55.空間神との戦い
森。見渡す限りの木々、そして空。
幻想的で明るかった第二層とは打って変わり、そこは暗く鬱蒼とした森だった。
上を見上げれば空があることから、ここは第二層の他の場所ではないことも分かる。
転移した。突然現れた敵性反応と今自分の身に起きたことを関連させそのことに気付くのに、一瞬をかけてしまった。
だから、次の攻撃への対処が遅れた。
「――っ!?」
首を通るような平面上の空間に、なにか嫌な気配を感じ、僕はたまらずしゃがみこむ。
自由落下の速度を無視して、なるだけ最速に。
無理な挙動をとった体が勢いよく地面にたたきつけられる。強制的に動かされた脳が揺れ、一瞬吐き気を感じるが、それに悪態をつく暇もなかった。
両断された。
木が、岩が、水が、空間が、音もなく切られた。
一瞬光さえ遮る黒い何かが空間を埋め尽くすと、それが消えた次の瞬間、その平面状に会ったすべての者が硬度を無視して分断されていた。
「……これ、は」
僕の能力でとらえられなかった。つまり、特殊魔法。
しゃがむのが少し遅れれば自分の首がああやって切断されていた。防ぎ方も分からない。次避けるのが遅れれば命はない。
「……ほう。今のを避けるか。――さすがは龍神を討伐しただけはあるということか」
そんな低い声が聞こえ、気づくといつの間にか視線の先に男がいた。
さっきまではそこに人なんていなかった。
転移、その能力を持つ、神。
なぜ姿を現したのか見当もつかなかったが、どうやら攻撃はいったんやめて会話をするよう隙があるらしい。
不意打ちを警戒しながら、僕は神に向かって口を開いた。よもや先制攻撃を仕掛けておいて、不敬と言われることもあるまい。
「……あなたは一体誰ですか?そして何故僕はここに?」
「とぼけるマネはやめろ。お前の方にも心当たりがあるだろう。なあ、亜神」
亜神、と言われ僕は心の中で舌打ちをする。一体どこの段階で果は分からないが、僕の正体はとっくに天界に筒抜けだったらしいと分かって。
「……亜神、ですか?わかりませんね。僕はそんな大層な存在じゃありません。冒険者のランクもまだDですし……」
「もうお前が亜神という証拠は得ている。……それに万が一お前が亜神でなかったとしても、平民一人の命を奪うことに何の問題もない。諦めろ」
「ちっ、これだから……」
もう一度、今度は本当に舌打ちをする。神か何だか知らないが、偉そうに。人の命は平等なんだぞ、と。まあ相手は神で、僕も亜神なのだが。
なんにせよ相手の神は、僕が亜神だと確信している様子。このまますっとぼけ続けても意味がない。何せ亜神でなくとも殺すと言われているのだ。
僕は腹をくくり、口を開く。
「わかったよ。亜神というのは認めよう。……僕はエルだ。あなたの名は?」
せめて戦う相手の名前ぐらいは知っておきたい。その考えで僕は神に問いかける。
特に答えを期待した問いではなかったが、神は「むっ」と一言悩むとその問いに返答した。
「……序列三位、空間神ウォルト」
「空間神、か」
何故序列までつけて名乗ったのかは分らなかったが、神には名を問われたらそう答えなければいけない決まりでもあるのだろうか。
それにしても空間神。転移と言い空間ごと切った黒い物質と言い、なるほどその名に恥じぬ特殊魔法を持っているらしい。
「ウォルトさん、僕は確かにあなたの言う通り亜神だが、人間に害する気はない。もちろん天界にも」
「信じられないな。いま危機的状況に置かれているお前の、言うことを信じろと?」
「……僕はそもそも亜神なんかになるつもりはなかったんだ。いわば不慮の事故。だから見逃してくれないかな。常に位置をばらす魔法とかかけてもいいからさ」
天界が討伐に来ないというのであれば、別に位置ぐらいばれたっていい。
特に事件を起こす気なんかもないのだから。
しかしそんな譲歩も、ウォルトには意味がない。
「……仮にお前の言うことがすべて本当だったとしても、私はお前を倒す必要がある。これは絶対だ」
「なぜ亜神を倒すのにそんなにこだわる?それ自体が目的でもあるまいし」
「いや、我々にとってはそれ自体が目的と言える。何せ第一位の――、いや、これ以上は言いすぎだな。無駄な時間を過ごした」
「ちょっ、ま」
ウォルトは独り言のようにそう言うと、目の前に魔力を集中させ始める。話を続ける気は、全くと言っていいほど内容だ。
対話は気まぐれだったのか、特に得られた情報もなかった。分かったことはと言えば、ウォルトが見逃してくれることは、万に一つもないということ。
「くそっ、これだから神は――」
「――光矢」
ウォルトの前にいくつもの魔法陣が現れ、続いて光り輝く矢が出現する。
冒険者たちも使う普通の、低級な魔法。しかしそこに込められた魔力が桁違いのために威力は冒険者たちのそれとは段違いであった。
「っ、氷矢!」
飛来する光の矢に、僕は氷の矢で対抗する。魔法的な障壁などに強い光魔法系とは違い氷魔法は物理的な力を多く持つ。
神と真正面から魔力勝負を仕掛けるのは分が悪い。
特に僕は「魔力を形成する」工程から始めなければならないので、後手をとった今、同じ魔法で対抗するのは悪手。相性を考え最善の魔法を撃ちこまなければならない。
ウォルトの放った光の矢は、僕に届く直前に氷の矢によって相殺される。いくつかの氷の矢は光の矢を消し去った後に、その勢いを失うことなくウォルトに向かっていき、そして壁に阻まれるようにして砕けていた。
見えない壁が、そこにあるかのように。
(……見えない壁、か。ウォルトに攻撃を当てたいのなら、それが何かを解析しないと……)
おそらくウォレスの特殊魔法が生み出した何か。この世の理を超越するそれに対抗するためには、こちらもそれを超える必要がある。
龍神と戦った時のように、時間が必要だ。じっとそれを観察しようとして――何かを感じ取ったのか、ウォルトが動いた。
「切断」
「っ、飛翔!」
そう声が聞こえた瞬間胴を分断する平面に嫌な気配を感じ、飛翔魔法で飛び上がる。
一瞬置いて、元々僕の体があった場所を横切るように黒が現れ、そして消えた。根本付近で切断された木々が、音を立てて崩れ落ちた。
あたりに土しぶきが舞うとともにまた嫌な気配を感じ、また体を無理やりに動かしてその場から離れる。今度は頭の上の空気が切断され、真空が空気で埋め尽くされる音を聞いた。
「……詠唱を聞いて適当に逃げているわけでもない、か。何らかの方法で魔力の高ぶりを感じているようだな。それが貴様の能力か?」
「さあ、どうかね」
土煙の中から声が聞こえ、僕は反射的にそう答える。
木が落ちる音に紛れて詠唱し攻撃する。よくある不意打ちだが、気配を感じれなければあれで終わりだった。
「……だが避けるのを見ると、防ぐ方法がないと見た。仕方ないが……泥仕合になるな」
その言葉を聞いて、僕は心の中で三度目の舌打ちをする。
ウォルトの言う通り、僕にはまだあれを防ぐ方法がない。
つまり、逃げ続けるしかないわけだ。触れれば終わり、気配で感じるしかない範囲攻撃を。
「……無理ゲーだろ」
そう呟いたとほぼ同時。
僕を取り囲むようにした球体上に気配を感じ、僕は飛翔魔法と加速魔法を同時に使いその場から離脱した。




