33.再開
「治癒」
光り輝く魔法陣が現れて、魔獣の爪でえぐられた傷が回復していく。
ついでにもともとあった肝臓の病気とこびりついていた汚れも。
「おぉ……。傷が!それに体が軽い!」
「ええ、すべてを治しましたから。後遺症とかも、多分残らないはずです」
「あ、ありがとうございます!アリシア様!」
座っていた椅子から思わずといった様子で立ち上がって歓喜する冒険者。
たかが死なない程度の傷が治った程度で大げさだとは思うが、これが単に傷が治ったことに対してではなく、奇跡に対する感情なのだとするならば理解はできる。
アリシアの魔法は、そう、奇跡と呼ぶのにふさわしいほどに精錬されたものであったのだ。
「ほ、本当にありがとうございます。あっ、それじゃあ俺はこれで……」
挙動不審に部屋を出ようとする冒険者。
アリシアももう要はなかったので別にそのまま出て行ってもらって構わなかったのだが、ふと気づき、そして冒険者を呼び止めた。
「少しいいですか?」
「えっ?あっ、は、はい!」
「いえ、大したことではないのですが……。冒険者っていうのは普通、いつぐらいまで活動しているものなんですか?そろそろ日も落ちてくるころ合いかと思いまして……」
時間を量るものなどここにはないが、アリシアはここで結構な時間冒険者に治癒魔法をかけていた。
そろそろ魔力も厳しくなってきた頃合いなので、冒険者たちが少なくなるのならここで帰ろうかと考えたのだ。
「そうですね……、もう夜になるってんなら今から迷宮に来る冒険者も少ないはずです。俺の後ろにも一人しかいませんでしたし」
「なるほど……、ありがとうございます、助かりました」
「いっ、いや。これぐらのこと、感謝されるようなことでもないですよ」
顔を赤らめ、「それじゃあ」と頭をぺこぺこ下げながら部屋から出ていく冒険者。
アリシアは冒険者を適当に見送ると、ため息をついた。
「……もう終わりにしてもよさそうかな。明日のこともあるし……」
外に聞こえないようにそう呟いていると、失礼します、という声とともに若い冒険者が部屋にはいってきた。
今日最後になるであろう患者である。
入ってきた冒険者は今まで見てきた中では最も若く、そして体つきも、なんというか、冒険者らしくないという感想が出るほどだったが、しかし装備は駆け出しのそれではなかった。
冒険者の体には浅い傷がいくつかと、とても見える傷と釣り合わないような、大きな血の跡が広がっていた。
「……その血の跡は?」
「ああ、これは、ですね」
血痕をまじまじと見つつアリシアが尋ねると、冒険者が妙に頭に残る声で気まずそうに答える。
「これは魔獣のもので、まあ返り血なんですけどね。……表の神官が、これを見て僕が大けがしてると勘違いしてここに連れてきたんですよ」
「ああ……それはすいません、うちの神官の早とちりですね」
言いながらあの失言をした若い神官の顔をおぼろげに思い浮かべる。
あの少し注意力にかける神官ならやりかねないことだ、と。
「そのお詫び、と言っても少し変ですが、少し特別な魔法を使いましょうか?傷や汚れのみならず健康状態も回復する魔法を」
「いいんですか!?そんな貴重な魔法を……」
「構いませんよ。お詫びもかねて、ですから。それでは――」
ふと、アリシアは顔を上げ冒険者の顔を初めて真正面から見て、そして息をのんだ。
言葉を繋げられないような衝撃が、アリシアを襲ったからだ。
黒髪黒目という、ここ王国ではあまり珍しくもない、しかしアリシアの生まれた地方では存在するはずもなかった珍しい風貌。
どこか優し気な、幼少期には頼りになるという雰囲気を感じさせた柔らかい顔つき。
そして記憶の奥底から響いてくるような、そんな懐かしい声。
――小さいころ一緒に暮らしていた彼の、成長した姿がそこにはあった。
「……まさか、そんなはずは……、でも……」
「……?いったいどうしたんですか?」
冒険者――彼が突然黙り込んだアリシアに不審そうな声を上げ、顔を上げ、そしてアリシア同様に息をのむ。
アリシアには、彼が自身同様に気づき、それでも信じられないと思っているのだと、手に取るように分かった。
聖人になってからずっとアリシアの身を支配してきた彼の思考。
分からないはずがないと、アリシアはそう思う。
きっと彼はアリシアのことを知っていて、そしてアリシアも彼のことを知っている。
「――あぁ……」
聖人として主であるエレーナに仕えようとする忠誠心も、復讐者として人間たちを憎む気持ちも、そのすべてが今、彼に対する感情で押しつぶされた。
喜びか、敬愛か、はたまた恋慕か。
そのすべてが混ざり合った、名を付けられない感情に突き動かされ、アリシア―アリシャは口を開き――
「――エル、なの」
その名を、声に出した。




