62 決勝
準決勝で竜騎士リカルド・デュマースは、呆気ないくらい簡単に勝利した。
どっと湧いた歓声に軽く掲げた黒い長槍を収めて、無表情のまま勝者となったリカルドは会場を後にした。付き合いの長い同期の竜騎士ゴトフリーに言わせると、リカルドは口下手で感情表現が苦手で表に出せてないだけで、不器用な照れ屋な性分らしい。
(それって、本当に……? すっごくクールな感じで去って行ったけど……?)
いかにも強者感満載なリカルドに、アリスは驚くしかなかった。
彼は炎を出していたり、対戦者も竜騎士で土を盾代わりに使用したりしていたので、準決勝から本格的な攻撃魔法が許可されているのかもしれない。
「もう……すごい。圧倒的だった。すごい」
「本当ね。これは、本物だわ……」
アリスとリリアは目の前で繰り広げられた戦いを見て、自然と視線を合わせて頷き合った。
アリスは語り草になるほどの英雄リカルドの強さがどれだけ凄いのかを、こうして目の当たりにして、正直に言えば心は怯んでしまった。
(ううん……駄目駄目。私はゴトフリーのこと信じているもん。絶対に勝てるって……どんな相手にも……リカルドさんにも、だよ)
アリスがそう思っていないと、ゴトフリーはリカルドに勝てないかもしれない。そう思えば、胸に手を置いて呼吸を整えて心を奮い立たせるしかなかった。
決勝を前にして会場の熱気は最高潮にまで達し、寒いはずの気温も何故だか暑く感じて来た。アリスも興奮でか汗ばんできているのを感じていた。
審判からの説明で決勝は直近で準決勝が行われた事もあり、少し時間を置いてから行われるらしい。
ここまでずっと手に汗握る展開が続いたので、観客たちが休憩時間を欲していたのも確かだった。
「アリス。私はお手洗いに行ってくるけど、どうする……?」
「あ。私は大丈夫……! ここで待っているね」
席を立つリリアに聞かれて、アリスは首を横に振った。そうと頷いた彼女を見送って、これまでにそんな余裕も持てなかったアリスは周囲を見渡した。
そして、すぐ近くの席にいる茶色い髪の女の子を見つけて、やはり彼女も見に来ていたのだと気がついた。他にも見たことのある顔や似ている顔を見かけるので、おそらくはゴトフリーの取ってくれたチケット周辺は竜騎士たちの関係者が座る席のようだった。
(スイレンさんだ……! そっか、そうだよね。彼女だって観に来ているよね。っていうか、リカルドさんさっき出て来たのに、ずっと待っていたんだ……!)
アリスはなんだか、その事実が衝撃だった。ただただ、ゴトフリー見たさに闘技大会へ来ているし、これが初めての観戦であることからわかる通り、そうでなければ見にきていない。
おそらくは、見るからにおっとりとした彼女だってそうだろう。
それまで近くの観客が動いたという認識がないので、スイレンは優先配置権を持っているリカルドが出てくるまで、かなり長時間あったのをずっと観戦していたのだろう。
そして、アリスはもしゴトフリーがリカルドに勝利したならば、彼女は悲しむだろうと思った。
けれど……それでもアリスは、ゴトフリーに勝って欲しかった。
(勝つ人がいれば負ける人がいる……私だって、それはわかっているよ。それでも! 私はゴトフリーに勝って欲しいの)
ぎゅっと両手を握りしめて、アリスは参加者たちが出入りする扉を見つめた。あの中でゴトフリーは今頃、手の怪我を治療しているはずだ。
ブレンダンの出した氷は、かなり鋭く尖っていて、誰しもあれを掴むとは思っていなかったはずだ。
そういった『するはずがない』で相手の油断を誘い勝利出来たのだから、あれはゴトフリーの作戦勝ちと言えるのかもしれない。
「アリス。なんだか、体に力が入っているわよ」
いつの間にか戻ってきたリリアに肩を叩かれて、アリスははっと気がついた。
