60 声援
「わ! ……危ない!」
迷いなく真正面から剣で切り込んで来た対戦相手を躱し、ゴトフリーはすぐさま背中へ槍の一撃をたたき込んでいた。もちろん、この闘技大会は殺し合いをするための場ではないので、武器は真剣ではなく刃を潰したものを使用しているらしい。
(とは言っても、鍛錬中にだって怪我は良くあることらしいし……心配。けど、ゴトフリーってこんなにも強いんだ……)
アリスはゴトフリーの戦い振りを、観客として観た事はこれまでになかった。
いつか街中で絡んできたごろつきから助けてくれたことがあるけれど、あまりに早業で倒してしまったため、数秒で終わってしまったのだ。
彼はしなやかな身のこなしに手に持つ武器を自在に操り、その上に何が起こっても決して怯まず余裕のある戦いぶりで、これまでに見て来た参加者の中には居ない圧倒的強さを見せていた。
「すごいわ。竜騎士になるくらいだからっていうのもなんだかおかしいけど……ゴトフリーさんって、とても強いのね」
隣に居たリリアも戦い振りに感心したのか、息をつきながらそう言った。
周囲の人たちだって口々にゴトフリーの名前を出して戦い振りを褒めており、まるで大人が子ども相手に稽古を付けているような目の前の戦いに苦笑いを隠せなかった。
アリスだって周囲の人と同じように思っているし、大好きな彼が手放しで褒められるのを聞いて、誇らしい気持ちで胸がいっぱいになった。
(そうなの! ゴトフリーはすごいんだよ。中身だってとっても良くて、なんでも出来ちゃうんだから……!)
勝ち抜き戦が進み竜騎士同士の対戦が多くなった時も、両手で指を組んで怪我をしないで欲しいと願うアリスの心配を笑い飛ばすように、ゴトフリーは危なげなく勝ち進んでいった。
いまも試合早々先輩の竜騎士に膝を付かせ、敗北となった彼へ手を差し伸べていた。しかし、相手も苦笑いしながらそれを受け、拍手で包まれた会場内はより盛り上がった。
「ねえ! ……リリア。ゴトフリー、本当に優勝しちゃうかも」
見事な試合展開に興奮していたアリスがリリアに耳打ちをすると、彼女は得意げな笑みを見せた。
「……ふふ。奇遇ね。私もそう思って居たところよ。けど、ここからはリカルド・デュマースとブレンダン・ガーディナーが居るのよ。彼らは優先配置権を持っているから、まだ出て来ていないもの」
リカルドとブレンダンは、会場では姿は見えない。先の大戦の活躍で国民から圧倒的な人気を誇る彼らなので、運営側も出来るだけ後から出場させたいと思っているのかもしれない。
「そうだよね……けど、リリア。ゴトフリーって凄いんだよ。負けず嫌いで居られるって、いつか勝てると思っていないと出来ないことだと思うんだ。だから、ゴトフリーはこれまでもこれからも、自分は勝てると思っているんだよ。それって、凄いことだよね……諦めたら楽なのに、それはしないんだよ」
最初から圧倒的な誰かに立ち向かうなど無駄なことだと、ゴトフリーだって諦めてしまえば楽だったと思う。
けれど、彼はいつかあの二人に勝てると思い、どんなに辛い苦しみを抱えたとしても、いつかの希望を手放すことをしなかった。
(私には、わかってるもの。諦めてしまえばいっそ楽なのに、ゴトフリーは諦めない。学生時代から、成人して竜騎士になって、今も。それが、どれだけ凄いことなのか、私にはわかるよ)
学生時代に比較される好敵手なんて、一時のものだ。
アリスだって異常に頭の回る同級生や、記憶力では到底敵わない同級生を目の前にして、これでは敵うはずもないと舌を巻いて彼らの得意科目の首位は諦めようと思ったものだ。
それは、持って生まれた性質体質や、神より与えられた才能に圧倒されたせいだ。
皆、年齢を経るにつれ自らの身の程を知り諦めを覚えて、どうせ勝てないから勝つ努力をすることを止めようとなってしまうものなのに、ゴトフリーはこれまで『自分はいつか勝てる』という気持ちを捨てずに持ち続けてきた。
それは、常人ではとても出来ないように思えるのだ。
「……ええ。凄いことだと思うわ。ゴトフリーさんは、アリスの前で絶対に勝つって決めたのね」
察しの良いリリアは、アリスからすべてを聞かずとも静かにそう言った。
そして、準決勝を決する試合でようやく、アリスは竜騎士ブレンダン・ガーディナーの名前を耳にした。
茶髪の竜騎士ブレンダンは黒い槍を持ち颯爽と会場に現れ、彼の持つ女性が好みそうな容姿で特に有名なので、これまでにない声量の黄色い歓声があがった。
(な! なんだか、複雑。けどっ……私にはゴトフリーが一番格好良く見えるし、それはぜんぜん良いんだけどっ)
この会場に集まる女性人気では負けているようだけれど、自分が絶対ゴトフリー派であると決意を固くしたアリスにゴトフリーの名前が聞こえて驚いた。
そして、これが初戦のブレンダンと比べ、ゴトフリーは何戦も戦い観客たちも自分たちが勝ち上がった彼を応援しているという気持ちがあるせいか、人気者にも声援は全く負けていなかった。
「あ……そっか。もう準決勝だから……」
それはそうだったと、アリスは思った。ゴトフリーはこれまでに何試合も連戦しているけれど、優先配置権を持つブレンダンが出て来たということはそういうことだ。
(あと、二試合……!)
