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26.買い物

 

「……シミが目立つ」


 その夜。

 ベッドの上に横になり、天井を眺めてそんなことを呟く。

 この宿はかなりの年季があるらしく、何度か張替えのされたであろうその天井にもいくつかの汚れがついているのがはっきりと見える。

 あんなところにどうやって汚れを付けたのか気になるところではあったが、しかし僕の関心はそんなところにはなかった。

 というのは


「ああは言ったものの、やっぱり不安だなあ」


 そう、ギルドで聞いた話のこと、つまりは悪魔関連の問題のことについてだ。

 何とかなるとは言ったはいいもののやはり考えてしまうわけで、そうすると不安ばかりがどんどんと増していくのだ。

 神様が来たらどうやってごまかそうか、調査が進んでアースドラゴンを倒した犯人探しが始まったらどうしようか、そう言った考えが頭の中をぐるぐると回る。


「悪魔を一掃してきちゃおうかしら……」


 これも能力に物を言わせた強引な手段。

 あまりするべきではない方法だが、考えてみれば有効な気もする。

 悪魔がいなくなればとりあえず神様が来ることはないわけだし、真相も闇の中に葬れる。

 運が良ければ悪魔たちが撤退したととらえてくれるかもしれない。


「ただ、問題はそこまでする前に神が来ちゃうってことなんだよなあ」


 迷宮内は広大だ。

 どこに隠れているのかもわからない悪魔を探し出すのにはかなりの時間がいるだろう。

 それに一層二層だけでの話ではなく、三層や更にその下までも情報が出ているわけで、下層にはとても日帰りだけではいけないだろう。

 あまり長い時間不在になっていたら怪しまれるであろうことも考えると、あらゆる場所を探しつくすのは現実的ではないような気もするが……。


「遠征なら、あるいは。あれなら長い時間潜っていても不自然ではないような」


 二層より下、主に下層と呼ばれる場所を主な活動場所としている冒険者は、何日か時間をかけて迷宮へと潜る。

 そのことを冒険者、主に下層へ行けない駆け出し、中堅の冒険者たちは自らの活動と区別するように「遠征」と呼ぶことがあるのだ。

 ただ単純に攻略組が四層より下、つまりは地上からかなり離れた場所へ行くことを指す場合もあるが。

 ともかく、遠征をしているという体にすれば、一週間近くの不在をごまかすこともできる。


「一週間足らずもあれば、大体全層、最低上層部だけでも終わるか……?」


 二層をサーチしていた時に、一部分ではあるが層の概要が見えた。

 あれから推測される層の大きさが二層以降のほかの層にも適応される場合、七層あたりまではいけるような気がする。

 現在攻略されているのが四層まで、存在が認められているのが六層までなので、一週間もあれば人類が到達できる最下層までの悪魔はすべて消し去ることができる計算だ。

 それならばまあ、迷宮内の悪魔を一掃したといっても差し支えないろう。


「……やるか?でもなあ……」


 遠征をおこなうのであれば、少なくとも今までとは違い情報の収集から始めなければいけない。

 いくら魔獣の脅威がないからといって、見慣れぬ土地で探し物をするのは少しやりにくいだろうし、攻略組やほかの冒険者などの動向も気にしなければならない。

 食料の準備はした方がいいだろう。

 後は理由付けとそれっぽい装備の購入とか、やらなければならないことはたくさんある。


「めんど……」


 しなければいけないことをぱっと考えただけで、すぐにやる気がなくなった。

 果たして神が来るのを恐れる必要があるのか、という疑問まで噴出してきた。


「……寝るか」


 結局答えは出ないまま。

 僕は目を閉じ、眠りにつくのだった。





 迷宮都市ラビルは、王国にある同規模の都市と比べてみても比較的商業の盛んな場所である。

 迷宮からとれる貴重な薬草や魔獣の素材、あるいは芸術品としても需要のある遺跡内の遺物などここでしか取れない品を扱うことが多く、なおかつ金払いのいい客、冒険者が多く存在するからである。

