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18.奴隷契約

 


 最初にいた建物の奥にあった小部屋に連れてこられた僕は、机を挟んでイェータと対面していた。

 重い黒檀の机の上に、一枚の紙とボールペンのようなものが差し出される。


「こちらが契約書になります。こちらのペンでお書きください」


 カチッとノックをして芯を出すイェータ。

 入っているインクの種類や、外装の材質など違うところは見られるが、形はこの異世界に似つかわしくない近代的な形。

 どう見てもボールペンだ。


「……これは?」

「ああ、初めてですか。これは少し前に聖王国で召喚された勇者が考え出した新しい道具でして、名前をぼーるぺんといいます。その構造が難しいために魔法でしか作ることはできませんが、非常に便利でして、私たち商人の間では結構人気の商品です」

「へー、勇者が……」


 確か洞窟で戦った勇者は王国の勇者だったから、それとはまた別か。

 この分だと、思ったよりもこの世界には転生者がいるのかもしれないな。


「……もしかして、あのランプとかも勇者が?」

「ええ、よくわかりましたね。勇者様からもたらされる技術はどれも革新的なものが多く手ですね、魔道具で言えば街灯もそうですし、あとは保冷庫とかも。ほかにも紙の製造や水洗式のトイレなんかも勇者様のアイデアから生み出されたものですね」


 思った以上に転生者の技術が取り入れられている。

 技術はないにしろ魔法という新しい概念が存在するこの世界では、実現しやすかったものもあったのだろう。

 文化レベルに対して技術レベルがやけに発達しているのも、もしかしたら転生者のおかげかもしれない。


 このことについてまだまだ聞きたいことはたくさんあったが、今はそれどころじゃないと思い出し、意識を契約書に戻す。

 職業、名前など基本的な項目を書いていくと、ひとつだけ、理解できない項目があった。


「この死亡時の奴隷の取り扱いというのは……」

「ああ、これはですね、奴隷の主人となった者が死亡した時のことですね。冒険者の方ですと、冒険などで奴隷だけ残して、という例もよくありますので……」

「ああなるほど」


 欄を見ると、解放するか、商会に返すか、それ以外かという選択肢がある。

 商会に戻すと買取時の割引があるらしいのだが、それを選ぶと今回彼女を買った意味がない。

 解放の欄に丸を付ける。


「……よろしいのですか?その、それだと奴隷から危害を加えられる可能性も高くなると思うのですが……」

「ん?でも奴隷は主人に対して手を出せないんじゃないんですか?」

「直接的に攻撃することは不可能ですし、間接的に害をなそうとする行動もある程度は抑えられます。しかしやりようはいくらでもありますので……。実際に奴隷が原因で殺された方もいらっしゃらないわけではないです」


 確かに少しでも主人の害になる行動を禁止していたら、奴隷は何もできなくなってしまう。

 ただ、僕に限って奴隷に殺されるということもないだろう。

 ひどい扱いをする気もないし。


「まあ、大丈夫だと思うんで、このままでいいです」


 そう言って書き終わった契約書をイェータに渡す。

 イェータがしばらく神を確認していると、こんこん、と部屋のドアがノックされた。


「入れ。……どうやら奴隷の用意ができたようです」

「失礼します」


 その言葉とともに入ってきたのは、鉄の首輪に鎖を付けられた状態の獣人の少女。

 その鎖の一端は、すぐそばに立っている男の手に握られていた。


「えっと、エル様は奴隷の契約は初めてですか?」

「ええ。もちろんそうですが」

「では説明をさせていただきます」


 そう言うとイェータは少女の首輪を指す。


「あれは隷属の首輪と言う魔道具でして、あれに魔力を流していただくと奴隷は魔法で縛られて、主人と奴隷の関係が成立します。一般人の方でしたら代わりの魔法使いを用意させていただくのですが、エル様は魔法使いということでしたので……」

「自分でやれと、言うことですね?」

「い、いえ。代わりを用意することもできるのですがどうなさいますか?」

「いいですよ。自分でやります。ただ魔力を流し込むだけでいいんですよね?」

「はい。それで契約は完了します」


 説明が終わったようなので、僕は立ち上がって少女に近づく。

 それを見た付きの男が少しずつ下がるが、少女は身動き一つしなかった。

 見えてはいるはずなのに、反応するだけの心が失われているようにも見える少女の様子に、少しだけ心が痛む。


「さてと……」


 少女と僕を関連付けるのであれば、作った魔力ではなくて自らのものを使った方がいいか。

 というか別に、この首輪を介して魔法を使う必要もないんじゃないか?

 首輪に込められた魔法の仕組みを解析して、少女に直接魔法をかけた方が、首輪に縛られることがなくて便利な気がする。


「……エル様?」


 少女の前に立ってじっと動かない僕をイェータが怪訝そうな顔でうかがっていたが、そんな光景は頭の中に入ってこない。


「……難しいな……」


 首輪に施された魔法、その解析は今まで体験したことがないぐらいに難航していた。

 未知の力は一切働いていない。

 魔法の構築に使われているのは魔力のみだったが、その複雑さ、緻密さがほかの魔法とは比べ物にならない。

 あちらの術式がこちらの術式に対応して動き、その術式を解析しようとするとその中にさらに術式がある。

 複雑に編み込まれた術式のすべてを解析し終わったのは、数分が過ぎた頃だった。


「あの……何かございましたか?」


 流石におかしかったのか、イェータが話しかけてくる。


「いや、何でもないよ。ちょっとね……」

「はあ……」


 不審がられているが魔法の解析はもう終わった。

 後は僕の魔力を術式通りに操作するだけ。


「じゃ、……『隷属テイム』」


 必要もなかったがそう呟いて魔法を少女に発動させる。

 もちろん魔法陣も忘れずに。

 すると


 ――唐突な眠気に、襲われた。


 ちょっと眠くなる程度とか、そんな可愛いものではない。

 意識がすべて闇へと持ってかれそうな、強い眠気。

 少しでも気を抜いたら今すぐこの場で気絶してしまいそうな、そんな状態になった。


「……な、にが」


 ふらふらとする意識の中、必死に平静を装って表情を取り繕う。


「エル様?どうかなされましたか?」

「いや、なんでもない。これでけいやくはおわったんだよな?」

「はい。魔法陣も確認できましたし、契約は完了されております。これで奴隷はあなたのものです」

「わかった。じゃあもうかえるよ。また」

「え?あ、はい。またのご利用をお待ちしております。ありがとうございました」


 若干の動揺を含む挨拶を無視して、少女を連れて部屋を出る。

 若干強引だったが仕方がない。

 もう言葉を考えるのだけでも精一杯だったし、気を抜けば倒れこんでしまいそうだったのだから。




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