「う……うん。勝つ人が居れば負ける人がいるんだなぁって……そう思って、なんだか切なくなっちゃった。応援している人がいれば、負けたらつらいよねって……」
「それは、そうでしょ。ゴトフリーさんに今まで負けた相手だってそうよ。アリスがゴトフリーさんに負けて欲しくないと思っているくらい強い気持ちで、応援していたはずよ」
リリアに冷静に言われて、アリスはハッとなった。それもそうだった。
誰しも自分の大事な人が勝って欲しいと思うのは当然で……アリスと同じ思いで応援していたのだろう。
「それでも……! 私はゴトフリーに勝って欲しいの。だって、私はゴトフリーが一番大事だから……」
「そうね。アリスがそういう強い気持ちで応援していたら、もしかしたら……勝てるかもしれないわね。こういう戦いの勝敗に絶対にないなんて、有り得ないわよ」
「そうだよね。絶対に勝てるがない代わりに、絶対に負けないもないもん」
アリスは力強く頷いた。
すべておおよその予想通りにことが進むのであれば、前評判通りゴトフリーはブレンダンに負けてしまっていて、決勝はリカルドとブレンダンの戦いになっていたはずだ。
「それに、私から見てもゴトフリーさんは対戦相手を研究して戦っていたようだから、リカルドさんに関しても何か秘策があるかもしれないわね」
リリアは肩を竦めてそう言った。
「えっ!? そうなの?」
「そうよ。アリスは気がつかなかった? ゴトフリーさんは、相手に応じてかなり戦い方を変えていると思ったわ……だから、どうしても優勝したいと思って事前準備を入念にして来たのかもしれないわね」
アリスはゴトフリーが鮮やかに勝ち進む様子を見て、凄い凄いと喜んでいただけだった。けれど、第三者として冷静に観戦していたリリアには、アリスには見えなかったものが見えていたらしい。
「けど、確かにゴトフリーはそういう作戦を立てそうかも……血の気が多い人たちの中で、周りを見ることができるってこの前に言っていたもん。うん。だから、隊長代理でお仕事したり、団長から認められていたりするのかも……」
アリスはそう思った。彼はまだ入団して間もないというのに、上司から昇進試験を受けるように指示されているのだ。
ただ戦いが巧みであるというだけで、それは叶わないということは、他部署にいるアリスにだってわかるのだ。管理職の適性を持っているという事だろう。
「……そうね。アリスはそういうゴトフリーさんが、好きだものね?」
「そうなの! 凄いんだよ。だから、決勝も勝てると良いなって思う。可能性があるのなら……祈りたいんだ」
そこで、ワッと歓声がしたので、アリスは舞台へと目を向けた。
先にゴトフリーが出て来て、リカルドが続いた。
黒い槍を持った二人は落ち着いた態度で向かい合い、特に言葉を交わしている様子もなかった。
(あ……手に包帯巻いている……大丈夫だったのかな)
ゴトフリーが氷の刃を握りしめていたのは、利き手の右だった。血が止まらないのなら、槍が握れないかもしれないと心配していたのでアリスはホッとした。
これが優勝者が決まる最後の決勝ということもあって、会場全体の声援は大きく拍手は鳴りやむ事はなかった。会場全体が熱気に満ちて、竜騎士同士の対戦に興奮しているのだ。
そして、アリスはただ不安に怯えているだけではない、わくわくと胸を高鳴らせていることに気がついた。
これから、戦いが始まる。
ゴトフリーは自分の可能性全てを使い、これまで勝てなかったと言っていた強敵に勝とうとするはずだ。アリスにも会わずに特訓していた時間に『準備を終えて』この決勝に臨むのだろう。
果たしてどんな作戦を立てて勝つつもりなのだろうか、それがなんだか楽しみに思えて来た。ただでは負けることは、決してないだろう。
そういうゴトフリーへの絶対的な信頼が、アリスの心の中に芽生えていることにその時気がついたのだ。




