16.提案
「はい、これで手続きは終わりです。また明日、ギルドに来ていただければ腕輪ができていると思うので。ルイさんとテオさんも、明日から昇級試験が受けられますよ」
書き終えた書類を受け取って、ルネさんはそう言う。
やけに早い手続きだと思うのだが、最下級のランクならこんなものなんだろう。
「わかりました。じゃ、また明日」
「あ、ちょっとエルさんだけ待ってもらえますか?そんな重要なことでもないですけど……」
報告自体はもうすでに終わっていたのでイサークたちと部屋を出ようとした僕に向かって、そんな声がかかる。
「えっと……」
「じゃあ私たちはギルドの入り口のところででも待っています。終わったらそこに来てくださいね」
「ん、了解」
イサークたちが部屋から出ていくと、ルネさんが座るようにと目で促した。
「それで、どうですか?一日彼らと一緒に迷宮に行ってみて」
「それで、といわれても……。特にどうとかないですけど……」
ルネさんの質問の意味がいまいちつかめずにいると、はあ、とため息をつかれる。
「仲間ですよ。いつもよりかなり楽になったでしょう?」
「ああ、そう言われてみれば確かに……」
戦闘面ではむしろ邪魔だったが、目的地までの行き方、昼食の準備、途中で倒した魔獣の素材の運搬などでは一人の時よりも格段に楽だったような気がする。
まあそんなメリットなんかは特殊魔法を隠し続ける苦労を考えると、特にいらないぐらいのものだけど。
「確かに楽だったこともありますね。……それが何か?」
ルネさんがもう一度大きなため息をつくと、あきれたように言葉をつづけた。
「……パーティーを組みたくはなりませんでしたか?仲間がいれば、いつもこんなふうなんですよ?」
「え?ああ、そういうこと……。いや、特にはそんな気はないですね」
特殊魔法のことを知っても騒ぎ立てない人ならありかもしれないが、それにしても戦闘の邪魔になるから、いた方がいいというわけでもないし。
当分仲間はなしでもいいと思っている。
……というか今回ルネさんが僕を勧めたのは、仲間がいなかったから?
母親に友達ができないことを心配されているみたいで、ちょっと恥ずかしい気もする。
「あの、本当に仲間を必要と思ってないだけなんで……。当分パーティーは組む気ないんですけど」
「……、エルさんのレベルが高めなのはわかっているんですけれど、それでも無敵というわけじゃありません。勇者様レベルならいざ知らず、このままソロっていうのは無謀すぎますよ」
それなら勇者越えの僕は問題ないね、とはさすがに言ない。
「麻痺になったり、毒をくらって動けなくなったりするときもありますし。そんなときに誰かいるのといないのじゃあ全く違います。戦闘力がなくてもいるだけで違うんですよ。別に仲間じゃなくても、荷物持ちとか、奴隷とかでも」
「ちょっと待って、奴隷?」
冒険の供に、奴隷を連れていく。
その発想はなかった。
「奴隷を連れている冒険者っているの?」
「え、ええ。実際にソロで活動している冒険者の方は、戦闘用か、荷物持ちかに奴隷を使っている人がほとんどです。奴隷は裏切ることができませんしね」
まるで仲間が裏切ることもあるみたいな言い方だが、今はそんなことはどうでもよかった。
「裏切れないってことは、命令に逆らえないってことだよね。なんか魔法とかで強制させている、とか」
「はい。奴隷は購入されたときにそのような魔法をかけられるとか。……もしかして奴隷に興味あります?」
「うん。奴隷、ありかも」
正直言って元日本人として奴隷制にはあまりいい気持ちを抱いていないが、これは使えるかもしれない。
命令に逆らえないということは、僕の魔法のことについても秘密を貫き通せるということ。
ソロで活動していることのカモフラージュにもなるかもしれないし、奴隷を買うのは最善策のような気がする。
「……一人で持てる素材にも限度があったし。今まで倒したのに持ってこれなかった素材とかあったからな」
「戦闘ができる奴隷でなければ、比較的安いですから。どうです?明日辺りにでも奴隷商に行ってみては」
幸いまだもらった金貨のあまりがあるし、それを使えばたぶん安い奴隷ぐらいなら買えるだろう。
重労働させる予定もないしカモフラージュになればいいだけなので、値は張らないはずだ。
「そうだね、行ってみる」
「それなら一つだけ。買う際には冒険者と言った方がいいですよ。たぶん最適な奴隷を紹介してくれるでしょうし」
「そうなんだ。教えてくれてありがとね」
「いえいえ。これでこっちとしても一安心です」
何かといろいろ世話になって、ルネさんには助けてもらってばかりだ。
新人が死ぬのは目覚めが悪いからだろうが、それでもありがたいことには変わりがない。
……いつか恩返し、しないとな。
「本当に何から何まで。それじゃあ明日行ってみるので。冒険者ギルドに登録とかしなくていいんですか?」
「奴隷は購入者の所有物とされますからね。特には必要ありませんよ」
