24.災害
案内されたのは、今まで行ったこともないギルドの奥。
僕は、これもまたギルドにあるとは思えない絢爛な扉の前に立っていた。
「この中ですが、……くれぐれも失礼のないように」
「……いったい何が中にいるんですか?」
「入ればわかります、それでは」
言葉をはぐらかしたルネさんは、扉を四度叩く。
すると、ぎい、と木のきしむ音が聞こえ、中が見えない程度に扉が開いた。
「……なんだ。今は忙しいのはわかるだろ」
中から重く低い声が聞こえてくる。
長い間戦士としてきたような、迫力を感じさせる声だ。
「その件に関してです。……原因を見た、という冒険者がいました」
「な!それは本当か?……わかった、入れさせろ」
「わかりました。……エルさん、どうぞ」
少し考えていた様子だったが、許可を得られたのだろう、ルネさんに入出を促される。
言われるがままに部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋の中には何人かの冒険者と、そして扉を開けたのであろう熟年の男がいた。
冒険者――とはいってもロビーにいた駆け出しの貧相な装備とは違い、数々の魔道具を身にまとった――たちの視線が、僕に集まる。
迫力が、あるいは物理的な何かが込められているのかと感じるような力が僕に降り注いできた。
いや、視線だけで影響を与えることのできる魔道具を装備していた人もいたのだが、もちろん僕には影響がない。
ふと、その中の冒険者のうちの一人と目が合う。
まあ全員がこちらを見ていたのだから、僕がその冒険者の方を見たという方が正しいかもしれないが。
「……ん?」
見た顔だった。
洞窟に住んでいた時、僕の住処に攻め込んできた勇者パーティーの一員。
相変わらずの鎧姿で器用に椅子に座っていたのは、シードルだった。
よく見てみると、隣に座っている全身を覆うフード付きケープをかぶっているのはエレンか。
顔は隠れていて、特徴である長い耳が見えていないので確証は持てないが。
「――それじゃあ悪いが、いくつかの質問に答えてくれないかな」
扉を開けたであろう熟年の男が正面にあった机に戻ると、そう僕に話しかける。
僕が新人だからか、それとも単に場所がないからなのか、立たされたままなのかと少し思う。
が口には出さずに素直に頷いた。
「君はアースドラゴンが倒された原因を見たということだったが、それは本当なのか?」
「本当かどうかはわかりませんが、僕が見たのは針森に向かう悪魔です。遠目でしたがその強さは本物でした。アースドラゴンと同等以上には」
「……君はアースドラゴンを見たことがあるのか?」
「はい。戦ったことはありませんが」
「それはそうだろうよ。アースドラゴンと戦うのなんて、パーティーであってもそう簡単ではない。単独でなんて、ここにいる誰でも難しいだろう」
そうだろうか。
何人かはアースドラゴンと同じぐらいの強さを持っているようにも見えるが。
「見た時間は?」
「正確にはわかりませんが、昼になるぐらいだと思います。エリアは『凍泉』。針森近くの場所です」
「なるほど、報告にあった戦闘も、大体はそれぐらいか……」
「あ、えっと。そういえば悪魔が、魔獣に向かって魔法を撃っているのを見ました。アースドラゴンの死因ともしかしたら一致するかも」
そこまで言ったところで机の角にいた男がずいっと身を乗り出してきた。
金色の装飾が施された漆黒のローブをまとい、子供の身長ほどもある杖を立てかけている、魔法使い風の男だ。
「それは本当か?悪魔は、どんな魔法を使っていた?」
「えーっと、属性まではわかりませんでしたが、何か光弾を生み出していましたね。ものすごい威力で、地面がえぐれていましたよ」
「光弾……。我々が見たのと同じだ。我々も針森の外から見ていたのだが、アースドラゴンを倒した魔法は光弾だった。……ギルドマスター、もうこれは……」
「そうだな……」
僕の発言が信じられたようで、ギルドマスターが考え込むそぶりを見せる。
「そうか、悪魔か……。目的は不明だが、少なくともアースドラゴンを倒せるほどの悪魔がまだ迷宮の中にいるというわけか」
「ここ最近、悪魔の目撃情報が増えている。今回のもその類だろう」
魔法使いの言葉に、その向かいにいたシードルが口を開く。
「俺はこの件についてよく知らないんだけどよ、ギルドマスター。そいつら全部、同じやつだって可能性はないのか?」
