61 痛み
ゴトフリーとブレンダンは数秒間、立ったままで睨み合っているように見えた。
すました表情のブレンダンの前にあった氷塊がいきなり割れて、まるで意志を持つ生き物のように近距離のゴトフリーを襲った。
ゴトフリーは冷静に槍を振るい氷塊をひとつひとつ、床へ叩き落とした。
その間にブレンダンは素早く動き、ゴトフリーを横から槍で襲ったが、氷を払い落とした反動で反対側へと飛びすぐに攻撃は避けた。
見る間に展開してく二人の攻防に、アリスはハラハラとして見入っていた。
(え。二人の試合は、これまでが一体、なんだったの!? って、思っちゃうくらいに凄いんだけど……! 何が一体、どうしたの? ……ゴトフリーがブレンダンさんに、どうしても勝ちたいから?)
ゴトフリーは同期竜騎士ブレンダンのことを越えられない壁として強く意識していることは、アリスは本人から聞いていた。
そして、並々ならぬ思いをこの闘技大会へ向けていることも。
ブレンダンの動きはアリスの素人目から見ても、これまでに出て来た騎士たちとは段違いに速い。
流石は、騎士たちの集まる闘技大会にて優先配置権を持つ二人の内の一人とも言えるが、それゆえに恋人ゴトフリーが怪我してしまわないかも心配だった。
ほんの少し、あとほんの一秒変われば、槍の切っ先にゴトフリーが当たっていたかもしれないと思えば、心臓がドクドクと嫌な音を立てて痛いくらいだった。
槍を構え左手を翳したブレンダンは、空中にゴトフリーを囲むように無数の氷の刃を並べた。
だが、ゴトフリーは立ったままで何故か動こうとはしなかった。これまでの戦いを見ていて避けようと思えば、すぐに避けられるはずだと思った。
(どうして動かないの!?)
もうすぐ、切っ先の尖った氷の刃が自分を襲うというのに、ゴトフリーは槍を構えて立ったままだ。
「っ……ゴトフリー!」
彼に向かって数え切れない透明な鋭い刃が飛んで、アリスは思わず名前を呼んだ。
身体を突き刺すと思われた瞬間。白い風が取り巻き彼を守ったのだと知れたが、渦巻いていた空気が晴れた時、ゴトフリーはそこには居なかった。
(……え? どうして。どこに行ったんだろう?)
不思議に思った瞬間。
甲高い金属音がして、アリスが慌ててブレンダンに目を向ければ、氷の刃を右手に持ったゴトフリーがブレンダンに真上から襲いかかっていた。
誰もが予期せぬ攻撃を見た客席からは、高い歓声が聞こえた。
アリスや客の多くはゴトフリーは風をまとい氷の刃の攻撃を防いだだけだろうと、そう思っていたからだ。
氷の刃を手に持っていた槍の柄で受けたブレンダンの顔には、余裕の表情が消えていた。
ゴトフリーは無言のままで、左手に持つ変えていた槍を彼に向けた。
「……参った。ここまでするとは、思わなかった」
ブレンダンの声が聞こえてゴトフリーは大きく息をついて、右手に持っていた氷の刃を落とし、槍を持ち替えた。
「ここまで、するよ……俺はな」
勝敗が決して大盛り上がりの観客たちの中、女性たちが残念そうな声をあげていた。
(ゴトフリー……! 勝ったんだ。凄い……! ブレンダンさんに、勝てたんだ!!)
アリスは口に両手を当てて、胸に湧き上がるような嬉しさを感じていた。それは、ゴトフリーが幼い頃から持つ苦しみを知っていたからだ。
ゴトフリーは竜騎士になるために幼い頃から長い時を共に過ごしたリカルドとブレンダンの二人には勝てたことがないと、以前にこぼしていた。
だからこそ、彼らを強烈に意識してしまいブレンダンがアリスと二人いた時に、ただそれだけの事でも、嫉妬してしまう強い気持ちを抑えきれなかったと。
ブレンダンに勝ちたい。けれど、勝てない。勝ちたいからと、彼に手を抜かれたい訳でもない。
自らの力で、勝ちたい。
そういった強い思いを持て余し、心の中には非常に苦しい思いをしていた。
けれど、ゴトフリーはこれで……一度とは言え、ブレンダンに勝つことが出来たのだ。
(良かった! 嬉しい。私も嬉しいよ。ゴトフリー。勝てたんだ……)
ゴトフリーがブレンダンに勝てたという事実が、身体の中にじんわりと広がった。彼が勝てると信じていたけれど、これまで成し遂げられなかったことだ。
アリスよりも本人の方が、目の前の現実を信じられない思いなのかもしれない。
「え……! あれ。ゴトフリー、怪我をしていない?」
アリスが慌てて指を差した先に、右の手のひらから滴る赤い血が、床へ数滴落ちていた。
「まあ。本当だわ。氷の刃を手に持っていたものね……大丈夫かしら。すぐに決勝があるのに……」
血に気が付いたアリスの言葉を聞いて、リリアも心配そうに表情を曇らせた。
これまでの試合では、ゴトフリーは危なげなく勝ち残り、目に見えるような怪我をしたことはなかった。いや、相手の持つ武器に付いた刃を握りしめたのが、初めてだったというべきか。
(ここまですると思わなかった……って、ブレンダンさんは、そう言ったよね。手に氷の刃を持つこと……? そうだよ。槍しか持っていないなら、攻撃方法は想定内だったろうけど……まさか、自分が放った氷の刃を手に持たれると思わなかったから……?)
