12.小部屋
その後、出てくる敵を危なげなく倒しながら進み、僕たちは遺跡に到着した。
「遺跡とはよく言うけど……」
崩れ、ばらばらになって地面と同化しているレンガの壁。
地面に突き刺さるようにして傾いている柱身。
森に呑まれ、木の根に絡みつかれ、無残にも破壊されている神殿の姿が、そこにはあった。
「まだ昼前ですので、予想よりちょっと早いですね」
イサークが小さな魔道具を覗き込みながら言う。
迷宮の中は当然地下なので、時間の経過がつかみにくい。
迷宮に入る冒険者は、皆このような魔道具で時間を確認する必要があるのだ。
「確か入り口がこっちの方に……ありました」
遺跡の入り口、それは瓦礫の中に埋まっていた。
イサークが地図を頼りに探し出し、地下へと続く穴を開く。
「……エルは遺跡に行くのは初めてなんですよね?」
「そうだね。というか二層自体が初めてだから……」
「それでは少し、遺跡についての説明をしますか」
こほん、とイサークは咳払いをする。
「ここは、地下何階かまで続く人為迷宮のようになっています。罠はほとんどが壊れていますが、ごくまれに動くものがあるので注意をしてください。まあ私たちも地図を持っていますし、危険はないはずですが」
誰が作ったのかわからないが、こんな地下に人為迷宮があるとは驚きだ。
地上にあったものが地盤沈降なんかで落ちてきたのだろうか。
「今日は攻略のために来たわけでもないので、軽く上の方を回りながら、余裕があれば下へと潜ることにしましょう。ほかに何か、ありますか?」
「いや、ないぜ」
「わ、私も……」
僕も特に質問はない。
「それでは、行きますか」
イサークはそう言うと、穴の中へと潜りこみ、僕たちもそれに続いて遺跡へと潜っていった。
◇◆◇◆
そこは、ところどころ破壊された後はあるものの、一般的に想像される迷宮と同じつくりをしていた。
レンガの壁に、四角い通路、直角の交差路。
壁には光の魔石を使ったトーチのようなものが一定間隔で取り付けられており、薄暗さを感じることはなかった。
目的が偵察のために、ところどころにある小部屋には入らないで、僕たちは通路を進んでいく。
「……ここにも宝箱とか、あったのかな」
開かれた扉を通り過ぎながら、そう呟く。
この世界の人為迷宮とやらにはまだ潜ったことがないので、何の根拠のない推測だが、小部屋には宝箱があるものだと思ったのだ。
「こ、ここが初めて、攻略されたときは、たくさんあったみたい、って聞いたけど……」
僕の独り言をつかまえて、ルイが答える。
あったみたいと言うことは、もうないのだろう。
攻略されてからかなり経っているらしいし、取りこぼしも期待できないか。
「そっかー。宝箱見たかったのにな。残念」
宝箱の中に、どんなものが入っているのか興味があったのだが。
まあ、ないというなら仕方がないのだろう。
「それにしても魔獣が出ないなあ。いつもこんな感じなの?」
「そうでもないぜ。いつもはもっと、ゴーレムとか出たりするんだけどなあ。今日はスライムしか見てない」
テオが通路の端にいるスライムを見ながら答える。
ちなみに僕は、スライムは魔獣としてカウントしていなかった。
だってあれ、ほとんど愛玩動物みたいなものだし。
「確かに魔獣が少ないですね。ただ単に運がいいだけ、という可能性がありますが……」
強い魔獣が突然現れると、そこにいたほかの魔獣たちは乱獲され、あるいは逃げて、その数を大きく減らす。
その可能性に思い至っていたのか、トーチに照らされたイサークの表情は心なしか硬く見えた。
そんな不穏な空気の中しばらく歩いて。
「あれ?ここ……」
通路の横に、小さな空洞があることに気付く。
一瞬ただの小部屋なのかと思ってスルーしたが、そこに入るための扉が見当たらなかったので不審に思ったのだ。
「皆。ちょっといいかな」
「どうしましたか?エル」
「ちょっとここに、小さな部屋みたいのがあるんだけど、入り口が見当たらないんだ。もしかしたらまだ発見されてない部屋なのかも」
そう言って脇を指す。
「ここですか?そんなものが、あるようには見えないのですが……」
「まあ、探知の魔法に引っかかって」
「探知、ですか?」
僕が探知の魔法といったとたん、イサークが目を細めて僕を見る。
テオもそれっぽい魔法を使っていたし、別に僕が探知をできることをばらしてもいいだろうと思ったのだけれど、何かおかしかったのだろうか。
「……まあ後にしましょう。それで、空洞とは?」
「ああ、うん。ここから、ここら辺まで、幅はこの通路の二倍ぐらいかな」
「えっ……ぁあ、もしかしたら、隠し部屋なのかもしれませんね。手分けして入り口を探ってみましょう」
イサークは一瞬驚いたような表情を見せたものの、すぐに皆に指示を出す。
まだ見つかっていない隠し部屋は、冒険者としてなるべく攻略しておきたいのだろう。
「……お!ちょっと皆。こっち来てくれ。それっぽいのを見つけた」
しばらく壁を叩いたり床を調べたりしていると、テオの呼ぶ声がかかった。
見ると、床の一部が外れて取っ手のようなものが出てきている。
「じゃあ回すぞ」
テオが取っ手に手をかけると、イサークとルイが警戒するように構える。
隠し部屋という未知の空間に対しての備えだろうか。
テオが取っ手をくるりと回す。
すると、がこん、という音とともに壁の一部がへこんで、暗闇が顔を出した。
「……灯火」
ルイの言葉とともに、部屋の中に明かりが生まれる。
そこは何もない、からっぽの部屋だった。
宝箱もなければ、トーチもない。
何のために作られたのかわからないような、小さな部屋。
何かを警戒していた僕たちがばかばかしくなるほどに、からっぽだった。
「……何もありませんね」
「そうだね」
イサークが驚いたように言う。
テオもルイも、どこか安心した様子の表情を浮かべていた。
「……しつれいしまーす」
拍子抜けさからか、あるいは何があっても大丈夫という油断からか僕は宿屋の一室に入るような気軽さで小部屋に足を踏み入れる。
しかし、忘れてはいけなかった。
ここは腐っても自然迷宮。
いくら力がある冒険者だろうと、あるいは勇者、神様といった存在だって、気を抜けばただでは済まないほどの場所。
かちり、という小さな音が聞こえてきたときにはもう遅かった。
僕の下にあった地面が消え、ちょうど人が何人か入るぐらいの穴が現れる。
ひどく古典的で、しかし驚異的な罠。
落とし穴だった。
探知魔法を極狭に設定しておくんじゃなかったとか、気軽に入るべきではなかったとか。
そんな後悔をしている暇もなく、僕は闇の中に吸い込まれていった。




