27.教会の前の騒ぎ
帰り道、町の中心部に通じる大通りを戻っているとどこからか騒がしい人の声が聞こえてきた。
一人のではなく何人かのでもなく、祭りの際の喧騒のような声の塊が。
「……何かあったのかな?」
注意して聞いてみると、どうやら凄惨な事件が起こったとかそういうたぐいのものではなく、興奮した人々の声。
「そうかもしれないですね。こっちの通りに人も少ないような気がしますし」
「ちょっと行ってみようか。……このタイミングっていうのも気になるし」
「はい!私も、少し気になります」
冒険者組合の間で秘密にされているとはいえ悪魔の危険が高まっている中でのこの騒ぎ。
悪魔騒ぎに関連のあることの可能性が高い。
もしかしたら対策として、だいぶ前にこの街を去ったという勇者を呼び戻したのかもしれない。
勇者といえば神に選ばれた人類の救世主。
民衆からの支持も厚くて熱心なファンもたくさんいるので、もし勇者が現れたのならこんな騒ぎになってもおかしくない。
「こっちって何があったっけ……」
そんなことを呟きながら、横道にはずれて隣の路地に出る。
すると一つの建物に人が押しかけているのが見えた。
その建物というのが、
「教会ですね」
「そうだね……」
この世界では、大きな街から集落まで、ほぼすべての都市に必ず一つは教会が存在しなければいけない決まりになっている。
それだけこの世界は教会にあふれており、周辺国と比べて教団の影響が少ない帝国においても国の首都などの主要都市には複数の教会があることも珍しくない。
ここラビルも例外ではなく複数の教会が存在し、今群衆が集まっている場所はそれらをまとめる、この都市一番の教会ということになっている。
「そういえばこっちの通りって教会があったんだっけ……」
病的なまでに完璧な白塗に堂々とそびえたつアーチ屋根。
巨大な建築物が多いこの都市でもひときわ目立つ教会を忘れていたのは、単に興味がなかっただけということだろう。
「教会ってことは、神様関連の何かか?」
「どうでしょう。神様が下界にいらっしゃるときは教会からと聞きますけど……」
よもや神が来たんじゃあるまいな。
一瞬よぎった不安な気持ちを振り払うように、僕は騒ぎの元凶を確かめようと群衆に近づいていく。
すると、その中に一つ、見知った顔があった。
いや、見知った顔というよりかはこちらが一方的に知っているだけだろうが。
「……シードル、さんか」
「?知り合いですか?」
「いや、そういうわけでもないんだけど。彼は有名人だからね。一方的に知ってるだけ」
勇者パーティーに在籍していたこともあり、S級の中でも頭一つとびぬけた実力を持つ彼は、この街でももちろん名の知られた冒険者だ。
まあ彼は今回の騒ぎには関係なく、ただ見に来ただけなのだろうが。
シードルは群衆から少し離れたところで、フードをかぶった怪しい人物と何かを話している。
他の人々とは違って群衆に交じっていかない辺り、さすが一流の冒険者というところか。
「それにしても、隣の。エレンだよなあ」
同じく勇者パーティーに所属していたエルフのヒーラー。
ギルドマスターの部屋でもシードルと一緒にいたが、なぜあんなフードをかぶっているのだろうか。
「まあ有名人、いろいろあるんだろうけど……」
そんなことを考えながら二人を見ていると、その視線に気づかれたのだろうか。
シードルが振り向き、訝し気に僕を見た。
「なんだ、こっちをじろじろと見て。……ん?お前確か……」
どこかで見たことがあるなと、シードルが首をかしげる。
まさか覚えているとは思わなかったが、ここで否定するのもおかしいことだ。
仕方なくシードルへ歩み寄り、頭を下げる。
「すいません。前ギルドマスターの部屋であったような気がしたので……」
「ああ、あの時のか。お前も災難だったな。悪魔なんかに遭遇して」
「まあ遠くから見ただけですし。見つかってたら命はなかったでしょうけどね」
