第28話 請求書としての戦果
報告は、朝一番に届いた。
紙の束は、厚くない。
だが、アレン・フォルツの手には、やけに重く感じられた。
戦線名。
交戦時間。
損耗率。
数字は、淡々としている。
(……想定より、悪い)
壊滅ではない。
全滅でもない。
だが、「持ちこたえた」と呼ぶには、あまりにも代償が大きい。
「戦死者」
「重傷者」
「民間人被害」
並ぶ項目の中で、最後の一行が、特に目を引いた。
(……入ってしまったか)
撤退していない。
街を守る位置に踏みとどまった。
それでも。
被害は、出た。
「フォルツさん」
リーシャが、低い声で言う。
「数字が」
「……はい」
「前線は、耐えたと評価されています」
「でしょうね」
軍の評価は、いつもそうだ。
崩れていなければ、成功。
持ちこたえれば、及第点。
だが、数字は嘘をつかない。
「補給消費量が」
「異常です」
リーシャが指で示す。
「撤退できない前提で」
「前に、前に出続けた結果です」
アレンは、ゆっくりと頷いた。
(……逃げられないと分かった瞬間)
(……人は、立ち止まらなくなる)
退路がないと知った兵士は、前に出る。
前に出るしか、選択肢がなくなる。
それは、勇気ではない。
構造だ。
医療区画から、イリスが戻ってきた。
「……間に合わなかった人が」
「増えています」
声は、疲れ切っていた。
「重傷者の一部は」
「撤退が前提なら、助かっていた」
アレンは、目を伏せる。
「今回は」
「その“前提”がなかった」
イリスは、淡々と続ける。
「治療できる時間が、足りません」
「後送も、遅れました」
数字の外側にある現実が、じわじわと染み込んでくる。
「……戦線は、どう評価されますか」
アレンが聞くと、リーシャは一瞬ためらった後、答えた。
「成功です」
「敵の進軍を、止めました」
その言葉に、誰も反論しない。
事実として、敵は突破していない。
街は、完全には落ちていない。
だから。
これは「成功」だ。
(……請求書、か)
アレンは、心の中でそう呼んだ。
退路を潰された戦場で戦うということは。
後から、必ず払うことになる。
命で。
時間で。
未来で。
その日の午後。
王都への報告がまとめられる。
表題は、簡潔だった。
――〇〇戦線、持久防衛に成功。
詳細欄に、小さく書かれる。
――損耗、やや大。
民間人被害については、別紙だ。
目立たない場所に。
アレンは、その書式を見つめていた。
(……これが)
(……制度、か)
個人の判断は、もう関係ない。
結果は、こうして整理される。
逃げ道を殺された戦場での戦いは、
「耐えた」という一言に、押し込められる。
夕方。
レオニードから、短い報告が届いた。
「退かずに済みました」
「次は、もっと前に出られます」
その文面に、アレンは返事を書かなかった。
書けなかった。
沈黙は、もう中立ではない。
だが、言葉も、武器になってしまう。
帳簿を閉じる。
数字は、確定した。
覆らない。
アレン・フォルツは、はっきりと理解した。
逃げ道を潰された戦場では、
**生き延びること自体が、代償になる。**
そして、その代償は。
必ず、後から請求される。
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