38.第三層
第三層、「鍾乳洞」
低ランク冒険者は本来はいることすら許されない、迷宮攻略の最前線ともいえる層。
第四層「地底湖」との明確な境界線が存在しないこともあって、3.5層とも呼ばれることがある。
第一層のごつごつした岩肌とは打って変わり、光沢すら見えるような洞窟内を、僕たち捜索隊は進んでいた。
時々遭遇する魔獣は戦闘を歩いている聖人が苦戦することなく倒し、僕たち冒険者は地面に開いている大穴から覗く湖面に足を取られないよう注意して歩いていた。
「……僕って結構海洋恐怖症気味なのかも」
湖面を発見し、その下に得体のしれない魚がうごめいているのを見てぞっとして、独り言をつぶやく。
「海洋恐怖症、ですか?」
「うん。水中に何がいるのかわからないことに対する恐怖、かな。ほら、ここ何がいるかわからないでしょ?下手に足でも突っ込もうものなら……」
おそらくは僕の防御魔法もクロにかけた防御魔法も破られることはないのだろうが、それでも未知の魚に足をついばまれるのはご遠慮願いたいものだ。
そんな僕の怯えの声を聞いたシードルが、わははと豪快に笑う。
「なんだー?エル、水中が怖いのかよ。こんなの第三層にはいくらでもあるんだからよ、いちいち気にしてたら仕方がないぜ」
第三層は高低差が少なく、そのすぐ真下には第四層、地底湖が存在する。
ゆえに第三層内に開いている穴が湖面に直結し、そこから動物や魔獣が出てくることもある。
穴の大きさは数メートルのものから数百メートルの者に至るまでまちまちだが、そんな落とし穴が第三層の地面に多数存在しているのだ。
少しでも足を滑らせようものなら、落下死は免れるだろうが無事では帰れないのはまず間違いない。
たまにある第四層につながる穴に落ちないように気を付けつつ、かつそこから出てくるかもしれない魔獣のことも頭に入れて、そして第三層の強力な魔獣たちと戦う。
第三層の攻略は簡単に言えばそんなところだろうか。
「しっかし聖人ってのは強いんだなあ。俺らが苦戦する魔獣をまるで赤子扱いだ」
そう言ってシードルは、戦闘に目を向ける。
そこではヴェイペールという老聖人とアリシャが、今まさに現れた魔獣を危なげもなく倒していたところだった。
たった二つの魔法で、だ。
「はあ……、すっげえな……。なあエレン、あの魔法なんだかわかるか?」
聖人のある買う魔法を目にしたシードルは感嘆の声を漏らし、エレンに尋ねる。
「少なくとも私の扱う聖術ではないですね。魔術だと思うんだけど……。エルさん、わかりますか?」
「ああ、ええと……」
はて、D級の冒険者が聖人の扱う魔術を知っていてもおかしくないかと考えるが、まあしかし知識は誰だって得られるものではあるし、話してしまってもいいだろう。
僕はこの街に来てちょっとだけ学んだ魔術の分類を思い出しながら、推測を口にする。
「最初に発動した魔術は土魔法ですね。詳しくはわからないけど、土壁かなあ……。でもあそこまでの自由度があるかって言うと……」
初め、魔獣を確認したヴェイペールは洞窟周辺の岩を操作して魔獣に絡ませていた。
土を操作して攻撃、防御を行う土魔法であることはほぼ間違いないのだが、僕の知っている限りだと、土にあそこまでの流動性を持たせつつ魔獣の動きを封じるほどの強度を保たせる魔法は、単純な土魔法の中には存在しない。
となると複合魔法、あるいは一つの魔法ではない、か。
「……土と水の複合魔法かな。土魔法で流動性を与えた岩壁に水魔法を適応させて操作、そののちに瞬時に硬化、とか?硬化は何かなあ……、土魔法とか錬金術とか、そこら辺のような気がしますけどね」
「岩に水魔法をかけることができるんですか!?」
クロが素っ頓狂な声を上げる。
一般的には水魔法は水を操る魔法であり、決して流体を操る魔法と認識されているわけではない。
「私も水魔法で土を操ることができるなんて聞いたこともありませんが……」
「……まあ、複合魔法ってやつですかね」
複合魔法、複数の属性を組み合わせて存在しない属性を操る方法。
しかしその魔法に限っては、正確に言えば複合魔法ではないかもしれない。
というのも土壁の流動性を高め、操作、硬化という一連の魔法の中で新たな属性は一度も登場してないからだ。
ヴェイペールがやったのは新たな土属性または水属性の魔法を作り出したと言ったところだろうか。
もし仮に即興でやったのだとしたら、さすが聖人と言ったところだ。
「じゃあよ、アリシアさんの魔法も複合魔法なのか?すごい威力だったが……」
「あー、あれは魔法というか、ただ単に魔力を放出しただけですね。技術も何にもない、だけど強力な攻撃です」
アリシャは自分は固定砲台となると言っていたがなるほど、あれなら自らの手で制御ができないはずだ。
龍族のブレスに代表される、魔力の直接放出。
おそらくは緻密な魔力の制御ができないためにそのような攻撃スタイルになったのだろうが、それでも悪魔を圧倒するその魔力量には脱帽せざるを得ない。
「魔力放出はとても効率が悪いと聞いていますので……」
「ええ、ものすごい魔力ですね。……人間では考えられないほどの」
隣でクロが、お前がそれを言うかというような目で見ているのを感じたが、しかしそれは見当違いのことだ。
僕が魔法をホイホイと使えるのは特殊魔法で魔力を生成、増幅しているからに他ならない。
仮に自らの持つ魔力だけで戦ってみろと言われたら、それこそすぐにクロの隷属化の時に起こったような魔力欠乏に陥ってしまうに違いない。
僕自身が持つ魔力量はそれほど多くないし、体だって脆弱なのだ。
「聖人様がいりゃ、今回の攻略も簡単かもな。さっ、行くぞ」
「そうなればいいですけど……」
この迷宮にいる最強の悪魔は王級。
おそらくは三層にはいないとは思うが、もし仮に遭遇してしまった場合あの二人だけで勝てるものなのか。
「……僕も戦わなきゃかなあ……」
ため息交じりにそう呟き、僕は冒険者たちの列に混ざって歩き出した。