フードをかぶったエレンは、一言もしゃべらずこちらから顔を背けている。
その様子に違和感を感じてエレンを見ると、シードルが興味をそらすかのように話しかけてきた。
「お前もこの騒ぎを聞いて来たのか?まったく、すごい人だよな。まあそれも仕方ないっちゃ仕方ないんだが」
「……何があったのか、知ってるんですか?」
「あ?お前冒険者なんだろ?……ああ今日はギルドに行ってないのか」
シードルが僕の持っている荷物を見て納得する。
しかしギルド関連ということは、思った通り悪魔の件についてなのだろうか。
「お前も悪魔の事件で調査をすることになったのは知ってるだろ?ただ俺らだけじゃ、さすがに下層の探索は難しいから、ギルドから教会に応援を頼んだらしいんだよ」
「それは……天使とかですか?」
天界に住まう神人たちの中で、戦闘能力に優れた者たち。
教会に頼ったということは神様の戦力を借りたのかと思ったが、シードルは僕の言葉に首を振った。
「いや、そうじゃねえ。というか、神の命令以外で天使が動くことなんてそうそうないだろ。今回教会が送ってきたのは『聖人』らしい」
「聖人……」
「ああそうだ。それも今回は聖女もいるらしくてな。それでこの人だ」
「なるほど…。聖女だから、ですか」
聖人。
それは国に属する勇者とは違い、教会に属する超越者たちのことを指す。
異界の神に力を与えられて超越者となった勇者に対して、聖人たちはこの世界の神々の眷属となることで力を手に入れているために、人類に対して協力的なことが多く、勇者並みに人気のある聖人もいたりする。
今回もそれに漏れず、また聖人には容姿の優れている者が多い傾向にあることからも、教会に聖女が現れると聞いて人が集まったのだろう。
アイドルが突然街に表れたら騒ぎになるのと同じようなものか。
「まあ、こっちとしては聖人達の参加はありがたいんだけどな。神様と違って気を使う必要もないし、天使どもと違って面倒くさくもないし。……それに、今回来る聖女なんだが、最高神の眷属らしくってな。これは期待できるぞ」
聖人の強さは主人となった神の格で決まる。
最高神は下界に降りてくることがほとんどないので、必然的に眷属を作ることもない。
ゆえに最高神の眷属は極めて少なく、ということは今回来てくれる聖女というのはトップクラスの聖人ということになる。
戦力の足りない冒険者にとっては力強い味方だろう。
「しかし、そこまでしなければいけない事件なんですか?悪魔がいるか確かめるだけでしょう」
「その『だけ』が難しいんだろ。お前が思うより大事だぞ、これは。実際ギルドでも大変な騒ぎに……ってお前はギルドにまだ行ってないんだったな」
呆れたように言うシードル。
僕の楽観的な考え方は、こんなところでも発揮されてしまったということだろう。
「お前、早くギルドに行った方がいいぞ。もしかしたらお前も参加することになってるかもしれないし、情報は早く手に入れておいた方がいい」
「そうかもしれませんが、でも重要な調査だったらまだランクの低い僕なんかが入ってるわけはありませんよ。たぶん」
僕のランクは、この前から一つ上がったとはいえE。
まだ新人の域を出ない程度のランクであり、さすがに神様が来るか否かという重要な案件にまで駆り出されたりはしないだろう。
ルネさんが知っているレベルのこともあって、多少の不安は残るが。
「そうかあ?あんなところにソロで行けるなら、三層の調査ぐらいはできそうな気もするが……。お、どうやら出てきたみたいだぜ」
ざわっ、と。
群衆から一瞬のざわめきが発生し、雰囲気が変わる。
そして少しの静寂を経て、聖人たちが出てきたのであろうか、歓喜の声が、悲鳴が、そして彼女らを呼ぶ声が爆発した。
それはこの世界に来て今まで聞いたことのないような大歓声で、前世でみた野球場の声援、またはライブの登場シーンの叫び声を彷彿をさせるような、興奮状態の、言い換えれば感情が振り切れてしまっている人間の集まりを思わせるような。
