46.最悪の宣告
「でもですよ!エルさんだって自分のレベル以下の仕事しか受けないじゃないですか。実力を偽るというのも、本来は規約違反なんですからね」
「それは上の話で――、うわっ!!!」
二人の会話の内容なんてどうでもよかった。
扉を開きエルの姿を認めた瞬間、アリシアはその規格外の脚力を使ってエルに飛びついていた。
もちろんエルに負担をかけることなどしない。体に触れる直前に呪術で減速していた。
「エル!!」
「わぷっ。……アリシャ!?ど、どうしたの……」
「エル、エルだぁ……。よかったぁ……」
さきほどまでエルと言い争っていたルネやギルドに残っていた冒険者たちが、目を丸くして聖女の乱入に驚いている。
しかしアリシアはそんな視線などに気付いていないかのように、より一層エルを抱きしめる力を強くした。
たった一人残った大切な幼馴染。その存在が消えてなくならないように。
「……ごめんね」
顔をエルの胸にうずめたまま、アリシアはぽつりとつぶやく。
「ごめんね。私が守るって言ったのに。私のミスで……」
あの悪魔に地面を崩された時。あの時にエルとはぐれ、そのまま見つからなかった。
エルが隊と分断されてしまったのは、自分が呪力でエルをつかみ損ねたからだとアリシアは考えていたのだ。
そしてそれは半分あっていた。
「あー、アリシャは悪くないよ。なんか、運悪く悪魔の攻撃が当たっちゃったんだと思う。……うん。アリシャは悪くない」
「……ふふっ。なんでエルが言い訳してるの?悪いのは私なのに」
「だからアリシャは悪くないってば」
バツが悪そうにアリシアを庇うエル。
少なくともエルは悪くないはずなのに、なぜか弁解をしているようなエルに、少しおかしくなってアリシアは笑い声をもらした。
自分を庇ってくれているのだろうな、とアリシアは思った。エルは優しいから。
「――あ、アリシア様。少しくっつきすぎでは」
「……あ」
下の方からエルの奴隷――確かクロと言ったか――の声が聞こえ、アリシアはここが衆目の前だと気づく。
まずい。そうアリシアの冷静な部分が思う。
仮にもアリシアは聖女。一人の男性に抱き着いていたなんてばれたら、相当なスキャンダルになりかねない。
「……えー、コホンッ」
アリシアはすっとエルから離れ、一連の出来事に困惑して固まっていた冒険者たちを見据える。
さて、どうしよう。幸いにして誰一人あれからギルドを出ていないようだ。
今この場を収めれば、何とかなるかもしれない。
「えーっと、皆さんは今、何も見てません」
「……それは無理があると思う」
エルがぽつりと隣でつぶやくと、その横でうんうんとクロが頷いていた。
「……転、んでしまって」
「頭ぐりぐりしてきてたじゃん」
エルがダメ出しをすると、クロが「そうですよ!」と少し怒ったように言う。
「……彼は私のミスで死にそうになった冒険者だったので、助かったことの嬉しさで感極まってしまいました!この件は他言無用でお願いします、あらぬ疑いをかけられたくないので!」
少し強引にアリシアはそう言って、冒険者たちをぐるりと見回す。
有無を言わせぬ聖人の圧に、冒険者たちは口答えすることすら許されず首を上下に何度も振る。
とてもアリシアの言ったことが真実だとは思えなかったが、その真実を追求しようとしたり、ましてや茶々を入れようなんて思う勇気ある冒険者はいなかった。
ただ一人、当事者であるエルを除いて。
「いい落としどころじゃん。理由も嘘ではないだろうし」
「……もう!エルも他人事じゃないんだからねっ。これが他の聖人にばれたら逃げ――」
「――ご老公!!」
アリシアが言い終える前に、冒険者ギルドの入り口が勢いよく開けられて一人の若い聖人――リオネルが姿を見せた。
言いかけた事が事だけにアリシアはうっ、と言葉を飲み込み、そしてぎこちない動作で闖入者の方へと振り向く。
幸運なことにリオネルには言いかけた言葉が聞こえていなかったようで、不自然なアリシアの様子に少し首を傾けた。
「……むっ?アリシアしかいないか。どうした、そう青い顔をして?」
「いいえ、何でもありません。ええ、何でもありませんとも。リオネルさん。……ご老公は奥です」
「そうか。ご老公に報告があってな。……そうだな、お前も一緒に来い。今後のことで話すことがある」
「はい。わかりました」
言うとリオネルはアリシアたちの脇を通り、受付の奥へとつながるドアに消えた。しかしアリシアはすぐにはついていかず、名残惜しそうにエルの方を見た。
「……ん?行かないの?」
「……待っててくれる?」
アリシアが不安そうにそう言う。
大切な幼馴染が失われそうになったという恐怖はすぐにはなくならない。抱き着いて存在をしっかりと確認したのもそのため。アリシアはもう、天界と秤にかけてもエルを選ぶぐらいには、エルの方が大切だった。
だけど。
「――うん。わかった。アリシャが帰ってくるまでここで待ってるよ」
エルがそう笑顔で言う。
大丈夫、エルはちゃんとここにいる。そしてもういなくなることはない。
そう安心したアリシアはエルに「行ってくるね」と告げると、ヴェイペールのいる奥の部屋へと戻っていった。
◇◆◇◆
「よーし、聞き耳だー!」
アリシャがやけに神妙にドアに消えた後、僕は静かにそう叫ぶ。
何か重要そうなことが分かったかのような聖人の言葉、気にならないはずがない。
「……やめておいた方がいいんじゃないですか、ご主人様。聖人様にばれたら……」
「大丈夫。きっと僕なら大丈夫」
「エルさんは大丈夫そうですが……、でも私も気になります!」
アリシャと話していた時は完全に気配を消していたルネさんが、そう言ってドアに耳を付ける。
聖人をあれほど怖がっていたのに本当に図太いなぁと感心しながら、エルも続いて耳を付ける。
すると。
「――王級か……。わしらでは力不足か」
「では……」
「ああ。高位の亜神レベルと見ていいじゃろう。我らが主に、協力を仰ぐほかあるまい」
僕にとって。
最悪の宣告が聞こえてきた。




