14.悪魔
「……ふむ、アンデットやゴブリンどもをようやく殺し終えたと思ったら、次は人間か。まったく、あいつも面倒なところを押し付けてくれる」
悪魔は頭を動かさずにそう呟くと、ジェネラルゴブリンの頭を放す。
支えを失ったゴブリンの体は、崩れるようにして床の上に落ちた。
「一人しかいないようだが、はぐれでもしたのか?……まあどうでもいいことか」
悪魔。
魔族とも違う、この世界でただ唯一神に逆らうとされる種族。
魔神が生み出したとされる彼らは、数こそ少ないが一人一人が強力だ。
その脅威度は最低でもB級、爵位級の悪魔であれば亜神と認定されるほどでもある。
しかし、目の前にいる悪魔はさすがにそこまでの力は持っていないのであろう、感じる魔力から察するに悪魔の中でも少し強い程度のものの様だ。
「ふふ、恐怖で声も出せんか。それも仕方のないことよ」
不遜な表情で悪魔が振り向く。
考えていた僕を見て、恐怖から茫然としてしまっていると勘違いしてしまったのだろう。
それもそのはず、悪魔と言ったらめったに現れることのない魔獣以上の脅威だ。
二層にいる冒険者たちからしてみれば、突然四層レベルの魔獣が顔を出したのと同じぐらいの感覚だろう。
「悪いな人間――ここで死んでもらうぞ!」
会話も意味がないと思ったのか、悪魔は突然踏み込んでくる。
悪魔の手が、ジェネラルゴブリンを簡単に屠ったその手が、視認できないほどのスピードで襲い掛かかる。
そしてそれが、僕の頭をつかみかかろうとしたその時
――ピタッ!と悪魔の体が静止した。
手を前に出した間抜けな姿勢で、悪魔が驚きの表情を浮かべる。
「……は?なんだ?何をしたのだ、人間!」
「うるさいなあ。ただ魔法を使っただけだよ」
悪魔の動きを封じる魔法。
さっさと倒してしまわなかったのは、イサークたちの存在があるからである。
「さすがゴブリンや悪魔の死体があったところから僕が出てくると、怪しまれるだろうし。これ全部この悪魔がやったことにならないかなあ」
「そんな魔法が私に通じるわけがない!いったい何をした!」
悪魔は変わらずに怒鳴り続ける。
生かすために呼吸系とかの動きは封じておかなかったのがいけなかったのか、口が動いてしゃべることはできるようだ。
魔窟ではしゃべる魔獣はほとんどいなかったので、そこら辺の対応はしていなかった。
とりあえず
「おい!聞いているの――「黙れ」」
口が動かせなくなって声を出せなくなったようで、悪魔はピタリとしゃべり止む。
しかし、それでもなおうーうーと唸っているのは反骨精神豊というか、まあ突然黙らされればそうなるか。
とりあえずこちらを睨んでくる悪魔は無視しておく。
(この悪魔もゴブリンの死体も消してしまえば証拠はなくなるけど……)
今回の依頼の原因である、遺跡で起こった異変。
ゴブリンか、悪魔かどちらかがそれにかかわっている可能性がある以上、このままないことにしてしまうのは少しまずいだろう。
それ以上の災害を引き起こしてしまう原因となる可能性もあるし、その対応が遅れる原因にもなってしまうかもしれない。
だとしたら、この悪魔がゴブリンを絶滅させたことにして、あとは悪魔の目撃情報を流しておけばいいか。
「じゃ、僕は逃げるから。……あ、その魔法、しばらくしたら切れるよ」
それじゃ、と僕は悪魔に手を振って部屋を後にする。
悪魔がほかの冒険者たちに、僕のことを服装髪型顔声質に至るまで事細かにしゃべらないことを祈ろう。
まあそれをされても、僕のことを特定することも難しいと思うけど。
一層唸ってくる悪魔の声をバックに、廊下を進んでいく。
「まあまあ、よくもこんな派手に……」
廊下の床はところどころ陥没していて壁は傷だらけ、端にはゴブリンの死体がいくつも転がっていた。
「もっとスマートに殺せただろうに。かっこつけたかったのかな――『探知』」
そう呟きながら僕は、探知魔法を使用する。
「お、結構近くにいるな」
探したのはイサークたち三人の反応。
もっと上の方にいると思ったのだが、急いでいたのかもう最下層に到着していた。
これならもう少ししたら会えそうだ。
◇◆◇◆
「ほ、ほんとに魔獣が少ないね……」
「魔獣というか、アンデットですかね。最下層にはほとんどアンデットしかいませんからね。……それにしても、本当に」
アンデット。
倒されたら霧となって消えるそれらは、死体が残らない。
なので短期間で殲滅することができたら、このようにアンデットのいない迷宮ができることもあるのだが……
(もしかしたら依頼の異変と何か関係が?強力な魔獣が現れたのなら、この状況もあるいは……)
不安と、緊張感がイサークを襲う。
逃げることすら許されない強者が、同じ場所にいるという可能性に気づいたからだ。
そんな警戒心をあらわにして進むイサークの視界に、小さな影が映る。
「……っ、あれは……」
「お!あれはエル、だな」
イサークよりはるかに気配感知に優れたテオが、そう声を上げる。
テオがそう言うなら確かなのだろうと、イサークは警戒心を解いて、ほっと安堵の息を漏らした。
しかし、よく見てみるとエルの様子がおかしい。
何かから逃げているような、そんな切羽詰まった表情をしている。
「エル?どうしたので――」
「悪魔を見た!ちらっとだったから気づかれてはいないと思うけど、早く逃げないと」
「あ、悪魔!?」
暴虐と破壊の化身、悪魔。
世界と最も敵対する最強クラスの種族が、ここにいるというのか。
「……それが本当なら緊急事態です。早く戻って討伐隊を編成しないと」
魔神がいる南大陸から大きく離れたこの場所までわざわざ悪魔がやってきたということは、彼らにとって何か意味のあることがここにあるということ。
それが遺跡なのか、迷宮なのかはわからないが、悪魔が一体だけということはないだろう。
早急に討伐隊を編成し、場合によっては他の冒険者ギルドや国の協力も仰がなければいけないだろう。
さらにはエルの様子。
レベル82、C級冒険者並みのエルがあそこまで焦るということは、それなりの悪魔がここにいると考えていい。
悪魔がこちらの存在に気付いて本気で追ってくれば、新人に毛が生えた程度のテオたちに為す術はないだろう。
イサークならあるいは、時間を稼ぐぐらいはできるかもしれないが、その程度。
早くこの場から離れる必要があった。
「急いでこの場を離れましょう。エル、悪魔の様子は?」
「……何かと戦ってたようだからしばらくは大丈夫。とりあえず上にのぼろう」
少し考えたのちに、エルがそう答える。
それを聞いたイサークは、テオと目配せをするとすぐに行動を開始した。
今来た道を戻るように、なるべく静かに、なるべく早くに。




