47.神の予兆
「あー、どうしよどうしよ」
その後、宿屋。
もう何度目かもわからない何の意味もない言葉をつぶやきながら、僕はベッドの上をごろごろ転がっていた。
冒険者ギルドから帰ってきて、ずっとこの調子である。
「……悪魔の根性なし。拷問ぐらいで情報をしゃべるなんて」
「聖人様の拷問ですからね。きっとご主人様が思ってるよりずっとえげつないですよ」
「聖人なのに……?」
僕の独り言に、討伐の後片付けをしてくれていたクロが反応した。
「逃げてしまえばいいのでは?ご主人様なら移動に護衛もいらないでしょうし、他の町でも稼げますよね」
「まあ、そうなんだけど……」
本来であれば神が来る聞いた瞬間に逃げる準備をすべきである。実際に僕も、以前はそう計画していた。
だけど最近になって、そうもいかないということに気付いたのだった。
「これがねぇ……」
「それって……ペンダントですか?しかも紋章付き……」
僕が取り出したペンダントを見て、クロが驚いたように言う。
紋章付き。本来それは貴族や王などの従者が所持し、その権力を限定的に与えるものだ。
どこの貴族にも仕えていない僕が、それを持っているのはおかしいとクロも思っているのだろう。
「これは、街に来る前に助けた人からもらったんだ。……多分この街の権力ある人なんだろうな」
「そうだったんですね。でもそれが、逃げられないことにどう関係が?」
「問題なのはこのペンダントを渡してくれた人、つまりこの街の立場ある人に、僕の強さの一端を見せてしまっていることなんだ」
町に来る前、襲われたクラリスさんを助けたときに僕は力を使ってしまっている。
さすがにそれだけでは実力を完全に把握されてはいないだろうが、でも「エル」と名乗る冒険者がランク以上の実力を持っているということぐらいは知られているかもしれない。
「神が来ると決まったタイミングで、謎の実力者が姿を消す。……僕が亜神だったと気づかれはしないだろうけど、万が一何か怪しく思えばそこで終わりだ」
「さすがに慎重すぎなんじゃないですか?もしばれても、国外とかに逃げれば……」
「冒険者カードは国を超えて共通だからな。偽名も、難しいし……」
冒険者登録をするときの魔道具は、何でかわからないが名前まで読み取る。
偽造も魔法でできなくはないだろうが、ばれたときのことを考えるとなるべく避けたい。
「やっぱやり過ごすしかないかー。まあ一般人である僕が、神と会うことなんてないだろうしな」
ベットに寝転がりそうぼやく僕に、「気になったんですけど」とクロが疑問の声を上げた。
「ご主人様ってなんでそんな神様のことを怖がっているんですか?確かに神様は強いと聞きますが、それほどなんですか?」
「んー、実際のところ神自体はあんま怖くない、かな。神とは会ったことがないから正確なことが分からないんだけど、『厄災』以外は一対一なら勝てる、と思う」
「『厄災』って何ですか?」
「最高神たちの事。なんでかわからないけど、最高神ってのは一般の神よりも桁違いに強いらしいんだ」
最高神以下上級神、中級神、下級神などは高位の悪魔と同等だと聞いた。
例えばパイモンと同じような強さを持つとしても、苦戦はするかもしれないが脅威と言えるほどではない。
最高神にしても、強さはわからないが逃げるぐらいはできるだろうと思っている。
神自体はそう怖くない、という僕の答えにクロが首をかしげる。
「じゃあそんなに怖がることもないんじゃないですか?天界で一番強いのは、神様何ですよね」
「まあ、そう。だけど怖いのは強力な個というよりも統率の取れた軍。神に妄信的に従う天使の軍団だ」
「軍団……」
「一人一人の強さはそうでないかもしれないけど、彼ら天界に仇為す存在には容赦ないし、どこまでも追ってくるだろうし。恐ろしいことこの上ない」
どこの世界でも、数は力だ。しかも一人一人がそう雑魚でもなく、自らの犠牲を顧みない狂信者なら恐怖。
それがこの世界で天界を敵に回したくない理由だった。幼いころに刷り込まれてきた教会の教育もあるだろうが。
「だから僕は、なるべく天界に亜神だとばれたくない。てかばれたら死ぬ」
「そ、そうですか。……何か私がやらなきゃいけない事とかあります?」
「ん、いやふつうどうりにしれくれればそれで。只の一般冒険者を装うんだ」
「はい!わかりました」
まあ力を見せなければ絶対にばれることはないだろうけど。
そう思い、緊張した風に返事をしたクロの頭を撫でた。
◇◆◇◆
「――では最後に王国の迷宮都市に現れた悪魔について。災害認定がなされ、我らが対応することになった」
天界、その意思決定機構である議会。
長机に座った老人風の神が手元の紙を見ながらそう言うのを、エレーナはつまらなそうに眺める。
久しぶりに参加してみた議会だったが、特にエレーナに役職があるわけでもないのでやることがない。用事が終わったらすぐに戻ろうと思っていたが、タイミングを失ってずるずると最後まで参加してしまったのだ。
故に最後の議題にもたいして興味は持っていなかった。
「報告に会った悪魔は王級だそうだ。しかも単体。討伐は難しいだろう」
王級の悪魔は強力で、しかも賢い。自分が天界から敵視されているのを知った上で単体で行動しているということは、逃げるすべに長けていると考えられる。
故に半端な戦力を送っても逃げられる可能性が大きい。まともに戦ってくれない分、討伐はかなり難しいだろう。
「そうだな。適当な上級神数名を送りこみ、都市から追い出すということでいいだろう」
「……私から、ウォルトとかに言おうか?」
話半分で聞いてたエレーナが、口をはさむ。
最高神であれば王宮の悪魔に対して戦力としては過剰。逃げる悪魔ですら追いかけて討伐することは可能だろう。
エレーナの提案に、しかし老神は首を横に振った。
「……最高神様が出ることもない。私達共でかたずけられる問題だ」
「あ、そ。……ん?これアリシア送ったの?」
「ああ、教会から要請があったので行ったようだが。それがどうかしたのか?」
「いや、ちょっとね……」
先日、眷属化していたアリシアの大きな魔力の乱れがあった。アリシアが聖人となってから起こったことがないほどの大きな。
そして告げられた幼馴染の「エル」という名前。第五位が口にしていたものと一致する名前。
龍神を倒した亜神と何か関係があるのかもしれないと、エレーナは思う。
「私もすこし、この件に噛ましてもらうわ。これは貸しとかではなく、単に私の我が儘で」
「分かった。もとより儂にそれを止める権限はないしな。好きにしてくれ」
「ありがと。じゃあ上級神の選定は任せたわ。決まったら教えて頂戴」
「了解した」
さあて鬼が出るか蛇が出るか。
それがあの子にとって悪いものではないといいけど、とエレーナは思った。




