44話.パイモニアの話
パイモニアがそう言葉を終えた後、部屋は沈黙が支配した。
クロの呼吸音と、僕の呼吸音のみが、静寂にこだます。
世界の真実。
言葉にしてしまったらひどく薄っぺらなものに感じてしまう、その本質。
魔法の存在、神の存在、神話、伝承、管理者、敵対者。
法則と理論に縛られていたあの世界になかったものたちが、この世界にはある。
機械的な決まりを嫌う、誰かの意志を感じさせるものたちが。
真実の手掛かりとなるものがこの真下で眠っているのかと思うと、自分が大きなタブーを犯しているのではないかという恐怖すら覚えた。
「……真実……」
静けさを破り、クロが重みに耐えられなくなったかのように吐き出す。
言葉を聞いたパイモニアは、そう、と首を縦に振った。
「神の存在、神話の真実、僕たちの存在意義」
パイモニアはこの世界の違和感を口に出した。
僕が感じていたものと全く同じことを。
「まあ一番知りたかったのはなぜボクたちが神と戦っているのかってことだよね。悪魔たちはあんまその辺を考えてないようだけど、魔神様に聞いても回答を得られなかったし」
「……それを知って、どうするんだ?」
絞り出した疑問は、自分でも愚かと思える質問だった。
パイモニアは、質問の意味が分からないとでもいうように首をこてんと傾け、答えた。
「なーんにも。ただ知りたいのさ、ボクは。知りたい、ボクが知らないことがあるのが気に食わない、知識を得たい。どうなっているのかを知りたい。君もそう思うだろ?」
「……」
好奇心。
人類を地上最強まで成長させ、同時に破滅への道を作り出した諸刃の剣。
パイモニアは、ただ知りたいという欲求に従っているだけなのだ。
程度の差こそあれ僕が、そしてほかの誰しもがそうやって生きているように。
「……そうは思わないな。人が知るべきではないことも、世の中にはあると思う」
絞り出した僕の答えは、負け惜しみに近いものだった。
欲望に忠実にあれるパイモニアがうらやましい、自分には不可能なことをやってのける悪魔が妬ましい。
そんな気持ちが現れてしまったのかもしれない。
パイモニアは、僕の言葉を聞いてニヤッと笑った。
「そうだね、そういう考えも確かにあるね。……だけど僕は人じゃなく悪魔だ。本能のままに自由に生き、行動を顧みない悪ーい悪魔さ。だから何の問題もないね」
「……問題はあるんだよなぁ……」
ポロっと言葉が、独り言のように漏れる。
目下の最大の心配事が、ここに来た最大の目的が。
「あるの?何だい?」
「お前がここまで来てくれたおかげで、何かあったら神様が出張ってくるんだ。それこそお前が見つかりでもしたらな」
「いいじゃないか。神様と言ったら君たち人間の味方だろ?この悪い悪魔をやっつけてくれるかもしれないよ?」
「ただの人間にはね……」
こちらとただの人間ではないのだ。
推定、亜神。
神獣、悪魔に次ぐ神様陣営の明確な敵。
望んでなったわけではもちろんないのだが、大変不本意なことに僕はどちらかと言えばパイモニアサイドなのだ。
神様に見つかったら戦闘は必至、最悪逃走すら許されずに最大戦力でたたかれて死ぬ可能性もある。
ただの人間からしてもそれなりに危険な神様だが、僕からしてみれば必ず爆発する爆弾が送り込まれてくるようなもの。
今一番に避けたいのは、パイモニアと戦闘になることでもなく、迷宮の真下のコアを見つけてしまうことでもなく、神様と市街で鉢合わせてしまうことだった。
そんな僕の思考を読んだわけでもあるまいが、パイモニアはなるほど、と小刻みにうなずく。
「ふぅん……。強いとは思っていたけど、そういうこと。……でも力の割には考え方が及び腰だよね。アンバランスだ」
「僕は事なかれ主義なの。戦いたくないの」
「まっ、君についてはいろいろ聞きたいこともあるけれど、でもそんな暇ないんでしょ?」
「ん?……あ、しまった。アリシャ」
緑茶なんか出されてゆっくりもてなされてしまったが、今の僕には早く帰らないといけない理由があったのだ。
できれば日暮れ前に帰らなければ、ましてやこのまま迷宮の下を目指しなんかしたらアリシャが必死になって僕を探しに来るのは自明のこと。
アリシャが手を選ばずに迷宮捜索をするとなったら、神様が介入してきても不思議ではない。
そうなると後は、パイモニアの発見、能力ばれ、戦闘……。
何が起きても街で平和に暮らすという目的は達成できなくなるだろう。
解決策はただ一つ。
早く帰る。
「じゃ、じゃあそろそろお暇しようかな……」
「ふふっ、君も大層な疲れているんだねえ。どうぞ、ご自由に。こちらから引き留めるつもりはないからね」
「なんで知ってるんだ……、そうだ、最後に一つだけ。次の討伐隊の予想とか、わかるか?」
パイモニアに関しては誰にも気取られることなく街を出れることができるであろうが、討伐隊は別だ。
爵位級はまだしも下級悪魔は自らの身を隠すということをしない。
実際見つかっていたし。
パイモニアはうーんと少し考えるしぐさをとると、言った。
「たぶんもうしばらく来ないんじゃないかな。そもそもここは悪魔の領地からかなり遠いからね。レライエ君もなかなか来なかったしね」
「そうか……、よかった。なら、気を付けて帰れよ」
もしくは迷宮の底でのたれ死んでくれよ、と暗に込めて椅子から立ち上がる。
クロもいっしょに。
「それを言うのは僕の方だね。悪魔が人間に言うってのもおかしな話だけど……、じゃ、また」
そう言うとパイモニアは小さく手を振って見送る。
パンデモニウム。
悪魔らしくない、かといって悪魔らしいと言われれば悪魔らしい、珍しい存在。
最初から敵意を向けて対応したが、何んともつかみどことのない受け答えで流されてしまった。
「……また会いそうな気がするなあ……」
無骨な岩の扉越しに強大な悪魔の存在を感じつつ、進みだした。
「じゃあ行こうか。……ふん!」
「へっ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………」
上へ。




