54.襲来
「……やっと神様が帰りました。よかったですね、これで外に出れますよ」
「おお、ついにか。結構長かったなぁ」
あの後神がいなくなるまでの一週間ほど、僕らは部屋にこもって過ごしていた。
神に見つかって追加で罰を与えられては困るからだ。
神の方もわざわざ少し不敬を働いた程度の相手を気に留めることもなかったようで、この一週間冒険者ギルドから呼び出されるということもなかった。
「っし、じゃあ久しぶりに迷宮に行くか。調査が終わったってことは迷宮の封鎖も解かれてるだろうしな」
「そうですね。そろそろ蓄えも怪しくなってきましたし……」
「えっ、ほんとに?結構貯金あったような気がしたんだけどなあ」
「貯金なんて全くなかったですよ。何か使い込んだりしたんじゃないんですか?」
「えー、そんなこと……」
ないと言いかけて、そういえばと思い出す。
いろいろあって忘れていたが、クロを買ったのは最近の出来事だった。確かあれでごっそり抜かれたはずだった。
「それにしても、あの悪魔さんは無事なんでしょうか。神様はそれを討伐しに来たんですよね」
「どうだろ、簡単にやられるとは思えないけど……」
この一週間、地上では特に神が戦っている様子を見かけなかった。
悪魔を追ってきた神が戦闘をしないということは、悪魔が意外に弱かったか、それとも逃げたかの二択。
あの悪魔は果たして生きているのだろうか。
少し話しただけなのに情がわいたのだろうか、生きているといいなと少し思う。
「ま、どっちにせよ一旦の危機は去った。これからはこれまで通り、この街で冒険者を続けられるだろうさ」
「そうですね!……じゃあ私、用意してきます」
そう言うと、クロはクロ用に与えられた部屋から防具と武器を持ってくる。
久しぶりの迷宮。部屋で腐っていた僕らにとってはちょうどいい刺激だ。
リュックに道具などを詰めるクロの、尻尾が少し左右に揺れていた。
◇◆◇◆
第二層、樹海。
冒険者用に出ているトロッコに乗って一層をショートカットした僕たちは、いつもの最終場所に足を運んでいた。
適当にゴブリンなんかを狩りつつ採取植物を探す、簡単なお仕事。
道中で危機となり得るような魔獣もいないし、そう簡単に採取植物も見つからない。
つまりは暇な依頼である。
「――あー、なかなか見つからないな。さすが、つまらな過ぎて受けられず単価が上がった依頼。一人だったら絶対諦めてたわ」
「それでもお金になる依頼です。頑張らないと」
「でも、もっとやりがいのある討伐依頼とかやった方がよかったかもな」
「討伐依頼って……危険なのはアリシア様に禁止されてるじゃないですか」
「だってアリシャは僕が亜神だってこと知らないし」
天界に属するアリシャには、僕が亜神だということはまだ言っていない。信用していないわけではないが、ついうっかり口を滑らしてしまうなんてことも考えられるからだ。
あの直情的な一面を持つ聖女様なら、あり得なくはない。
「……そういえばアリシア様って、主人である神様に呼び出しを受けたんですよね」
「うん。そうだって言っていたけど……」
神に罰を与えられて傷を負ってからずっとそばを離れなかったアリシャ。彼女がなぜ迷宮についてこなかったかと言うと、アリシャの主人である鑑定神に天界へ一時戻るようにと命令を受けたため。
さすがのアリシャも主人の命令は断れないらしく、後ろ髪を引かれながら天界へと帰っていった。
「すぐ戻る」「危険なことはしないで」と何度も僕に言い聞かせながら。
「それがどうかしたの?」
「確か要件は迷宮の調査の報告って言ってましたよね。でもそれっておかしくないですか?」
クロの素朴な疑問。それは些細な違和感だった。
「……そうかな。天界も悪魔の情報は早く手に入れたいだろうし」
「でも神様が派遣されている時点で聖人の仕事は終わり。情報なら帰ってくるアゼルとか言う神様に聞けばいいじゃないですか」
確かにそうだ。
聖人の持つ情報と言えばもう倒されたレライエという悪魔の情報と、パイモニアがいるという情報のみ。
そもそもアゼルが派遣されていた時点でパイモニアがいるという情報は天界に伝わっているのだし、それ以上何を聖人に聞こうというのだろうか。
それに確か聖人にも、天界と通信する何らかの手段があったはず。わざわざ呼び出してまですることじゃない。
「……それに、何でアリシア様は一人で天界へ向かったのでしょう。天界に帰るのはそう簡単ではないと聞きますし、だとしたら同時期に天界へ向かう神様と同行するのが自然ですよね」
「アリシャが、アゼルに変なことしないようにじゃないの?」
「それはこっちの理屈です。アリシア様のご主人様からしてみればそんな事情は知りません。一緒に帰るよう言われていれば、アリシア様は従うほかなかったのでは?」
「……」
クロの感じた違和感。
それは考え過ぎと一笑できるぐらいの些細なことだったが、なぜか僕はそれを偶然と片付けることが出来なかった。
今は運勢で言えば最悪。つい最近最悪の事態が重なりに重なって、神を呼び寄せるまでに至ったのだから。
「……なんか嫌な予感するな」
「そうですね。最近は散々でしたし、用心に越したことはないかと」
用心するとして、どこまで想定すればいいだろうか。最悪の事態、神が軍勢を率いてこの街に僕を襲いに来るところまで?
少なくともアリシャから聞いた話だけでは黒と断定できないはずだ。何せアリシャは僕が亜神だってことを知らないのだから。
アゼルはどうだろう。槍で貫かれて瀕死になってから、アゼルとは顔も合わせていないはずだ。冒険者の皆にも口に出さないように頼んである。アゼルが僕を亜神だと確信することも考えにくい。
「……アリシャが帰ってくるまで、もう一度宿に籠っているか」
「私もそれがいいと思います」
次に展開が何かアクションを起こすとすれば、それは情報収集。グレーを黒にするための作業。
であるならできるだけ動き回らなければ、偵察と出会うこともなく情報も取られない。
不審な動きがあったり、アリシャから何か聞き出せてそれが危機的状況だった場合、この街から逃げることもできるだろう。
「よし。じゃあ今日は依頼のほかに討伐なんかもやって、お金を――」
しかし甘かった。
その考えはあまりにも甘く、抜けていた。
本当に万全を期すのなら、アリシャにエルという存在自体を口留めさせ、アゼルが現れた時には多少不自然でも冒険者ギルドから離れるべきだった。
気づいた時にはもう遅い。僕はもう狙いを定められていた。
唐突に。
あたり100メートルに張り巡らされていた探査魔法に、僕とクロ以外の反応が現れた。
場所は僕の真後ろ数十センチ。
高速に移動して近づいたわけでもない。ならば気づく。距離を無視して、速度を無視して、そこに現れた。
普通の魔法ではない。特殊魔法、ならば神。亜神の敵。
「――ッ!?クロっ、逃げ――」
「――すまんな」
振り向きざまクロに叫び、敵を見据えようとする。
不意を打った相手が真っ先にやることと言えば先制攻撃。それも一人で亜神に対抗できるほどの力の持った神の攻撃。
これを切り抜けた後のことを考えると周りに被害は出したくないが、今はそんな余裕すら残されていない。
せめてクロと自分だけでも守り切ろうと攻撃に備えようとした次の瞬間。
僕を襲ったのは炎の球でも氷の槍でも土の槌でも光の剣でもなく。
ポンと優しささえ覚えるほどの手が肩に添えられた。
そして――
一瞬のうちに、僕の周りの景色が一変した。




