第30話 同時に燃え始める戦線
異変は、時間差でやってきた。
一つ目の報告が届いたのは、夜明け前。
二つ目は、朝。
三つ目は、昼を少し過ぎた頃。
それぞれ別の戦線。
それぞれ違う地形。
それぞれ違う指揮官。
だが、共通点は一つだけだった。
(……全部、退けない)
アレン・フォルツは、並べられた地図を前に、言葉を失っていた。
街に隣接した戦線。
補給拠点を背負った戦線。
政治的象徴を守る戦線。
どれも、撤退すれば「軍事的敗北」では済まない。
「……同時、ですか」
リーシャの声が、かすれる。
「はい」
「ほぼ、同時に」
偶然ではない。
考えるまでもなかった。
(……やられた)
これは、設計だ。
逃げ道を潰す設計を、重ねてきた。
アレンは、通信記録に目を走らせる。
どの戦線も、判断を求めている。
だが、判断できる材料は、どれも不足している。
しかも。
(……全部、最悪を想定すると)
(……全部、止めるしかない)
だが、それは不可能だ。
一つを止めれば、他が崩れる。
すべてを止めれば、政治が壊れる。
「フォルツさん」
イリスが、珍しく強い口調で言った。
「医療が」
「追いつきません」
「後送路が」
「全部、詰まっています」
彼女の目は、疲労の奥に怒りを含んでいた。
「この戦い方は」
「人を、使い潰すやり方です」
アレンは、反論できなかった。
自分が作ってきた準備は、
一つの戦線を想定したものだった。
同時多発には、耐えられない。
(……限界だ)
沈黙は、万能ではない。
判断を遅らせることにも、処理能力がある。
そこへ、王都からの通信が入る。
「宰相バルドより」
「全戦線、持久を最優先せよ」
短い命令。
逃げ道は、どこにもない。
(……国家は)
(……もう、退かない)
アレンは、拳を握りしめた。
自分の思想が、
最も嫌う状況が完成している。
前線から、次々と声が届く。
「退路が、機能しません!」
「民間人が、動けない!」
「補給が、切れ始めています!」
その一つ一つが、
アレンの準備を否定する。
彼は、深く息を吸った。
そして。
「……優先順位を、つけます」
初めて、明確な言葉を発した。
リーシャが、息を呑む。
「全戦線を」
「同時には、救えません」
それは、敗北宣言に近かった。
「一番」
「被害が、広がる場所から」
沈黙を捨てる。
判断を遅らせない。
それは、彼が最も避けてきたことだ。
だが、もう。
逃げ続けるだけでは、足りなかった。
その瞬間。
アレン・フォルツは、
自分の思想が“破られた”ことを自覚した。
逃げ道を作るだけでは、
救えない世界に来てしまったのだと。
戦線は、燃えている。
同時に。
そして、この炎は。
もう、彼一人では消せない。
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