ゴトフリーが使う風は実体を持たないけれど、ブレンダンの氷の刃は物理的な攻撃だ。
氷の刃はその手に持つ槍で防ぐ……となれば、ゴトフリーがもうひとつの手に持つ槍が何で防ぐ……となってしまったのかもしれない。
戦闘開始時のように氷の盾で防ごうとも、ゴトフリーの槍はブレンダンの身体のすぐ傍にあった。
負けを悟り『参った』と降参してしまっても、仕方ない状況だったのだろう。
「けど……勝てたね。嬉しいよ。リリア。ゴトフリーは、ブレンダンさんに、すっごく勝ちたがっていたから……私、いますごっく嬉しいの」
アリスが目を潤ませてそう言ったので、リリアは背中を撫でた。
「ええ……まさかの、大番狂わせね。きっと皆は前の闘技大会のように、優先配置権を持つ二人竜騎士の決勝になるのかと思っていたけれど……びっくりしているわ。ふふふ。無理もないけど」
リリアはこの会場全体をぐるりと見回して、そう言った。
周囲の観客たちは白熱した戦いを見て興奮気味に感想を語り、いかにもブレンダンファンの若い女の子数人は立ち上がり、優勝者の決定を見ずに会場を後にするらしい。
ゴトフリーの肩を叩いてから、ブレンダンは会場を後にした。勝者の名前が呼ばれて、ゴトフリーはアリスの方向を見たので、アリスは立ち上がって彼に手を振った。
「……ゴトフリー! 見てたよ! 私、貴方が勝ったところ見ていたよ!」
アリスは大声で叫び、それが聞こえたのかどうなのか、ゴトフリーは怪我のしていない左手をひらひら振ってから、会場を後にして行った。
「凄いわ。ゴトフリーさん。決勝進出なんて……ここまできたら、優勝か、準優勝か、どちらかよ」
リリアはそう言ったので、ゴトフリーの背中が見えなくなってから座ったアリスは神妙な顔で何度も頷いた。
「うん。すごいよね……そうだよ。ゴトフリーは優勝するもの。私、信じてる。私が信じないと、絶対……勝てないもの」
アリスは両手をぎゅっと痛いくらいに握りしめた。
会場の中にいる全員がそれをたった一人が信じたから何になると、ただの世迷い言だと馬鹿にしようが、アリスは意志を曲げたくはなかった。
「そうね……手の怪我の治療が間に合えば良いんだけど……ああ。アリス。出て来たわ。リカルド・デュマース。我が国の英雄ね……」
燃えるような赤い髪の竜騎士が会場へと出て来て、会場中の観客たちは一斉に湧いた。
戦場に出始めるといくつも大手柄を上げて、新人であるにも関わらず『英雄』と呼ばれる竜騎士。敵国では悪鬼や死神だと呼ばれて恐れられ、火竜を駆る赤髪を見ればすぐに逃げろとまで言われているらしい。
(あの、リカルドさんがすっごく強い竜騎士であることは、私だって理解しているよ……けど、私が愛している竜騎士はゴトフリーなの! ゴトフリーに勝って欲しい。たとえ、一生に一回だけでも、構わないから……!)
アリスは祈るように目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
一生に一回でも良い。
そうしたら、ゴトフリーの持つ焦燥感や心の痛み……そんなものが、少しだけでも楽になれるのなら。
本日、コミックシーモア様にて12話先行連載更新日です~!(他書店様9話更新)
ゴトフリーがやきもちやきの本領発揮いたします……!今回はいろいろと楽しんでいただけるようになっておりますので、ぜひぜひお読みくださいませ~!(ページ下部にリンクあります)
ブレンダンはそろそろ幸せにします(予定ではなくて)
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