53.思惑
――天界。
現代科学の粋を感じさせるような高層ビル、その最上階の自室でエレーナは冒険者ギルドの一部始終を眺めていた。
能力の貸与。アゼルが頼みごとを全うできるのか少し不安だったが、彼はきちんとやってくれた。
「……確定か?」
「ええ。間違いなく彼は、亜神だった」
「……そうか」
目を開けたエレーナを見て、ウォルトが問いかける。
部屋にはエレーナのほかにも、ウォルト、クリスティア、カイロスといった最高神が集まっていた。
エレーナが得た情報を秘密裏に共有し、対策を立てるためである。
「亜神か。龍神の討伐者であることも間違いないのだな?」
「ええ。しっかりと称号に」
「分かった。……討伐しよう」
ウォルトの一言に、エレーナは眉を顰める。
理由はそれが、性急すぎる対応だから。創造神や議会に何の通達もなく、特別な状況に置かれている亜神を討伐するのは普通でない。
「……彼は仮にも神獣の討伐者。それを――」
「――天界の厳命たる第一位の命令には『神獣を討伐し、その神格と権能を吸収したものを最高神とする』だ。彼はその十分条件を満たしていない。つまりただの亜神と変わらない」
「詭弁だわ。龍神の権能は持たずとも彼は『討伐』したもの。しかもつい最近例外もできたじゃない」
「確かにな。まあだから今こうして秘密裏に、我々だけで事を進めているわけだが……」
自らのやっていることは横紙破りだとしたうえで、しかし自分に正当性があると主張するウォルト。
「そもそも『亜神の討伐』も第一位の命令だ。然らば私の行動にも理がある」
「……彼女は多分、許さないわよ」
「私の方が位階は上だ。どうとでもなる」
起こりうるである問題も、自らの権限を使いどうにかするとウォレスは言う。秩序を重んじる彼が、だからこそ秩序を乱そうとしている状況に、エレーナはなすすべなしと天井を仰ぐ。
それほどまでに彼は新たな神の誕生を是としておらず、そしてそれはエレーナには覆すことのできない問題だ。
恩人に牙をむきたくはないという気持ちを持っていても、位階がそれを妨げる。
「なんにせよ短期間に二人の最高神が生まれる事態は避けねばならんだろう。……討伐は私とカイロスで行く」
「……私は連れてってもらえないのでしょうか、ウォレス様」
「龍神を倒したということは、敵はおそらくパワータイプ。クリスティアもそうだろう?パワータイプ同士の戦いは被害が大きくなりすぎる」
「ウォルト様とカイロス殿で事足りると?」
「ああ。相性の問題もあるし、最高神が二人いれば――」
「――ち、ちょっと」
それまで黙っていた最高神が、突然言葉を遮る。
とても筋肉がついていそうには見えない細い足を手で抱えている、長い髪の不健康そうな神。最高神の中でも変わり者とされている、カイロスだ。
「なんだ?カイロス」
「僕、討伐に行くって言ってないんだけど。か、勝手に決めないでくれる?」
「カイロス殿、それは上位の神であるウォルト様に逆らうということですか?」
カイロスの一言を受けて、クリスティアの目が怪しく光る。
しかし最高神の重圧を受けても、同じく最高神であるカイロスは意にも介さない様子で再び口を開いた。
「さ、最高神なんて順位はそれほど関係ない。それに……め、命令じゃないんだよね」
「……命令はなるべく使いたくはないが、やむを得ない場合は仕方がないな」
「答えになってないねー。と、ともかく、僕は反対だ。討伐自体もだし、そんな強力な亜神と戦うのもね」
「……あなた意外としっかり意見を言うのね……」
気弱そうな外見とは裏腹にきっぱりと「反対だ」と告げたカイロスに、エレーナはそんな声をもらす。
というのもカイロスがここまで意見を言うところをエレーナは初めて見たからだ。
エレーナがカイロスと会う数少ない場、議会においても、彼は特に文句を言うことなく要請に従っていたのだから
「……では命令を使うことに――」
「――だ、だから嫌だって言ったはずだけどね。今回は悪いけど、パ、パスさせてもらうよ。じゃ」
命令を行使しようとしたウォルトを受けて、カイロスは早口にそう言うと姿を消す。
前触れもなく、一瞬で。今までそこにいたのが嘘のように消え去ってしまった。残ったのは、まさか逃げるとは思ってもおらず驚いた三人の最高神のみ。
「……まさかこんなことに特殊魔法を使うとはな。そこまで戦うのが嫌だったのか?……クリスティア、ドアを閉めてやれ」
「はい。わかりました」
言うとひとりでに、なぜか開いていたドアが閉まる。
カイロスの能力は瞬間移動ではなかったはずなので、おそらくドアを開けて普通に部屋から出ていったのだろう。
閉め忘れるとは抜けているなとエレーナは思う。それとも慌てて出ていったのだろうか。
「……逃げられたのでは仕方ない。探して命令することもできるが、ここは私一人で行こう。まあ戦力的にももんだないはずだ」
「そう、なら私も行くわよ?戦闘に関しては役に立たないだろうけれど、サポートはカイロスよりもできるはずだから」
「……お前は討伐に反対ではなかったのか?」
「あなたに死なれるぐらいなら、ね」
「まあ、そうか。では頼んだぞ」
言うとウォレスはクリスティアを引き連れて部屋を出て行った。
部屋に一人残されたエレーナは、先ほど見た亜神――エルのステータスを魔水晶に映す。
「……見たことのない権能、それに魔窟の覇者?」
魔窟。それは亜神レベルの魔獣ですら生息している、この世で最も高難易度の迷宮。
エレーナを一度救った恩人は、一体どれほどの強さなのだろうかと想像する。少なくともウォレス単騎に瞬殺されるほどではないだろう。
「……私にも何かできるかしらね」
恩人がみすみす討伐されるのは避けたいところだ。彼のために何かできることはないかと思いを巡らす。
上位の神に間接的に逆らうことになってしまうが、そもそもウォレスの行動も第一位の命令に逆らっているようなものだ。
位階に縛られる神もそこまで自由がないわけではないし、そもそもエレーナのその行動にも理があるのだ。
「とりあえずステータスは修正しておきましょうか」
そう言うとエレーナは、ウォレスに見せることになるであろう魔水晶に手を伸ばした。
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エル
男
神、竜人
冒険者
レベル 88
筋力 120
体力 110
速度 120
魔力量 35
力の権能
亜神の討伐者、龍神の討伐者、魔窟の覇者、異世界人
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