21.クロの初陣
……なぜかその言葉を真正面から受け止めることができなくて、僕はクロから顔をそらしてしまう。
そしてごまかすように、僕は口を開いた。
「……それじゃ、クロ。さっきも言ったけど朝食に行こうか」
「……もう一度聞きますが、ご主人様と一緒のご飯を食べてもいいんですか?」
「それはさっきも言ったでしょ。僕はなるべく対等に扱うつもりだって」
「……ありがとうございます!それじゃ、早速行きましょう!」
よほどうれしかったのか、尻尾をパタパタと振って元気に答えるクロ。
もはや最初に見た生気のないクロの姿が、そこからは想像できないくらいの元気さだ。
元々これが、彼女の素なのかもしれない。
「あっと、ちょっと待って。ベッドを直しておかなきゃ」
忘れてたが、このままだとこの部屋で暮らすことができない。
家具を元道理にしておかなきゃと、ベッドに向き直る。
「あー、『錬金』」
淡い光とともに、ベッドが変形していくつかの家具に変質する。
椅子と、机と、ランプと、……あと何だっけ。
「……昨日も思いましたが、それ、何なんですか?」
「まあ、あとで話すよ。あ、このことは誰にも話さないでね」
もうクロには隠す必要もないので、魔法陣も作らずにバリバリ特殊魔法を使っている。
今は話してしまおうと思ったが、とても信じられることでもないだろう。
今日迷宮に行って、実演を見せてからの方が納得できるというものだ。
「んー。ま、これでいっか」
「……」
家具がいくつかなくなっているような気もするが、まあ別にいいだろう。
気にするほどのことではない。
「それじゃ、いこっか」
「……あ、はい!」
少し呆けていたクロのようだが、僕の言葉に我を思い返したのだろう。
一瞬はっとしたかと思うと、すぐに僕の後についてきた。
朝食を済ませた後クロの服なんかを買いに行って。
僕たちは迷宮の中の、二層の村に来ていた。
ちなみにクロの装備はまだ買っていないが、僕が守るつもりなので問題がないだろう。
「さて、ここまで来たわけだけど」
「はい!荷物運びの仕事、頑張ります」
冒険者たちの喧騒の中、クロがやる気に満ち溢れた声を出す。
だけど残念と言っていいのかどうなのか、荷物を持ってもらうことはあまりないだろう。
「そう気張る必要もないんだけど……。まあいっか。今日は特定の依頼は受けていないから、ただの狩りみたいなものだね」
「わかりました。私の役目は、素材とか討伐証明部位とかをこのリュックに入れて運べばいいんですよね」
「うん、まあそう、なるね」
まあそこらへんも考えているのとちょっと違うのだが、冒険者がたくさんいるここで本当のことを言うわけにもいかない。
「それで、今日はどこへ行くのですか?」
「うーん、三層、ってのも考えたんだけれどね。今日は初めてだしあそこ行こうかな、『針森』」
針森、そこは二層の中でも最も三層に近く、最も危険度の高い魔獣の出やすい場所でもある。
初心者のクロが最初に行くべきではない場所だが、そこへ行くための理由が僕にはあった。
それは実力を見せるため。
特殊魔法があるということを信じてもらうためにも、より強い魔獣を簡単に倒すのを見せる必要があった。
「それじゃ、行こうか。結構遠いから、覚悟しておいてね」
「はい!頑張ります」
迷宮のことはあまり知らないのか、これから行く場所が二層最難関だというのにもかかわらず明るい顔を見せるクロ。
その様子は、楽しみにしているようにも見えた。
◇◆◇◆
(……これが私の初陣か)
ずんずんと歩ていくエルの背中を追いながら、クロはそんなことを考えていた。
(これで私が役に立つところを見せなきゃ)
エルは対等の関係だといってくれたけど、それが役立たずに対しても同じだかわからない。
いや、彼は多分、役立たずであろうと同じように接してくれるのだろうが、その優しさに甘えることはしたくなかった。
クロは長年檻の中にいたこともあって力には自信がない。
しかし今日は、いくら重いものを持たされたとしても耐えきるという強い覚悟があった。
不意に、エルが思い出したように振り返り、クロに話しかける。
「クロって体力には自信ある方?」
「あ、はい!村にいた頃は一人で狩りとかもしていたので、それなりにはある方だと思います!」
本当を言うと、別に体力に自信があるわけでもなかったが、エルに迷惑をかけたくなかったのでそう答えた。
「じゃあ休憩なしでこのまま目指しちゃっていいかな。急げば結構早く着くし」
「全然大丈夫です。気にせずに行っちゃってください」
「そう?なんかあったら言ってね」
優しく声をかけてくれるエル。
その優しさに、胸が温かくなる。
とその時だった。
――クロの聴覚が、わずかな葉擦れの音をとらえた。
「……!!」
ばっ!!と。
音がているのではないかと思わせるほどの勢いで、音のした方向を振り返る。
しかしそこには鬱蒼とした茂みが広がっているだけで、何かの姿は見えない。
(気のせい、かな……)
そう思って視線を戻すと、また更に音が聞こえてくる。
だんだん大きく、段々近く。
エルたちについてくるようにして、何者かが隠れている証拠だ。
「……ご主人様、ちょっといいですか?」
「ん、何?疲れてきた?」
「そうではないのですが……。何かが隠れながら、私たちについてきています。もしかしたら敵なのではないか、と思いまして……」
迷宮にいる魔獣には詳しくはないが、尾行できるだけの知能が備わっているといえばゴブリンだろうか。
普段なら強盗なんていうのも考えられたが、迷宮に限ってそんなこともないため、魔獣であることは確かなのだが。
しかし、エルはそれほど緊迫した様子もないまま、のんきそうに答える。
「んー、これは大丈夫。気にしなくてもいいよ」
「でも何かがついてきているんですよ!」
「大丈夫、大丈夫だから。それより早く行こう」
エルの様子に、もしかしたら魔獣がいなくなっているのかと思い立つが、そんなこともない。
音はまだエルたちについてきているまま。
消えてなんていない。
しかしエルがどんどん行ってしまうために確かめることもできず、不安の中でエルの後を追っていく。
そうしている間にも足音はガサガサと、エルたちについて聞こえてきていた。
「ご主人様……」
やはり危険だ。
不安からそう進言しようと口を開きかけたその時だった。
エルの近くにあった草むらから、今まで音が全くしていなかったところから、短剣を持ったゴブリンがエルめがけて飛び出してきた。
(――なんで!音も気配も、全くしなかったのに!)
