36.顔合わせ
ヴェイペールが全体の動きや悪魔に会ったときの対処方法、その他もろもろの注意事項を説明したのち、臨時パーティー内での自己紹介が始まった。
臨時で組まれたパーティーでは互いの攻撃方法すら知らないために連携が取れない。
それを少しでも緩和するための話し合いだった。
「俺はシードル、こっちはエレンといます。えっと、アリシア様、よろしく、お願いします」
「……よろしくお願いします」
そう言ってアリシャに頭を下げるシードルと、前見た時と同様にフードをかぶっているエレン。
聖人という上位者の前で普段の粗暴な態度をどうにかして押し殺そうとしているようだが、慣れていないのが丸わかりだった。
アリシャもそれが分かったのか、シードルのたどたどしい話し方を聞いてクスッと笑う。
「シードルさん、それにエレンさんも。私のことはアリシア、と呼んでください。その方が話しやすいでしょう?」
「ええっと、わかっ……了承、致しました?」
「ふふっ。その話し方も少しおかしいですね。いつもの通り話していただいて結構ですよ」
「はい。……じゃなくて、おう。俺もこの話し方は疲れると思ってたんだ。ありがとよ、アリシア。様、いや、さん」
さすがに聖人相手に呼び捨てるのは許されなかったのか、エレンに小突かれシードルが敬称を付け足す。
エレンはあきれたようなため息をつくと、アリシャに申し訳なさそうに謝る。
「すいません、シードルさんが。……私もよろしくお願いします。アリシア様」
「アリシア、と」
「そんな!恐れ多いです。聖女様を呼び捨てだなんて……」
そう言って委縮するエレン。
本来の気が小さいのもそうなのかもしれないが、聖人を呼び捨てにするという行為は本人の許可がなければ不敬とされてもおかしくはない。
聖人自体はあまり気にしなくとも、周り、とくに教会の連中が騒ぎ立てるのだ。
そのことを知らないわけでもないだろうが、アリシャは困ったような顔を見せる。
「教会に何か言われたら私の方から注意しますし……。それに今は私は聖人ではなくて一人のパーティーメンバーなのですから」
「うっ、それなら……アリシアさん、と」
「はい!ありがとうございます。エレンさん」
そう言って笑顔を見せるアリシャ。
しかしパーティーメンバーだからという理由付けはうまかった。
というのも冒険者パーティーの間では、リーダーはいるものの明確な上下関係というものがない方がいいからだ。
パーティーは軍隊とは違い少人数で、そして相手にするものも魔物であるために、その場その場の判断が重要視される。
命令に縛られた状態では冒険者なんてやってけないのだ。
(あんなになっていても、聖人としての任務はまじめにこなそうとしているのだな――)
任務より僕だ何だといっていても、聖人としての自覚はちゃんとあったのだと感心する。
しかし間もなく、その感心は呆れと変わる。
アリシャが、振り向き、自慢するようにどや顔をしたからである。
私ちゃんと聖人の仕事もしてえらいでしょと言わんばかりに。
「私、いつもは聖人っぽいことしてるのよ!すごいでしょ?」
いや、言った。
暗に示すどころか声に出して自慢してきた。
ついさっきの慈愛に満ちた表情からのあまりのアリシャの変わり身様に、シードルもぽかんと口を開けて呆けている。
「……ほうら、すぐ化けの皮がはがれた……」
「ん?聞こえないよ、エル!……ねえ、すごいでしょ?」
「はいはい。すごいよ、アリシャは」
ふへへー、と笑いを浮かべながら喜ぶアリシャ。
これのどこが聖人らしいんだったっけという感想が浮かんでくるが、こんなんでも一応は最高位の聖人なのだ。
大丈夫か、神界。
神に対して恐れているのがばからしくなってしまうほどである。
「……あの、アリシアさ――ん?そいつと知り合いなのか?」
「む。そいつじゃないよ、エルだよ」
「ああ、それは知ってるけど……」
「エルはね、私のいちばーん大好きな、とってもとっても大好きな幼馴染なんだよ!」
「お、幼馴染?」
シードルは驚いて僕の方を見る。
