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37.シードルとエレン

 

 話し合いが終わったのち、冒険者たちは迷宮へと向かっていた。

 アリシャは聖人としての仕事があったらしくヴェイペールに連れていかれたので、僕、クロ、シードル、エレンの四人で固まって動いていた。

 そう、クロもだ。


「……おい、エル。本当にこの嬢ちゃんも連れてくのか?なんつーか、その、今回は魔獣の素材も取れねえしさ」


 シードルがクロを見下ろしながら、僕にそう問いかける。

 もう何度目だかわからないその問いに、僕は力なく答える。


「……仕方ないじゃないですか、クロ自身がああいうんだから」

「そうですよ!危なくなっても助けてくれなくて大丈夫ですから。自分の身は自分で守ります」


 クロが僕の言葉に畳みかけるようにしてシードルに言う。


「でもよお、お前が思ってるほど第三層は楽じゃないぞ?二層であったら隠れたりなんだりして魔獣から逃げることもできたが、三層はなあ……」

「心配いりませんよ!私逃げるのは得意なので」

「だからそういうことじゃ……はぁ」


 シードルがまた何度目かわからない、きちんと教育しておけよと言わんばかりの非難の目を僕に向けてくる。

 しかし僕にそんな目を向けられても困る。

 ぼくだってクロに危険だと言いまくった後なのだから。

 しかし


「(……何かあってもご主人様が守ってくれるのでしょう?)」

「(まあそうだけど、……ほら、対外的にさ。それにばれるきっかけになるかもしれないし)」

「(そこはわからないように工夫してくださいよ。……もしどうしようもない時であれば見捨ててもらって結構ですから)」


 そう言うクロの顔には、しかし見捨てられることもないだろうという余裕が感じられた。

 どこからその考えが出てくるのかわからないが、実際見捨てる気もないわけで、それでクロに何も言えない状況が出来上がってしまったのだ。


「それに……ご主人様とアリシア様を一緒にさせておくのも危険だと思いますし……」

「はぁ。わかったって。……じゃあせいぜい僕のそばから離れないようにね」

「はい!」


 クロは尻尾をぴょこぴょこ動かしながら元気に答える。

 全く商館にいたときのクロはどこへ行ったんだと思うほどの豪胆さだが、クロがここまで元気になったのは喜ぶべきことなのだろう。

 シードルも仕方がないかと頭を押さえる。


「まあいいけどよ、それにしても仲がいいんだな、お前ら。最初は奴隷っていうからどうしようかと思ったんだが……」


 そう言ってシードルはちらりとエレンを見る。

 いつもかぶっていた、トレードマークとなってすらいたフードは街を出るときにはずし、今はエルフ特有の長い耳があらわになっている。

 エルフという珍しい種族だからか、それとも単にその可愛らしさかは知らないが、エレンはかなり注目の的となっていた。

 周りにいる冒険者たちも物珍しそうにエレンを眺めている。


「……ほら、帝国ほどとは言わないがまだ亜人差別は少ないわけじゃないから」

「ああ、それでエレンさんはフードを」

「そうだ。街じゃあちょっとな……。エルも亜人を差別するような奴だったらいろいろまずいだろ?」


 亜人差別者、神族から十分な祝福を与えられてないと亜人族を差別するもの。

 曰く、人間は神様から十分な祝福を受けていたので神族と近しい体になり、亜人族はそうでなかったということなのだとか。

 本当に神の祝福を受けた受けていないは神界によって明言されていないが、多分彼らにとってもそれはどうでもいいことなのだろう。

 古今東西、いつの時代でも、人間が集まれば差別されるものも出てくる。

 そこに理由なんてないし、あったとしても大したことではない。

 亜人差別の場合、要は人間と姿形の違う亜人が気持ち悪いということなのであろう。


「……そ」

「そ?」

「――そんなことはありません!」


 クロが、シードルの言葉に体を震わせたのかと思うと、強い否定の言葉を出す。

 シードル自身も、そうではないと言っているのにもかかわらず。

 それに気づいていても、クロの口からは次々と否定する言葉がこぼれてきた。


「ご主人様は死にそうな私を救ってくれました。それにご飯も与えてくださって、寝る場所も、それに仕事も。こんなご主人様、ほかにいませんよ!ご主人様が亜人差別だなんて、するわけないじゃないですか!」