そのことに僕は少し違和感を覚える。
「……けどまあ、それほど聖人とやらが人気ってことか」
確認したわけではないが、この世界にはアイドルなどという職種は存在していない。
ゆえに聖人がその立ち位置にいると考えれば、このうるささも納得ができるのだろうか。
少しやりすぎのような気もするが。
「それじゃあシードルさん、ありがとうございました。一応ギルドの方には行ってみますね」
「おお。ってお前は見に行かなくていいのか?そのために来たんだろ?」
「いえ。僕はこの騒ぎが何か確かめに来ただけですから」
この世界の人間ではない僕にとって、聖人なんてものはどうでもいい。
まあ少し見てみたい野次馬心はあるものの、さすがにあの熱狂した群衆の中に入っていくほどのものではない。
「……っ!」
シードルのついでに僕は、ついに口を開くことのなかったエレンに向かっても会釈する。
僕に一度も顔を見せてすらいなかったとはいえ、ずっとシードルのそばに立っていたので一応といった行為だったが、予想外だったのかフードの下から動揺が見て取れた。
「……じゃあな。また」
シードルがそう言って、エレンを連れて去っていく。
一連の態度から見ても、どうやらシードルはエレンのことについては触れてほしくはないらしい。
まあなにか事情もあるのだろう、深くは突っ込まないようにしておく。
それに口を開かなかったのは、今僕の隣にいるクロもそうだし。
「いこっか、クロ」
「え、あ!はい」
僕たちもここにはもう用がない。
群衆の声を背に、僕たちは教会から離れていく。
「それにしても、クロはずいぶんおとなしかったね」
「それはまあ、私は奴隷ですから。ご主人様が話している間に口をはさむなんて、そんなことできませんし……それに!相手はあのシードルさんなんですよ!シードルさんと言ったら王国でも有数の、S級冒険者。一部では、超越者に最も近い男とまで言われているんですよ?あんな気軽に話せるご主人様の方がおかしいですよ!」
興奮気味で話すクロ。
シードルがいかに雲の上の存在かを語る言葉だったが、しかしそんなに彼は強かっただろうか。
勇者パーティーとして洞窟に乗り込んできたときの力で見ると、龍神を倒した日の夜に感じた神の魔力はおろか、あの中の、おそらく天使たちのいくつかにも劣っていたような。
まあほかのの人間たちと比べると実力があるのは確実なので、神と人との戦力の差が思っていたよりも開いていただけか。
「それより……。本当に帰っていいんですか?聖人ですよ?」
クロが後ろを気にしながら、そんなことを問いかけてくる。
クロも大多数のこの世界の人間の例にもれなく、聖人という存在には興味を抱いているらしい。
「まあ、僕は興味はないし……、もしかして見たかった?」
「い、いえ!それ程ではありませんから。単に不思議に思っただけです」
「ああ、そう」
とは言いつつも、やはり気になってはいるのだろう。
まあただ、あの群衆の中に戻る気はないから、クロには諦めてもらうほかないけど。
しかし、そこまで念を押されると、逆に気になってしまうものである。
「聖人ねえ……」
向こうに察知されてはまずいだろうから当然探知などといった魔法は使用していないために、彼らの実力はわからないが――
ふと、気になって後ろを振り向いてみた。
もちろん戻ってみようと思ったわけでもないし、当然群衆がいるために何かが見えるはずもない。
しかし。
諦めて身を返そうと思ったその時、偶然にも群衆に隙間ができて、そしてすぐにうまる。
ほんのわずかな時間、そして隙間。
普段ならおそらく、というか絶対といっていいほど記憶にも残らないようなことだっただろう。
しかし僕の目にははっきりと、なぜだか妙にはっきりと、それが見えいて、そして記憶に刻み込まれていた。
明るい、金色の長い髪が。