聖人とは大抵、人間と比べてとても長生きをしていることでも有名だ。
さすがに聖人と幼馴染といわれたらいつの時代の人だと思うだろう。
寿命を超越している人外と思われてもあれなので、首と手を振ってシードルの疑問を否定する。
「それでね、エルはとっても優しくて、それでとっても勇敢なんだよ!小さい頃も私を――」
「――アリシャ、その話はあとで。ほら、シードルさんも困ってるし、話し合いもしなきゃだし」
「――え?むー。まだ全然言い足りてないのにー」
「あとでいくらでも時間はあるから。ね?」
話が長くなりそうだったので、あととても恥ずかしいことをばらされそうだったので、アリシャの話を切る。
アリシャはうーうー不満げにうなっていたが、さすがに話し合いができないとまずいと言うのはわかっていたのだろう、話を続けるのをあきらめる。
アリシャが落ち着いたところを見計らい、僕はシードルに続けるよう促した。
「……おう、それじゃあ戦闘の仕方だな。と言ってもまあこの班にはアリシアさんがいるから……」
「うん、……はい。魔獣であれば私に任せていただいて結構です」
第二層の魔獣とは異なり、第三層の魔獣は麻痺、毒、状態異常などの特殊攻撃を持たないものが多い。
どういうことかというと、それだけ普通攻撃の威力が強いということだ。
ステータスだけで見るのであれば、第三層の魔獣は第二層のそれよりもはるかに強い。
攻略組がパーティー単位で第三層に入ろうとしないのもそのためだ。
一流の冒険者であっても第三層の魔獣との一対一は避けたいということだが、しかしそれはアリシャには通用しないようだった。
アリシャはさも当然の事実を述べるがごとく続ける。
「ただ魔力量の高い魔獣であれば、最高神様から力を与えられている私には届くべきもありません。ただ、悪魔の場合は別です」
魔獣なんかものともしないぐらいのステータスを誇る聖女であっても、悪魔と対峙するときはそうはいかないとアリシャは言う。
「悪魔、高位悪魔のことですが……私たちの役割は冒険者が発見した悪魔を捕獲、または討伐することになるでしょう。その時はあなた達にも一緒に戦っていただきます」
「俺らが?悪魔ってもさすがにアリシアさんよりも強い奴はいないだろうと思うが……」
「そうですね。魔力量だけであれば、私に勝てる悪魔はそういないでしょう。しかし私は戦闘経験というものがあまりありません。一対一では魔力量がはるかに劣る悪魔にすら、負けてしまうかもしれません」
「なるほどな……」
膨大な力を持つアリシャにとって、同格の存在というものはなかなかいない。
つまり戦ったことがないのだった。
魔獣は簡単に殲滅できるし、他の聖人との訓練試合ですらその圧倒的なステータスで押し切れてしまう。
聖人になる前はただの村人であったアリシャには、戦闘経験というものがおおよそなかったのである。
「って言っても俺は聖人さまの動きについていけるほどではないぞ?俺は基本的に前で守ってることしかできないし……」
「……私も回復の魔法に特化しているのでアリシアさんのお役に立てるかどうか……」
今まで話し合いをシードルに任せていたエレンが、付け足すように言う。
「そこは大丈夫です。悪魔との戦いのとき、私は基本的に魔法に専念します。ですので動かない私を悪魔の攻撃から守っていただければ。エレンさんはシードルさんに治癒魔法を。基本的にはそのように戦いましょう」
「おし、わかったぜ。それなら俺の得意分野だ」
「そうですね。いつもの通りの戦い方です」
シードルとエレンが意気込むのを、僕は他人事のように眺める。
同じパーティーなのに。
「……あの、僕は?」
「エルはどこか安全なところに隠れててね!絶対に出てきちゃダメ。もし悪魔に狙われたとしても、私が守ってあげるから大丈夫だよ!」
「あっ、はい。そうですか」
僕は戦闘に参加せず、アリシャたちの戦いを見ているだけでいいらしい。
本当になんでこのパーティーに入れられたんだろうと考えつつ、少しして話し合いは終わった。




