63 奇策
試合開始の声が響き、闘技場内には大きな歓声が鳴り響いた。
(いよいよ……はじまる!)
二人とも手に持つ長槍を構えていたので、まずは金属がぶつかり合う音が聞こえるのかとアリスは思っていた。
だが、そんな予想を裏切りゴトフリーは後ろに一歩引いて、その場をとび上がり、まるで見えない足場があるかのように上へ上へと移動していた。
彼は風竜と契約しているので、小さな風を円形に巻き起こし、足場にしているらしい。
涼しい顔をしたままのリカルドはその場に立ち、見えない足場を次々に飛び移るようなゴトフリーの姿を見上げていた。様子見をしているのか、何故か動かないままだ。
(え。ゴトフリー? 何をするつもりなの……?)
何をしているのかと闘技場に集まる観客たちもざわざわとどよめき、正面から戦うことを早くも避けたように見えるゴトフリーの動きに困惑しているようだ。
闘技大会なのだから、これまでの戦いは両者はすぐに戦い、こんな風に間を持たせることもなかった。
「ゴトフリーさん、どうしたのかしら。上にいれば、攻撃は避けられるかもしれないけれど……このままだと、戦いにはならないわよね」
リリアもゴトフリーを何をしようとしているかわからずに、考え込むようにしていた。
「そうだよね。あれだけの高さにいれば攻撃は受けにくいと思うし、負けることはないけど、二人とも睨み合うだけになっちゃう……」
「上から飛び降りて、攻撃するのかしら? けど、下にいるリカルドさんからは丸見えだから、すぐに避けられてしまうわよね」
ゴトフリーは何をしようとしているかわからず、アリス含め会場の観客たちはある程度の高さまで到達した彼に注目をしていた。
黒い槍を構えたままのリカルドに対し、ゴトフリーはにやっと笑って見下ろして言った。
「悪いな。俺拘束魔法は、得意なんだよね」
「それは知ってる……何するつもりだ?」
リカルドは手に持っていた槍に炎を纏わせて、それでも動かない。
まだ本格的に攻撃しないにしても普通なら一歩二歩と動いてもいいのではないかとアリスは思い、そして、さっきのゴトフリーの言葉を思い返した。
以前、アリスにもゴトフリーから拘束魔法を掛けられた経験があり、体が意図に反して動けないという感覚ならわかってしまうからだ。
(……?! これって、もしかして、リカルドさんの両足を拘束魔法で動けないようにしているって……そういうこと? ゴトフリーは拘束魔法得意だって、言ってたし! わ。そういうことだったんだ)
そこで、リカルドは動かないのではなく動けないのだと、観戦しているアリスたちはようやく気が付いた。リカルドは狼狽することもなく落ちつき構えていたから、これまでには見ているだけではわからなかったのだ。
武器を構えた腕は動いているので、おそらくは、両足にだけ掛けられているのだろう。
「さあな。お前だったら、戦っている敵に相手に言う?」
「……言わないな」
「だろ? だから、言わない」
ゴトフリーの言葉に微笑んだリカルドは自らの槍の炎が、風に舞い上がり上部まで届き、ゴトフリーの姿が見えなくなり目を凝らしているようだ。
舞い上がった炎は、彼らが戦う舞台を覆うように取り巻いた。風が炎を煽り、ぐんぐんと火の勢いは増していく。
「動けないし火が燃えているなら、このままだとリカルドさんは息が出来なくなるわ。凄いわね。これで、試合が終わるかもしれないわ……普通の戦い方ではないけれど、作戦勝ちよ」
顎に手を当てたリリアは感心したように呟き、アリスは何度も頷いた。
「……そうだよね。けど、どんな戦い方でも勝ちは勝ちだよ……! ゴトフリーは参ったを言わせれば、良いだけだもん……」
アリスはゴトフリー優勢に見える目の前の戦いに、大興奮していた。
まさか、こんな風に戦うなんてまったく想像もしていなかったけれど、闘技大会の規則では『参った』と相手が認めれば、ゴトフリーは勝つのだ。大会の規則違反でもなんでもない。
(炎の勢いがどんどん増していく……大丈夫かな?)
観客に影響がないように張られた結界である半球の中は火がごうごうと燃えていて、あれではリカルドだけでなく仕掛けたゴトフリーも熱いだろうし、呼吸が出来なくなってしまうのではないかとアリスは心配になった。
もちろん、仕掛けた側だから、何かしらの対策はしていると思うけれど、とにかく炎の勢いは凄くて、アリスは離れているはずなのに肌にもチリチリと熱気を感じた。
「わ。すごい……動いたわ。流石は英雄ね」
ここで拘束魔法を振り払ったのか、リカルドは炎の中から飛び上がり、ゴトフリーは余裕を持って槍で受け止め、彼の攻撃を振り払った。
取り巻いていた炎は不意に消えて地面に降り立ったリカルドは、宙に作った足場を利用するゴトフリーの息もつかせぬ槍攻撃を受け止め避ける一方になっている。
武器がぶつかり合う金属音が何度も何度も響き、アリスは両手をぎゅっと握りしめていた。
(あの……空気で足場を作る戦い方は、今までの戦いまで出さなかった……そうだよ。ゴトフリーはここまで来れるって、絶対に来れるって、そう思っていたんだ。だから、リカルドさんと戦うまで温存していたんだ)
アリスはゴトフリーのことをずっと信じていた。
信じていたけれど、それは根拠のあるものではなかった。きっと、愛するゴトフリーならば、決勝戦まで来て優勝するまでを見せてくれる……そうただひたすらに、勝ってくれることを願っていただけだ。
ゴトフリーはアリスの期待に、見事に応えてくれた。
優勝したいとこぼした自分に優勝してよと発破をかけたアリスに、みっともない姿は決して見せたくはなかったのだろう。
ここ数週間アリスにも会わずに、これまで長年ずっと共に過ごした同期の竜騎士も知らぬ、新たな戦法を編み出していた。
(あれは、ゴトフリーが竜に騎乗して戦うなら、要らない戦法だものね。この闘技大会で勝ちたいから、だから……長い時間をかけて、自由自在に動けるまでにしたんだよね)
あの動きはたとえ選ばれし竜騎士であっても、すぐに会得出来るようなものでもなく、アリスはこれまでのゴトフリーの気持ちを思い、なんだか涙が出そうになった。
ゴトフリーがアレックを初めて見た時、自分と一緒だとそう思ったとアリスに言った時。あいつらには敵わないからと、嫉妬する気持ちを押さえられなかったからと、そう言った時。
負けず嫌いだからと笑ったゴトフリーは……どんなに悔しかっただろうか。
(勝ってよ。竜騎士ゴトフリー・マーシュ。これまでの悔しかった思いも、この時のためにあったって……そう思わせてよ。私にも……自分にも)
アリスはぎゅうっと指を組んで両手を握りしめ、白熱していく二人の戦いを見つめていた。
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