あんなに多くの参加者が居たというのに、今はもう四人しか残っていない。朝早くから始まった闘技大会の会場にも、赤い夕日が差し込んでいた。
「いよいよね。アリス。緊張する?」
「もちろん! けど、絶対ゴトフリーが勝つって思ってるの。ブレンダンさんがどういう人かわかっていて……それでもだよ?」
嬉しそうにアリスが言い、二人は向かい合い、試合開始の声が聞こえた。
声と共に会場中に突風はいきなり吹き荒れて、アリスは慌てて目を閉じた。
(さっきまで、天気良かったのに! どうして!?)
そして、肌に触れる強い風が落ち着いた頃におそるおそる瞼を開けると、闘技大会の客席の前には内部が真っ白な何かに満たされた半球型の魔法結界が見えた。
そこへ危険な何かから観客を守るために結界が張られていたことに、会場に集まった人々はいまさらながらに気が付いた。
「……! え! 何!? 何が起こったの?」
闘技大会ではこれまで魔法を使う者が居たとしても、対戦者に向けて放たれる数撃程度のものだった。
アリスの目の前には宙に浮いたゴトフリーが速度を緩めてもなお攻撃し続ける風の刃で、ブレンダンの前に浮く巨大な氷の塊を削り落としているようだった。
「アリス。これって……竜騎士が竜との契約で得るという、属性の魔法じゃないかしら……?」
「あ! ……そうかも。アレックは風竜で、クライヴは氷竜なんだって。前にゴトフリーから聞いたことがあるんだよ。無数の風の刃が、分厚い氷の盾を削っているんだ……」
アリスは目の前にある信じられない光景に見入りながら、隣のリリアの質問へそう返した。
おそらくは、試合開始の声と共にゴトフリーは、数え切れないほどの風の刃をブレンダンへ目にも留まらない速さで放った。
いまだにゴトフリーの身体から顕現し続けている風の刃は、彼が本気で放った風魔法の残滓のようなもので、ブレンダンは咄嗟に分厚い氷の盾でそれを防いだのだろう。
圧倒的な戦いとなり呆気に取られて誰も声も出せずにしんとした会場の中、その中心に居る彼らの声がやけに響いた。
風の刃に粉々に砕かれて、きらきらと陽光を弾いて地に落ちる氷の破片が共鳴しているのかもしれない。
「……本気だね。ゴトフリー」
分厚い氷の盾を自らの前に浮かべたブレンダンは、落ち着いた口調で微笑みながらそう言った。
ブレンダンには余裕はあるが、勝ちを確信している様子でもない。防戦一方に追い込まれているのだから、それはそうなってしまうかもしれない。
それに今は闘技大会で、負ければ命を奪われるような状況でもなかった。
おそらくは、ブレンダンにとって、どっちでも良いのだ。ここで、自分が負けようが、ゴトフリーが負けようが、きっとどっちでも。
人が羨むような様々な何かを持って生まれた者特有の執着のなさが、彼の言動からは感じられた。
「言っておくが、俺は戦いにおいて、本気でなかった時などない……お前とは違ってな」
地面に降り立ったゴトフリーはいまこの状況にも本気を見せないブレンダンを睨み付け、手に持っていた槍をいつでも振るえるよう構えを変えた。




