7.スライム
自然迷宮ノスト。
ラビルからそう遠くない所にあるその迷宮は、冒険者ギルドによって管理されている。
何の戦闘力もない一般人が迷い込んだりするのを防ぐためでもあり、迷宮に入るためには冒険者かどうかの確認を受けなければいけない。
「あれが迷宮か……」
翌日。
迷宮にやってきた僕の前に広がっていたのは、魔窟で見た者とは似ても似つかぬ、開発された迷宮だった。
いくつも立ち並ぶ建物群、柵のようなもので区切られている洞窟の入り口。
よく見ればその横にはもう一つ大きな穴が開けれられており、そこから線路のようなものが伸びていた。
僕は建物の中の一つ、役所のようなところへ入っていく。
中は街にあった冒険者ギルドよく似ていた。
「すいません、迷宮に入りたいのですが……」
カウンターにいた受付に話しかける。
「えっと、一人で行くんですか?」
「ええ。あいにくとこの街に来たばかりで、知り合いもいないですし。もしかして一人だと入れませんか?」
「いえ、そんなことはありませんが……。冒険者の方は大抵何人かのパーティーで来られるものなので。魔法使いの方が前衛もつれず一人で、なんていうのは珍しいですし」
僕は今、昨日錬金で作った魔法使いっぽいローブを身に着けている。
冒険者ギルドの時とは違い、その恰好で僕を魔法使いだと見抜いたのだろう。
杖は邪魔だったから持ってないけど。
「まあそこまで危険なところまで行くつもりはないので。様子見程度ですよ」
「それなら大丈夫だとは思いますが……。それで二層からの出発ですか?」
受付がライセンスカードを返しながら、そう尋ねた。
この迷宮は今のところ4層まで攻略されている。
攻略、というのはこの場合、層の概略がつかめるところまでを言うので、到達した層の深さはそれ以上だろうが。
そして一層の「洞窟」、二層の「樹海」などといった迷宮の浅い部分は、ある程度開発されていたりもする。
その最たるものが二層にある町だ。
冒険者たちの休憩所としても利用されているその街には、鍛冶屋や食料や、魔道具屋などもある。
さらには地上からは直通の穴が掘られており、迷宮を探索する「攻略組」と呼ばれる冒険者や二層で採取依頼を受けている冒険者などは、二層のその街から出発することができるのだ。
ただ今回は様子見。
一層をうろついて迷宮の雰囲気でも感じつつ、そこら辺にいる魔獣を適当に狩っておこう。
そう考えると僕は口を開く。
「いえ、今回は一層からで。危険な魔獣に出くわしても嫌ですしね」
「分かりました。それではあの門から入ってください」
そう言って受付は窓の外を指す。
「それではお気をつけて」
「ええ、それは。ありがとうございました」
「ああ、それと言い忘れていましたが」
立ち去ろうとする僕を引き留めて、受付がそう言う。
「途中で木の根っこのようなものを見つけても、壊さないでくださいね」
「……?わかりました。できるだけ気を付けます」
木の根っこに何かあるんだろうか。
まあ見つけても、壊さないようにしとこう。
◇◆◇◆
第一層、「洞窟」
そこはその名の示す通り、ただの洞窟だ。
四方を囲むのはごつごつとした岩肌、そして淡く光る魔鉱石。
初めてここに来た者にはこれが迷宮とは思えないような光景だ。
実際現れる魔獣も、下手をしたら外のものにも劣るような弱い魔獣のみだ。
まさに初心者向けの、簡単な層。
ここを説明するとしたらそんな言葉が似合うのだろうか。
「……探知は切っとくかな。引っかかりすぎて、ちょっとうっとおしい」
しかし簡単とはいえ世界最大級ともいわれる自然迷宮。
魔獣の数は外の比ではなく、常時発動させている探知魔法には魔獣の反応がたくさん見られた。
十、二十では収まりが効かないほどに。
「まあ反応も微弱な奴ばっかだし、不意打ちされてもダメージを受けることはないしね」
僕には魔法、物理を問わずすべての攻撃を無力化する障壁のようなものがある。
魔窟の魔獣ならいざ知れず、ここら辺にいる魔獣にはそれを破られないだろうという自信があった。
まあ例外はあるかもしれないけど。
「それにしても何にもない……」
いくら歩いても岩、岩、岩。
魔鉱石はあることにはあるが、光源であるそれらを採ってしまうとこの辺りが通行できなくなるし、魔石よりも魔力容量が圧倒的に低い魔鉱石はそもそも売れない。
あとは苔がそこら中にあるくらい。
ここを狩場にする冒険者が少ないというのも頷けるほどに、何もなかった。
「――ん、あれは……」
そんな中しばらく歩いていると、ぷるんとした半透明の物体を見つける。
いや、物体ではなく生き物か。
僕が近づいても何のアクションも起こすことなく、ただ意味もなく飛び跳ねているその魔獣の名前は――
「……スライムか」
スライム。
この世界でも有名な魔獣の一つで、非常に弱い魔獣の一つとして数えられる生き物。
実は上位種ともなるとその印象は一気に覆り、魔窟にいたスライムに至っては伝説の魔獣ともいえるほどの強さを誇るものもいるのだが、今目の前にいるのはそんな物騒な存在ではない。
スライム種の最下位に位置するような、ノーマルなスライム。
持つ魔力も微少なもので、酸も毒もなし、そして人間を溺死させるほどでもない中途半端な粘性。
何でも食べてしまう偏食性を持っており、街ではごみ処理や下水処理に使われていることもある。
また、人間を見てもめったに襲ってこない温和性もあり、一応F級の魔獣として登録されてはいるものの、ペットとして買う人間がいるくらいである。
「……一応倒しておくかな?迷宮最初の魔獣だし……」
そう思って、スライムを見下ろす。
とうのスライムは何の危機感も抱いてないようで、ぽよんぽよんと飛び跳ねていた。
「……」
ぽよんぽよん。
「……」
ぽよんぽよん。
「……かわいい」
うん。
狩るのはやめといてあげよう。
なんたってスライムだし。
危険性ないし。
利益もないし。
何にしても可愛いし。
「……元気で生きるんだぞー」
そう言って僕は、持っていた干し肉をひと切れ落とす。
その音に反応したようで、スライムは飛び跳ねるのをやめるとじっと干し肉を見つめた(?)
そして、いいの?というようにぶるぶると体を震わせると、干し肉の上に乗っかって食べ始める。
(……かわいい)
食べている間のスライムも、楽し気にプルプルと体を震わせていて、喜んでいるのがひしひしと伝わってきた。
その姿はとても愛らしく、ペットにする人がいるというのも頷けた。
これからスライム見つけても攻撃しないようにしよう。
僕はスライムの食事風景を眺めながら、そう決めた。
しばらくして干し肉を食べ終わったスライムを見送ると、僕は再び歩き始める。
そして少し歩いたところで、分かれ道に差し掛かった。
「最初の分岐点か。えーっと、どっちに行けばいいんだったけ」
そう言って受付でもらった地図を広げる。
二層までの最短ルートが、簡単に描かれている地図だ。
「うーん、右に進むと魔獣の巣、左は二層への道か……」
ここで左に行くのが正解なのだろうが、あいにくと今日の目的は二層に行くことではない。
魔獣を狩って、金にするのが一応の目的だ。
「左に行って戻ればいっか」
そう決めると僕は、迷わず足を踏み出した。




