51.貸し1
「カッ……ハッ……!」
直径数センチほどの槍が生み出したとは思えないぐらいの、大きな風穴が僕の体に空いている。
呼吸ができない。手先が冷たい。頬が血に浸かっている。視界が霞み耳が聞こえなくなっていくのを感じながら、僕は必死に魔法で延命措置を続けた。
槍に貫かれても、即死ではなかった。即死でないのなら、常人では数分も絶たずに絶命してしまうであろうこの状況でも魔法で生き延びることが出来る。
「……ん、これで頼まれごとは……、最高神様も……。……い、早く……」
「……、こ、こちらで……」
おぼろげに、そんな声が聞こえて大きな気配がいなくなるのを感じる。
どうやらアゼルは、これで僕が死んだと思ってくれたようだ。ありがたい。
これで何とか、切り抜けられそうだ。
「ご……様!ご主人……」
「く……ろ」
魔法を解いた瞬間駆け寄ってきたクロに、顔を動かさずに言葉をかける。
返事を聞いた瞬間、絶望に染まっていたクロの表情がほっと緩んだ。
「ご主人様!あぁ……生きてる!私、ご主人様が死んでしまったかと……」
「……おぉう、クロ。体揺らさないで……」
抱き着いて僕の体を揺さぶってくるクロ。
体中の残った血を魔法で運んで脳の延命を行っているのだが、体が揺らされるとうまく制御できなくなる。
クロに殺されるんじゃたまったもんじゃない。
「す、すいません。……でもこのままじゃ……」
このままではすぐに死んでしまう。
体に空いた穴、床に大きな水たまりを作っている血の量を見れば、僕の命が風前の灯であることは明らかだった。
何かできることはないか。そうおろおろするクロに、僕は頼みごとをした。
「……クロ、まずは体を運んで、……できれば神の目につかないところに。……あとはアリシャを呼んでくれ」
「聖女を……わかりました。すぐに!」
聖人でも類まれなる回復魔法を扱うアリシャなら、おそらくどんな傷でも治すことが出来るだろう。それこそ放っておけば死につながるような重大な損傷でも。
「誰か、ご主人様をギルドの奥、神様の目の届かないところに運んでください!」
「お、おう。……でもこれ、生きてるのか?」
「生きてます!すぐに聖女様を連れてくるので、それまでには」
「分かった。お前のご主人様は任せとけ!」
あまりの出来事に硬直していた冒険者たちが、クロの一言で動き出す。
奥から職員がタンカを持ってきているのをちらりと確認したクロは、ググっと屈伸をするように足を曲げ、クロの全身が獣特有の黒い体毛に覆われていく。
獣人特有の能力、獣化。
犬の獣人であるクロは脚力、咬合力などの上昇が得られると聞いたことがある。
「……すぐに戻ります、ご主人様」
言うとクロは折り曲げた足を解放し、跳ねるようにして空きっぱなしになっていたドアから外に出る。貯めていたエネルギーが発散した瞬間、ドンッという音とともに衝撃波が冒険者たちを襲った。
常人離れしたその脚力に一瞬唖然とする冒険者たちだったが、すぐに僕の体がタンカに乗せられた。
「……あの獣人の子、おっかねえな」
そんな冒険者の呟きが、運ばれる僕の頭上から聞こえてきた。
◇◆◇◆
「エル!大じょ――ッ!?」
アリシャはそれから数分も経たない内に、僕が運ばれている部屋に来た。
血相を変え、空を飛んできたのか髪も乱れた聖女の姿に冒険者がざわめく。小脇に抱えられていたクロも、肩で息をしながらぐったりしていた。
僕の腹に空いた大きな穴を見て、アリシャは顔を青ざめさせる。
「ア、アリシア様。ポーションで一応治療を試みたんですが、傷はふさがらず……」
「どいてっ!」
冒険者の言葉もろくに聞かず、僕の近くにいた冒険者の体を突き飛ばしてどける。
「こ、この傷は……。エルっ、エル、生きてる?まだ生きてる!?」
「……うん。……魔法を、頼む……」
「うんっ、うんっ。待っててね今すぐ……っ!」
返事を聞いたアリシャはすぐ魔法を発動させる。
治癒魔法。敵性のある聖人が使うと、部位欠損ですら回復させることのできるほどになる魔法。
神々しさを感じさせるほどの魔力密度を持った魔法陣が体の上に現れ、体に熱が戻っていくのを感じた。
頭を起こして体の状態を見ると、空いていた穴は見事に元に戻っていた。
「わお。実際見るとすごい――」
「――エルっ!」
「うぷっ」
起き上がった僕に、アリシャが抱き着いてくる。
「今度ばかりはエルが死んじゃうかもって……!」
「ちょっとやらかしちゃって」
「何度も死にかけないで、エル。やっぱ私がずっと傍にいた方が……」
「聖人がそれはまずいでしょ。……今復活したばっかで血が足りないから、ごめんだけどちょっと離れてて」
「うん……」
一度ぎゅっと強く抱きしめると、アリシャは僕の体から離れる。
アリシャの目は少し赤く、にじんでいた。心配かけさせてしまったみたいだ。
ふと見ると、アリシャの後ろに少し俯いているクロが目に入った。
「クロ」
「……ッ!」
呼びかけると、クロがびくっと体を震わせる。
「……ありがとな。アリシャ呼んできてくれて。おかげで助かった」
「いえ……だって、ご主人様……」
優しく言葉をかけたつもりだったが、クロはくしゃっと顔を歪ませるとその目から大粒の涙をこぼす。
「クロが尻尾に気付けていればっ!もっとしっかりしていれば……申し訳ありませんでした……」
クロの尻尾と耳がしにょりと垂れ下がる。尻尾に力がなくなるのは、申し訳なさ、後悔、不安を示す合図だ。
「私のせいで、私のせいでご主人様が……。クロは奴隷として失格です……」
「クロは……悪くない。僕の考えが少し甘かっただけだ」
「でも、でも……」
「クロちゃん……?」
アリシャが泣いて謝るクロの様子に困惑した声を上げる。
僕の怪我の原因がクロにあると聞いて困惑しているのだろうが、クロを責める言葉がなかったのはありがたかった。
「クロ」
「……はい」
もう一度名前を呼ぶと、クロはゆっくりと顔を上げて僕を見た。
今回の件は正直に言えば半分ぐらいクロのせいではあったが、でもクロを責める気にはなれない。なんたって、僕が亜神で神を避けているとクロに言ってしまったのが事の始まりなのだから。
もう半分は、僕のせいだ。
「……確かに今回のことで、クロの失態もあった」
「……っ」
「だけど同じぐらい、僕にも至らぬ点があったのも確か。fifty-fiftyってことにしよう。それでも申し訳なさが残るって言うんだったら――」
少し言葉をためて、何を言おうか考えて。
「次はクロが、僕を助けてよ。それでチャラだ」
「……っ、はいっ!必ずっ……」
「よし。いい子だ」
僕の言葉に納得してくれたようで。
何やら覚悟を決めたような顔をしたクロの髪を、僕はさらりと撫でた。




