。


「被害が増えれば」

「撤退は、政治的に不可能になる」


「撤退できない戦場を」

「複数、同時に用意する」


 それが、次の段階だ。


「フォルツ思想は」

「局地戦でのみ、機能する」


「戦線を広げれば」

「彼は、準備しきれない」


 エルンストは、ペンを置く。


「これは、殲滅戦ではない」

「思想破壊戦だ」


 敵の兵を殺す必要はない。

 思想を使えなくすれば、十分。


「彼が沈黙する限り」

「我々は、主導権を握れる」


 部下が、慎重に尋ねる。


「……彼が、言葉を発した場合は?」


 エルンストは、一瞬だけ考えた。


「発するなら」

「さらに、簡単だ」


「言葉は、切り取れる」

「解釈は、こちらが決める」


 沈黙も。

 発言も。


 どちらでも、利用できる。


「フォルツという人物は」

「もう問題ではない」


 エルンストは、はっきりと言った。


「問題なのは」

「彼の思想を、敵が捨てられないことだ」


 そこが、最大の弱点。


 敵は、もう戻れない。

 退路を作る戦争に、依存している。


 夕刻。


 エルンストは、最終確認として一行を書き加えた。


 ――次段階、実行可。


 書類を閉じ、立ち上がる。


「次は」

「撤退不能戦場を、常態にする」


 それが出来れば。


 敵は、必ず壊れる。


 エルンスト・カイゼルは、確信していた。


 **逃げ道を奪われた思想は、

 思想として、生きられない。**


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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