50.罰
「――おい、そこの混ざりもの」
目の前に立った神が――頭を下げているため表情を窺うことはできなかったが、明らかに怒りの混じった――言葉をかける。
混ざりもの。獣人を差別するような言葉。
この場にいる獣人はクロと――僕のみ。どちらかにかけられた言葉であることは明白だった。
「その尻尾はどういう意味だ?まさか――神である私に敵意を抱いているわけでもあるまい」
言葉を聞いて、クロのことだとすぐに分かった。
完全な人間形態、そもそも後天的に亜人になった僕は基本が人間の姿、尻尾も出したことがない。
悟られない程度に頭を動かし横に座るクロの尻尾を見ると、それは見事にピンと立っていた。その様子は獣人にとって、警戒、敵意を意味する。
「か、神様の偉大なるオーラを前に緊張してしまいまして」
「緊張していれば、敵意を向けていいとでも?」
「申し訳、ありません。神様を害する気などこれほども」
「故意でなければ、敵意を向けていいとでも?」
クロの必死の弁解も、神に敵意を向けていい理由にはなり得ず。
アゼルは冷たい目でクロをじっと見下す。周りの冒険者たちも、突然の展開に冷や汗を流していた。
「不敬だ。やれ」
「――お待ちください」
アゼルが近くにいた天使に命令を下した瞬間、僕は考える暇もなく立ち上がっていた。周囲の冒険者たちの驚く気配が、音もなく伝わってくる。
アゼルは唐突に立ち上がった僕に、怒りをあらわにするわけでもなく訝し気な目を向けた。
「なんだ貴様は」
「彼女の主人です」
「主人?……そうか、こいつは奴隷か」
クロの首元に付けられたチョーカーは普通の奴隷とは違うもの。
天界では普通にファッションとして使われることもある装飾だったので、アゼルは気づけていなかったのだ。
「それで?だから何だというのだ?神である私の前で立ち上がって異を唱えることの意味を、まさか知らぬわけでもあるまい」
「奴隷は主人の所有物。所有物の失態は私の責任です。罰は私にお与えください」
「はぁ?」
ザワッと。今度は音を伴い、冒険者たちの動揺が伝わった。
神が下す罰。それは基本的に死罪。
奴隷の罪をかぶり死を選ぶ主人など、この世界の常識に照らし合わせて考えれば異常だった。
しかし僕には、特殊魔法という死なない算段がある。自らを危険にさらすことにはなるが、考えなしに立ち上がってしまった今、流れを止めることはもうできなかった。
「貴様自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「はい。アゼル様ともあろうお方が『モノ』に罰を与えてお許しになるので?『モノ』の責任は所有者が取る。当たり前でしょう」
「――ご主じ……っ!?」
何かを言いかけたクロを、築かれないぎりぎりのラインの魔法で口止める。
「どうですか?神様」
「お前の言にも一理ある。しかし……」
そこでアゼルは、僕をじっと見た。まるで品定めをするかのように。
「うん?貴様も混ざりもの、か?……なるほど、な」
アゼルはそう言い、しばらく黙る。
「……分かった。いいだろう」
「認めてくださるのですか?」
「ああ。この奴隷の代わりに、お前に罰を与えよう。――おい、お前」
一体どんな心変わりがあったのか。アゼルの言葉に、一人の槍を持った天使が前に出てくる。
槍は特に魔法的な付与は込められおらず、天使の力量もおそらくは天使たちの中で中ぐらい。
これなら体が消し飛ぶとか、そういう心配はなさそうだ。つまり、一撃に耐えるだけでいい。
「――やれ」
「はっ」
後ろに立ち天使たちに守られるようにして様子を見ているアゼルが、そう無慈悲に告げる。
神の命令に従い天使が槍を構え、そして――勢いよく突き出した。
(加速っ!)
身体能力、そして思考能力を加速させる魔法をひそかに使用し、引き延ばされる思考の中僕はまず槍の軌道を確認する。
狙われているのは、幸運なことに腹部。これが頭部であったら避けるなりの行動をとらなければいけない所だったが、腹部であればその必要もない。
あとは即死を免れれば――
「――ッ!!!」
天使の槍が体を貫き、冒険者たちの、クロの言葉にならない悲鳴を聞きながら。
僕の体は力を失い、ゆっくりと地面に倒れていった。




