8.ムカデ
「うわあ……」
魔獣の巣、たったそれだけの情報で来たのは間違いだったかなあ、と僕は目の前の光景を眺めながら思う。
せめてどんな魔獣なのか聞いておけばよかった。
「でもまさかこんなのとは思わないだろ……」
それは、大きな虫の巣だった。
ムカデを大きくしたような体躯の、虫型の魔獣。
それが丸いツボのような大きなくぼみに、何匹も何匹も溜まっている。
重なりながらうじゃうじゃ、うじゃうじゃと動くその様子は、まるで巣自体が一つの大きな生き物なのではないかと錯覚させられた。
「虫っていまだに苦手なんだよなあ……」
魔窟にいたときも虫型の魔獣はたくさんいた。
それらと戦っていくうちに少しは慣れたと思ったのだが、生理的嫌悪感はそう簡単には克服できないらしい。
ゴキブリとかは、見つけたら家の中にいる奴全部殲滅するぐらいには嫌いだけど。
「まあ魔窟でも、虫の魔獣を巣ごと燃やしたりしてたか……」
そう考えると、慣れたと思ったのは気のせいだったのかもしれない。
それにしてもどうしよう、と巣の中にいるムカデたちを見下ろす。
個人的にはこのまま焼き払ってしまいたいところ……
「いや、洞窟内だから炎はまずいか?やるなら生き埋めにするとかで……」
そうしたいところなんだけど。
実際この巣が壊滅していたのを発見されたら、騒ぎになるかもしれない。
力をある程度隠して、神様や貴族に目を付けられないようにしたい僕にとって、それはいいことではない。
まあクラリスさんを助けちゃった時点で、貴族とかには目を付けられそうなんだけど。
それは置いておこう。
「ひとまずは逃げますか。ここで能力もってるってばれると厄介だし」
虫ともあまりかかわりたくないし。
そう思い、足音を消して立ち去ろうとしたその時。
僕の足元にあった石が蹴飛ばされ、カラン!という軽快な音をたてながら巣に落ちた。
「まず……」
魔獣。
それは魔力を異常に帯びた動物、または昆虫、あるいはそのどれにも属さない生物のことを言い、その種類は多岐にわたる。
元から魔力量の多い生物、魔窟や迷宮などでゆっくりと変質していった動物、死者が魔力の影響を受けて動き出したアンデット。
その中には、ただの動物によく似た魔獣も多数存在する。
その多くは元になった動物の特徴を受け継いでいるのだが、中にはそうでないものもいる。
すなわち、見た目と特徴が一致しない魔獣だ。
そして先ほどまで眺めていた大きなムカデ。
それは後者に当たる、例外的なものだった。
名はノストセンティピード、この迷宮にしか存在しない特別な魔獣。
大きなくぼみに巣をつくり、洞窟内をはいずりまわってエサを探すこの魔獣は、ただのムカデとは決定的な差異を持っていた。
土に潜るムカデとは違い、地を移動するこの魔獣が持っている特徴。
それはある感覚器官の発達だった。
薄暗い洞窟の中を進むにあたって、目は退化した。
もともとない鼻は言わずもがな、ムカデにとって大切なはずの触覚さえも切り捨てた。
そうして研ぎ澄まされていったのが聴覚、耳だった。
その時、ムカデの発達した聴覚はしっかりと小石の落ちる音をとらえていた。
そこから少し浮いていたのか、巣に近くなった途端に聞こえなくなってしまった足音とは違う、鮮明な音。
その聴覚の持つ、優秀な空間把握能力はすぐに音の出所を割り出して――
「――こうなるよね……っ!」
ズズズズズズズズ、という音が聞こえるかのように。
何匹ものムカデが洞窟の床を、壁をはいずりながら登ってくる。
僕をターゲットとして認定したらしく、ムカデの頭はこちらを向いていた。
「仕方ない。向かってきたんだったら倒されても文句は言えないよね、っと」
できるだけかかわりたくもなかったが、向かってくるというなら倒すだけ。
そう考えると僕は、ムカデたちに向かって熱線を浴びせる。
鉄すら一瞬で溶かす超高温の光の刃。
いくら硬そうな甲殻があるとはいえ低級の魔獣にそれを防ぐすべもなく、ムカデたちは体に大きな穴をあけながら、または消滅しながら倒れていった。
しばらくもしないうちに、ムカデの巣穴は無残な墓地へと変わっていた。
「あー、洞窟にも被害が……」
見ると洞窟の壁や床に、小さな穴が開いている。
おそらくは熱線がムカデを貫いた後も勢いを失わず、洞窟の壁や床を溶かして突き進んでいったのだろう。
これがほかの冒険者とかに当たってなければいいけど。
「今後はこの魔法、控えるようにしようっと」
使い勝手のいい魔法なんだけどな。
火魔法だか光魔法だかわからないけど。
「……あのムカデって確かE級だったよな」
硬い甲殻を持っているが、動きが遅く、油断しなければ倒せる魔獣。
ギルドの研修でそう教えられた気がする。
討伐証明部位は、確か、頭に生えている短い触覚だったか。
「二、三個切り取って、はぐれを倒したことにしようっと」
E級の魔獣数匹だったら、新人冒険者が倒してもおかしくはないだろう。
今日はもう疲れたし、少し洞窟で暇をつぶしたらもう帰ろう。
「風刃」
そう考えると僕は、近くにあったムカデの触覚を二つ、まとめて切り裂く。
そして、触るのも嫌だったので、そのまま浮かせてバッグの中へとしまった。
「よし!今日のお仕事完了!こうしてやってみると意外に簡単なもんだなあ」
ちょっと魔獣を倒しただけでお金が入ってくる。
ほかの冒険者にしてみたら命がけで大変なんだろうが、僕にしてみたら大した手間じゃない。
なんて楽な仕事なんだろう。
「……一層は魔獣があんまりいなかったし、今度は二層から行ってみようかなあ」
冒険者ギルドで見た依頼書は、二層のものが格段に多く、次いで三層、一層となっていた。
大方、二層で活動する冒険者も多く、取れる物の希少性もそれなりにあるからなのだろう。
明日はいい依頼でもさがして、なかったら二層でまた討伐依頼をすればいや。
ぼくはそんなことを考えながら、来た道を戻っていった。
ちなみにギルドに戻り、受付にいたルネさんに触覚を見せたら、「こんなきれいな断面、何を使ったんですか!?」と驚かれたのはまた別の話である。




