49.気づかれた?
天使が現れてから、いつもは騒がしい冒険者ギルドが嘘のように静まり返っていた。
当たり前だ。冒険者のことなどゴミのように扱える権力と、暴力を持った神がやってくるのだ。
触らぬ神には祟りなし。
文字通り、神に目をつけられてもいいことはない。普通に軽く命を奪われる。
「……きっつ」
ため息と同時に、ポツリとつぶやく。
普段であればだれにも聞こえないほどの小さな声は、静寂の中で驚くほど響く。
その場で跪いていた冒険者たちの「しー」という必死なジェスチャーを眺めつつ、僕は己の運のなさを嘆いた。
そのまま膝を付き顔を下げ、待つこと少し。
ギルドの重厚な扉の外から、こちらに近づく行軍の足音が聞こえてきた。
神の登場だ。
「(クロ、なるべく目立たずに、動かずに。いいね?)」
「(……は、はい)」
「(――来たっ!)」
クロに最後の注意をすると同時に、ギルドのドアが勢いよく開き大きな旗を掲げた騎士風の天使が姿を現した。
天使は一度地面に石突を強く打ち付ける。カンッという大きな音がギルド内に鳴り響き、余韻を残し消えた。
「序列第二十位レギン家が筆頭、領域神アゼル様の御成り!」
それだけ言うと天使は横に一歩それ、白い法衣をまとった背の高い男が前に出る。と同時に天使がもう一度石突を打ち付けた。
あれが神。纏うオーラは僕が魔窟を出てから会った龍を除くどんな魔獣よりも恐ろしく、物理的な圧力を持つが如く冒険者を怯えさせていた。
パイモニアを相手にするために送られてきた神。自らの力をうまく隠していた彼がどのような強さがあるのかはわからないが、アゼルという神であればどんな敵に対しても善戦以上の戦いができるだろう。
(あれ以上が二十人、か……)
やはり天界は脅威。そう再認識するのに十分な脅威を、アゼルは持っていた。
誰もが膝を付き動かない中、一人の男がアゼルの前に立つ。僕はその顔を一度だけ見たことがあった。
「ラビルの冒険者ギルドマスター、ルギスにございます。急な来訪ゆえろくな歓迎ができないこと、申し訳ありません」
「領域神、アゼルだ。挨拶は不要、早く案内しろ。こんな汗と血の匂いのする場所に長くいるなど耐えられん」
「は、はい。申し訳ありません。……では案内させていただきます」
前に見た時の傲慢さはどこへ行ったのか、怯えた様子のままギルドマスターはゆっくりと立ち上がる。そしてギルドマスターに続きようにしてまず天使が、そして神が歩き始めた。
護衛のためだろうか、前後を天使に挟まれるようにして歩いている。
目の前を通り過ぎる天使たちの足を眺めながら、仮に天界に追われる身になったならまずは神よりも天使が脅威になるだろうな、と思う。
天使たちの魔力は魔窟で言う低層レベル、A級S級の魔獣にも及ばない。正直言って戦ったら負けないというレベルだったが、見ただけでも数がいる。
護衛という簡単な任務にも数十の天使が着くのだ。亜人の討伐という名目で動かせる天使はそれよりはるかに多いだろう。
(数は力。いくら雑魚でも力で押されたらひとたまりもない)
しかし天使たちはエルなんかに目もくれず、目の前を通り過ぎていく。
どうやら気づかれることもなくやり過ごせそうだ。
そう安心しかけたその時。
「――ん?」
僕の目の前で、アゼルが足を止めた。




