43.パイモニア
大穴の淵から少し歩いた、洞窟の壁をくりぬいて作られた小さな部屋。
僕とクロの、机を挟んで座っているパイモニアが、湯気の立つカップに口をつけ、ふう、と一息をつく。
「君たちもどうぞ。ここから遠くの、何という名かは忘れたけど、そこで買ったお茶だよ。ボクはこれがお気に入りでね」
そう言ってパイモニアは僕たちの目の前にそれぞれ置かれたカップに目を向ける。
西洋風のティーカップの中に、アンバランス―僕の目にはそう映った―に入れられた緑色の液体。
カップの底にはティーポットの網をすり抜けてきた、これもまた深緑の葉のカスが沈んでいた。
「グリーンティーと言う名の茶だよ。見た目のまま、実にシンプルでいい名だ」
「大丈夫、毒は入ってない。……いただきます」
特に毒も入ってなさそうだとクロに言うと、僕もは出されたコップをつかみ、そして飲む。
紅茶を飲むような上品な動作ではなく、日本人のDNAに刻まれているがごとく、ズズズ、と音を立てて。
驚くべきことに、それは僕の知っている緑茶と、素人舌では違いが分からないほどに似ていた。
久しぶりにである日本の味の余韻を、懐かしく思いつつ視線を戻すと、パイモニアの驚いた顔が目に入ってきた。
「驚いた。その原産地の人たちも、そんな飲み方をしていた。君もそこの出身なのかい?」
「まあ、いろいろと……」
「ふぅん……」
含みのある言い方をしてお茶を濁したが、パイモニアはそれ以上突っ込んでは来なかった。
知られたくない何かしらの事情があると察したのだろう、悪魔にしては空気の読める。
「それで、そっちの君も気分は落ち着いた?ほら、ずいぶん怯えてたから」
「は、はい……。大丈夫です、パイモニア、さま?」
パイモニアが、クロに向き合い優しく尋ねる。
対したクロは、まだ怯えは抜けきっていないものの相手が好戦的な悪魔ではないことが分かったのだろう、言葉を返す。
「ああ、呼び方は何でもいいよ。ボクはそんなことでいちいち怒ったりしない……、それで、何か聞きたいことがあったんだっけ?」
「ああ、そうだ」
そう、わざわざ悪魔の拠点までお邪魔してきたのは、悪魔と話し合いたかったから。
「単刀直入に言おうか、お前、同類に追われていただろう。何故だ?」
「うーん、……君は僕たち悪魔が魔神の眷属だってのは知ってる?」
「まあ、聞いたことはあるな」
太古の邪神の勢力であった神獣の一匹、魔神。
悪魔はそれに生み出され、同調する魔族とともにこの世で唯一、神に逆らう勢力だというのはあまりにも有名な話だ。
「そう、聖人が神に、もしくは下位の神が上位の神に絶対服従の関係にある通り、ボクたちも魔神に絶対服従だ。だけどボクたちはほとんど魔神に会うことがなくてね。今悪魔を取り仕切ってるのは、実質最上位の悪魔なんだ」
「ふーん。それで、その悪魔に逆らったりしたのか?」
「違う。いや、そう違わないかな。ボクたちには役職があったりするんだけど、それを放棄した感じかな。それで今人間界にいるってんだから、その悪魔様が怒っちゃってね。討伐隊なんて差し向けられることになっちゃったんだ」
絶対服従と言っておきながら、役職を放り出すことができるとは、さすが王級の悪魔と言ったところ。
しかし何がこの悪魔をそこまでさせたのだろうか、それが迷宮と何の関係があるのだろうか。
そんな僕の疑問を察したかのように、パイモニアは僕に質問を投げかける。
「迷宮のコア、見たことある?」
「コア?」
「そう、迷宮を迷宮たらしめている、魔力の塊。ボクはそれを見るために、魔界から出た」
迷宮とは何かに蓄積された魔力が、その周りの地形、多くは洞窟や古城、を変質させ、魔獣が住み着いた場所のことを指す。
その何、迷宮を形成する何かのことをコアというのだろうが、そう大きな価値があるようにも思えないものだ。
少なくとも魔神に逆らうほどには。
「……だけど踏破されている迷宮とかも結構あることだし、わざわざこんなところまで来なくても」
「踏破されているのは人工迷宮だろう?それのコアを見ても意味がないよ。せいぜい魔導書とかそんなとこだろう?僕が言っているのはね、自然迷宮のコアのことさ」
自然迷宮、それは人間や、その他生物が手を加えることもなく、はるか昔からそこにあった魔境。
人工迷宮とは比べ物にならない難度、規模を誇り、いまだに踏破されてはいない。
すなわち、自然迷宮のコアが発見されたこともない。
「魔窟でもよかったんだけどね、あそこはちょっと生きて帰れるかわからないし」
「……魔窟」
あそこもまた、太古から存在していた場所。
自然迷宮と起こりは同じなのか。
「気にはならないかい?ボクたちでは到底不可能な、それこそ神や魔神ですらも作り出せないような広大な迷宮を作り出す物体を。生物を。それにどれほどの魔力が込められているのか、それがどんなものなのか、知りたくはないかい?」
「神や、魔神が及びもしない魔力の元……」
神ですら届きえない魔力の頂、そんなものがただの魔道具とか魔法書のわけがない。
そんなものが存在するとしたらそれはそう――
「――ボクはそれに、世界の真実が隠れているような気がしてならないんだ」