「お、おう……。そうだな……」


 クロはなんだか満足げに胸をそらし、そしてシードルはそんなクロにちょっと引いていた。

 エレンはクロの大声にびっくりしながらも、ふふっと笑う。


「クロさんは、いいご主人様に恵まれたんですね。……エルさん、クロさんを大切にしてあげてくださいよ?」

「ええ?はい、まあぞんざいに扱おうとはしないと約束しましょう。僕は亜人が好きですからね」

「亜人が好き?……なんだかコウキさんみたい」

「コウキ?」

「けっ、あの勇者の野郎のことだよ」


 コウキという名前を出した瞬間にシードルの表情がぐっと悪くなり、そして悪態をつくかのように吐き捨てる。

 邪龍として勇者たちの前に立った時も仲が良さそうには見えなかったが、名前を聞いただけで嫌な顔をするのは相当なものだ。

 パーティー内で仲が悪くなることはよくあることだが、そのせいでシードルとエレンは抜けたのだろうかと邪推を巡らせる。


「……シードルさんは勇者様が嫌いなんですか?」

「ああ、嫌いだね。あんな偉ぶったやつのことなんか。それだけならいいんだが、なまじ力がある分厄介だ。誰の言うことも聞きゃあしない。……それに大層な女好きでいらっしゃる」

「女好き?」

「ああ、女と聞いたらすぐ手を出したがる。エレンもそれで嫌がっててな、俺と一緒に抜けたんだ」


 勇者が女好きという話は聞いたことがないが、というか教会が隠しているんだろうが、よく考えてみなくても突然力を手に入れた男が何を考えるのかなんて想像がつく。

 ただそうなると、イースを勇者に預けたのはまずかったかもしれない。

 最低限の魔法は教えたとはいえ、イースは勇者たちにとって戦力とは言えないだろう。

 戦えない、それも美しい女に好色の勇者が何もせずにいられるか。

 場合によってはイースを助けに行かなければいけないかもしれないと、そんな僕の心配は、しかしシードルの次の言葉で解消されることになる。


「しかし俺らも抜けて、あの魔法使いの嬢ちゃんもこの前抜けたって聞いたから、あのパーティー三人だけか。……リィも大変そうに」

「魔法使い?えっとそれは……」


 ここでイースの名前を出していいものかと躊躇していると、その口ごもりを疑問ととらえたのだろう。

 シードルは「そういえば大々的に報道されなかったんだっけ」と独り言をつぶやく。


「んー、まあ仲間っていうか弟子みたいなものだな。ちょっと訳ありでね。コウキのやつがその魔法使いにちょっかい出すのを俺が止めてたんだが、俺らがいなくなった後どうなったかちょっと心配してたんだ。まあ普通に抜けたっていうから、杞憂だったっぽいけどな」

「なるほど。それにしてもシードルさんって優しいんですね。抜けた後のパーティーのことを気にするなんて」


 おそらくはシードルはパーティーを抜けた後も、勇者たちの様子を聞いて回っていたのだろう。

 イースのことを心配して。

 僕のそんな感謝のこもった言葉に、エレンも嬉しそうに賛同する。


「そうなんですよ!シードルさんはとっても優しいんですから。私が抜ける時もこれからのことを心配してついてきてくれたんです。ねっ、シードルさん」

「あぇ!?そ、そんなわけねえだろ。俺も抜けたかったから抜けたんだ。それ以外のなんでもねえよ」

「ふふー、素直じゃないですね。まあそう言うことにしときましょうか。でも――」


 照れるシードルと嬉しそうに話すエレン。

 二人の会話はどこか恋人のようにも見えて、僕たちは居心地が悪くなってそっとその場を離れる。

 そのことにシードルたちは気づくこともなかったようで、二人の会話は洞窟にたどり着くまで続いた。




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