確かに考えられる可能性だ。
しかしギルドマスタ―はゆっくりと首を振る。
「それはないだろう。報告にある風貌からして、悪魔が複数いることは確実だ」
「それに私たちが討伐しても、目撃情報減らなかったしねー」
およそ少女と言っても年齢に見える、軽装のハンターが口を挟む。
幼そうに見えてもさすが攻略組というべきか、悪魔を倒すほどの実力があるらしい。
「悪魔たちも目的があるみたいだったけどねー。もしかしたら徒党を組んでいる可能性もあるよね」
「野良でない、統率された悪魔。しかもその中にはアースドラゴンを倒すだけの力を持った者もいる。……さらには悪魔の上位個体もいるかもしれない」
「上位個体は基本的に戦うことをしない。いるとすれば、ドラゴンを倒した悪魔よりも強い、ということになるな」
シードルが重々しく言う。
実際考えられる事態は、割と深刻だった。
「少なくとも伯爵級、以上か?」
「アースドラゴンを倒せるということは少なくともA級はあるはずだし、男爵級、子爵級が妥当だろうな。それを従えるとなると、その程度はあってもおかしくはないんじゃねえか?」
悪魔の上位個体には爵位がつけられている。
その中での伯爵は中間位。
しかし侯爵位の悪魔などは魔界から出ることがないために、実質上人間界で見れる最強の悪魔ということにもなる。
「……倒せそうか?」
「子爵位ぐらいなら可能性は。ただ伯爵位がいるとすれば無理だな。伯爵位以上の悪魔は、格が違う」
シードルがそう返す。
人類の最強たるS級冒険者がそう言うのであれば、もはや勝てるのは勇者ぐらいなものだろう。
あいにく勇者はこの街を発ったばかりであるので、そうするとこの街には伯爵位の悪魔に対抗できる人間はいないということになる。
「お前らも同じ意見なのか?」
「当たり前だねー。正直言ってシードルさんがそう言うなら不可能なんだよ。これはもう、『災害』扱いでいーんじゃない?そもそも悪魔って、私たちの管轄じゃーないし」
少女から発された気軽な言葉に、部屋の空気が固まる。
歴戦の冒険者たちからしても躊躇される何かが、そこに含まれていたのだ。
それはというと。
「……呼ぶのか?この街に、神様を」
この魔獣が跋扈する世界において、脆弱な人間種では対処できない危機はたくさん存在する。
伝説に語られるような魔獣たち、神獣に亜神、そして高位悪魔。
それらの襲来、人間ではどうしようもできない厄災が襲い掛かってきたとき、人々はそれらを『災害』と呼び、神様に助けを求める。
この世界の護り手である、神に。
最も亜神や神獣に関しては、神様が敵対視している存在でもあるが。
「……それしかないんじゃない?私はいやだけど」
「私もだ。だからためらっているんじゃないか」
冒険者たちも同意の声を上げる。
悪魔たちの危機があるとはいえ、それとまた同時に神を呼ぶときにも危険があるのだ。
もし神が機嫌を損ねるようなことがあったら?
もし報告が誤りで、雑魚の悪魔が一体いるぐらいだったら?
神にもよるだろうが、もしかしたら悪魔がもたらすであろう者よりももっと大きな被害が、この街に降り注ぐかもしれない。
神は厄災から人類を守ってくれる存在であると同時に、機嫌ひとつで大量の命を消しとばす存在でもあるのだ。
神は気まぐれ、そんな言葉がぴったり合うのだろうか。
停滞した空気を破ったのは、さすがというべきか、ギルドマスターだった。
「とはいっても神様に頼るしか手はないからな。もう少し証拠が集まって、悪魔たちが徒党を組んでいることがはっきりしたのなら災害申請をすることにしよう」
「まあそれが妥当か。……しばらく我々は調査に当たった方がいいかな?」
「そうしてくれ、頼む。……ああ、そういえば君。もう帰っていいぞ」
不意にギルドマスターが、こっちに気づいたかのように僕に話しかけてきた。
やっぱり忘れられていたのか。
ずっと立ちっぱなしだったからおかしいなとは思っていたんだけど。
「そうですか。それでは失礼しますね」
少しむっとしたものの顔には出さず、会釈をして部屋を出る。
むこうは僕のことなんて気にしてなかったようで、返事も何も、返っては来なかったが。
「……面倒なことになったなあ」
議論はまだ続いているようで、扉の奥からは声が聞こえてくる。
これからどうしようかを考えつつ、僕は声を背にしてロビーへと戻っていった。