あまりの唐突さに、クロの体が硬直する。
エルに襲い掛かろうとするゴブリンの様子を、茫然と眺めることしかできなかった。
極限の状態からか、まるでスローモーションを再生しているかのように感じながら。
魔法に対しての知識が乏しかったクロにはわかるわけもなかったのだが、ゴブリンが使っていたのは「消音」という魔法だった。
自らが立てる音のすべてをゼロにして、気配を立つ無属性の魔術。
それをまとった道具を持ったゴブリンが、草むらの中でじっと隠れていたのだ。
そしてこれは、巣を作ったゴブリンたちが、よく仕掛ける罠だ。
少人数のパーティーを見つけたら、まず後方からわざと音を立てて進む囮部隊を尾行に付ける。
そしてそれに集中力を奪われている隙に、茂みに隠れているゴブリンが奇襲を仕掛ける。
単純で、それでも効き目のある罠。
ある程度の知識と経験を付けた冒険者であればひっかっかりもしない罠だが、しかし迷宮に始めてきたクロには効果的だったようだ。
(――ここで動かないと、ご主人様がやられる)
話からまだE級の冒険者だと聞いたエル。
そんな彼が至近距離から短剣で刺されたりしたら、重傷は必至。
右腕を治した規格外の治癒魔法を持っているであろう彼だが、意識を失ったり即死してしまったりしたらそれも意味がない。
そのことを理解していたというわけでもなかったが、クロの内で、助けなきゃ、という気持ちが駆け巡る。
しかし体は言うことを聞かず、あまりにも唐突な、非日常的な危機に対して動くことができなかった。
(このまま、せっかく私を必要としてくれたご主人様を、見殺しにすることしかできないのか!)
そんな憤りがクロの体をようやく、あまりにも遅く、動かし始ようとしたその時だった。
エルは一瞥すらしていなかった。
そうする必要がなかったといわんばかりに、ゴブリンなんて脅威とも何とも思っていないとでもいうように。
ただ、何かが、何か魔法とも違う神秘的な力が胎動するのを感じて、
――ゴブリンの上半身が、はじけ飛んだ。
「――は、え?」
文字通り粉々に跡形もなく。
まるで大型の魔法が一つの魔獣に集中して当たったかのような、幾千もの打撃が一瞬のうちに打たれたかのような、そんな光景。
あるいは転生者たちがこの光景を見たらこんな感想を口にするだろう。
まるで機関銃の乱射を受けたようだ、と。
緑色の肌が、血が、臓物が、しぶきとなって大地に降り注ぐ。
一瞬遅れて傷を受けることのなかった下半身も、ぽとりと落ちる。
「ガァ!」
「グギャア!」
茫然と立ちすくしていると、後ろから悲鳴が聞こえてくる。
振り返ってみれば、エルに襲い掛かっていたゴブリンの死体と同じようなものが三つ、できていた。
「(……ゴブリンぐらいじゃ、実力を見せることもできないしなあ。めんどくさ)」
エルの独り言が、ぼそっと聞こえてくる。
しかしそんなことも意味として理解できないぐらい、クロは驚愕していた。
(いま、一体何が……)
今度は危機にではなく驚愕によって、クロの体が硬直していた。
さっきエルはちらりともゴブリンを見ることなく、その体を爆散させた。
しかも魔法陣なしの魔法、で。
目で見ることなくゴブリンの位置を把握していて、予備動作なしにゴブリンの半身を粉々にするぐらいの魔法を撃ったということ。
そんな存在を、クロは一つしか知らない。
この世界の支配者にして、最強種の精鋭たち。
つまりは神。
異世界から呼ばれた勇者でも、人間の限界を超えた超越者でも、幾千年の年月を生きた龍王でさえもこんなことはできないであろう。
エルは、クロを買った主人は、それほどの力を秘めた人間なのか。
考えてみれば、魔法陣なしの魔法。
それは、この世の理を超えた魔法のほかにない。
つまり、神々が扱うのと同じ、特殊魔法。
右腕を治したことも、家具をベッドに買えてしまったこともこれで説明がつく。
「……まさか、そんなことって……」
もはやクロには、エルが普通の人間には見えなかった。
神にも等しい力を持つ、亜神。
そんな存在に必要とされたという事実が、クロに襲い掛かってくる。
「……ん?どうしたの?早く行くよ?」
エルの言葉に思考が分断させられる。
しかし、ふと。
エルがどんな存在であろうとも関係ないかもしれないと思う。
亜神であろうとなかとうと、救われたからついていく。
そう決めたのはクロ自身なのだから。
だから
「はい!行きましょう!」
クロは元気にそう言った。