 その為王国に名だたる大商会の商館が集まっており、特に冒険者に需要の高い奴隷や武具類、ポーションや魔道具などを扱う店は街内にいくつもある。

 そんな商館が立ち並ぶ町の中心区、から少し外れた通りに、僕たちは来ていた。


「……と、やってきたわけですが」

「誰に言っているんですか?」


 クロが不思議そうに首をかしげる。


「今日はクロの防具とか買おうと思ってね。ついでに必需品も」

「え!?私のですか?……私、戦ったことがないんですが」

「戦ってもらうわけじゃないよ。ただ防具もなしに迷宮へ行くのは不自然かなと」


 大きな商館が立ち並ぶ通りから少し外れたここには、食料品や生活必需品、防具武具ポーション、魔道具などを扱っている市場がある。

 商館で買うものよりも粗雑だが、安いうえに必需品がすべてそろうため冒険者たちが多く利用する場所だ。

 僕もルネさんに教えてもらってここを知ったのだが、魔法使いっぽいローブを買って以来何度か利用させてもらっている。


「今日はここで買い物ですか?」

「うん。時間があったら迷宮にもいこうと思ったんだけれど、この時間じゃ無理、かな?」


 本当は朝早くから行こうと思ってたのだが、あいにく今日は寝坊してしまった。

 このままだったら今日は買い物をするだけで終わってしまうだろう。


 昼下がり、雑音と人の声が飛び交う中、僕とクロは市場を歩いていく。

 少し行って、小さな店の前で足を止める。


「ここだ。ここでクロの防具なんかもいっしょに買っちゃおうか」

「……ここ、ですか?」


 クロが若干怯えた声を出す。

 それもそのはず、目の前の店はまるで魔女の家のような、怪しげな外見をしていたからだ。

 魔法使いっぽいローブを買うには最適だったのだが、いけなかっただろうか。


「まあいいのが見つからなかったらほかに行こうか。僕もここで買いたいものがあるし」

「いや、そんな。決して嫌なわけでは!」

「まあ好き嫌いじゃなくて、性能で見てほしいんだけど……」


 そんなことを話しながら、僕たちは店の中に入る。

 中は思った通り、じめじめとした陰鬱な空間。

 所狭しと置かれた棚の上には、ローブや革装備などといった防具がたくさん並べられていた。


「すいませーん、誰かいますか?」


 問いかけには誰も答えなかったが、店の奥から店員が出てきてカウンターにどさりと座る。

 僕たちを一瞥しただけで、そのあとは何か自分の作業を始めた。

 こちらには少しの興味も示しておらず、普通の店であるような接客はされないようだ。

 まあ前来た時もそんな感じだったかと思う。


「クロも何かよさげなの……あ、自分で探せる?」

「えっと、そういうの全く分からないので、できればご主人様に……」


 クロに気に入ったものを探してもらおうと思ったのだが、確かに戦闘経験のないクロに選ばさせるのは適切でない、か。

 もちろん防具なんて使わせる気もないのだけれど。


「オッケー、わかった。じゃあ先に探しちゃおっか」

「おっけー……?」

「わかったってこと。革装備はこっち、かな?」


 聞き覚えのない言語に首をかしげるクロを傍に、僕は比較的軽装の部類に入る防具が並べられている棚に向かう。

 棚には茶色の味気ない防具がいくつか並べられている。


「まあそんなに種類ないか。動きを阻害しないぐらいのやつがいいから……」

「……わ。結構軽装……」


 どんなものがいいかと腕を組みながら考えていると、クロが横に寄ってきてそう呟く。

 ほんの、つい口に出てしまったという程度の声。


「革の装備は嫌?」

「い、いえ!そんなわけではないんですが……。防具とかって言うと、こういうのじゃないんですか?」


 そう言ってクロは後ろの棚を指す。

 そこには金属のプレートで作られた防具が並べられていた。


「ああ、鉄装備。まあこういうのでもいいんだけどね。でも動きにくくなっちゃうし、クロぐらいの体格だったら鉄装備はあまりよくないというか……」

「というと?」

「ほら、鉄で守られていても万能ってわけじゃないからさ。特に攻撃されたら衝撃はフルで伝わってくる。それに耐えられる自信はある?」

「それは、確かにそうですね」


 クロはまだ子供で、体格もいい方ではない。

 獣人だから僕たち人間と簡単には比べられるわけではないが、おそらく筋力だって大したものではないだろう。

 そんなクロが例えばフルプレートに身を包んでも、確かに刃物などによる切りつけはある程度防げるだろうが、打撃攻撃、あるいは魔獣による爪や牙なんかの攻撃のダメージは追ってしまうだろう。

 革の装備でもある程度いい物であれば刃を止められるし、そもそもクロは鉄装備を身にまとう戦闘スタイルでもないだろう。


「まあそれにクロを前で戦わせるつもりもないから。もしもの時用に買うだけ」

「戦わ、なくてもいいんですか?」

「僕の魔法、見たでしょ?クロの助けはいらないっていうか、邪魔になるっていうか……。そもそも戦うつもりだったの?」


 荷物持ちって言う名目で雇ったんだけどな、とクロに確認すると、クロはこくりと首を前に振る。


「荷物持ちとは聞いてましたが、戦うこともするのかと。私も食事をもらっているわけですから、その分魔獣を狩らないと……。それにそうでもしないと、私を買ってくださった意味もないじゃないですか」

「まあ戦闘訓練は少ししてもいいけど……、まあ僕が二人分の魔獣を狩るから、カモフラージュにクロが雇われた、ってことなんだよ」

「そうだったんですか……」


 どこか不満げなクロ。

 大したことをしないで飯にありつけるのが気になるのだろうが、今のところクロに何もしてもらう予定はない。


 その後は少し質のいい革装備一式と、新しいローブを買って店を出た。

 やっぱりローブは黒が一番だ。


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