「あぁ、そうですか……」
人を物として扱うその考え方には少し思うところがないでもないが、まあそれがこの世界の常識なのだろう。
所変われば、ってやつだ。
どんな奴隷がいいかなと考えつつ、僕はルネさんにお礼を言うと部屋を後にした。
◇◆◇◆
部屋を出てギルドの受付に戻ると、その前に置かれた待合場所にイサークたちが座っているのが目にはいってきた。
「お待たせ。それで、今日の報酬の分け合い?」
「ええ。分け方は人数で分割、というかたちでいいですか?」
「うん。それでいいよ」
パーティーごとの報酬としてはイサークたちのところが三倍あることになってしまうが、その分仕事量も多いということなので、特に変なことはない。
それどころか皆よりランクが一つも二つも下の僕にも平等に分けてくれることがありがたかった。
「まあ、今回の依頼では大した報酬は出ませんでしたがね。……ところで何の話だったのですか?」
「ん?ああ、さっきの。いや、ちょっとね……」
果たして奴隷を買うことを気軽に言っていいのか一瞬迷うが、よく考えてみたらやましいことでもない。
冒険者でも奴隷を買う人は多いと聞くし、軽蔑されるようなことはないだろう。
「奴隷を買おうかって話をしてて。ほら、僕って一人で冒険してるじゃん」
「ああ、奴隷ですか」
予想した通り、奴隷と聞いてもイサークたちの表情は変わらなかった。
「でも奴隷って高いんだろ?金あるのかよ」
「まあお金はちょっとだけためてるからね。あまり高いのは無理だけど」
「安いのっていえば、子供か、亜人ぐらいか。でも戦える亜人はまあまあするって聞くしなあ」
「別に戦闘に参加させるわけじゃないからね。荷物が持てれば何でもいいさ。道中は守ってあげればいいし」
テオの言葉を聞いて、買うなら亜人がいいのかもしれないと思う。
亜人は人間よりも高い能力を持っていることが多く、便利だからだ。
例えば、猫人族なら聴覚、犬人族なら嗅覚、といったふうに。
「……でもなんで亜人って安いの?下手をしなくても人間より強いのに」
「外見が嫌いなやつが多いからじゃないか?あの耳とか、尻尾とか」
「それはまたなんで」
このファンタジー的世界においてはただの身体的特徴にすぎない程度だろうに。
別に不快に思うまでのことでもないし、異世界人だった僕から言わせてみればむしろ好感を覚えるぐらいだ。
「……この国の、風潮かも。魔族に対する、教会の教えの過大解釈で、獣の特徴を持ってる亜人は、神様の恩恵が少ないって」
「なるほどね……」
僕も一時苦しめられて、イース迫害の原因ともなった教会の教え。
神様の考え方ひとつで世界にここまでの影響を及ぼすなんて、と思ったが、よく考えてみたら前世でも同じようなことはあったか。
世界が変わっても、やっていることはほとんど同じなんだなあと実感する。
「ま、俺から言わせてみりゃ、だからどうしたってことなんだけどな」
「……そんなこと言っていたら教会から目を付けられますよ。まあ正直私も似たような気持ちですが」
「ん。……私も」
「冒険者の中には亜人迫害の考え方を持っている人も少ないですよ。私たちはいろんな国を旅したりもしますからね」
亜人迫害の色が濃いのはこの国だけで、僕の生まれである帝国にはそんな考え方はなかった、と思う。
やはり広い見分を持った冒険者は考え方も進んでいるようだ。
「まあ、魔族だけは別ですが。あれは教会の教えにもある通り、邪神の手先ですから」
「ん?魔族?悪魔とは違うの?」
「悪魔は、確か魔族ではなかったような気がしますよ。詳しいことはわかりませんが、昔から神様と敵対していた種族らしいです」
「ふーん。どっちも同じようなものなのにね」
詳しいことはわからないが、明確な区分があるのだろう。
後でルネさんにでも聞いてみるとするか。
そんなことを考えたとき、受付のそばに置いてあった時計から重く低い音が鳴り響く。
見ると長針がぴったり0を指していた。
「おっと、もうこんな時間ですか。もうそろそろ帰ることにしましょう」
外はもう、段々と暗くなり始めて言っている。
街には街灯のような魔道具がいくつも取り付けられてはいるが、それでもすべての道を照らしつくせるわけでもない。
さすがに冒険者を襲う輩はいないとは思うが、夜の町は危険であるというのが常識だ。
「そうだね。今日はありがとう。困ったら今度はこっちから合同依頼を頼むかもしれないけど、その時はよろしくね」
「ええもちろん。存分に頼ってくれていいですよ。それではまた」
「……またね」
「またな!」
三者三様の挨拶を交わし、イサークたちがギルドを出ていく。
その挨拶のせいだろうか、言葉の通りまたどこかで一緒に冒険をするようなきがしてならなかった。
「……さて、僕も早めに帰るか」
危険ではないにしろ、暗くなった路地裏なんかは思ったよりも怖い。
早く帰って風呂にでも入ろうと考えながら、僕は帰路へとついた。




