3.迷宮都市ラビル
(気まずい……)
馬車の中。
僕はクラリスさんにじっと見つめながら、居心地の悪さを感じていた。
話の続きは馬車の中でといわれたはいいものの、馬車に入ってからクラリスさんは一言も話しかけてこずにずっとこちらを見てくるのだ。
護衛の人たちも心なしか、ちらちらと僕の方をうかがっているような気がする。
(やっぱ怪しまれてるよなぁ……)
街も何もないようなところから突然現れた、謎の男。
今の僕を客観的に見たら、そんなところだろう。
しかもオリジナルの魔法を使うというおまけつき。
たまたま襲われたところを助けたからよかったものの、そうでなかったら護衛たちに切りかかられてもおかしくない怪しさだ。
やっぱりもっとソフトな魔法使った方がよかったかな……
「あの……」
あまりの居心地の悪さに、僕はクラリスさんに話しかける。
「何でしょうか、エルさん?」
「あ、エルでいいですよ。それで、クラリスさんたちは何をしにこんなところまで来たんですか?こんな魔窟の近くに」
服装などから見るに、クラリスさんは力のある商人の娘か、もしくは貴族か。
とにかく平民ではないのは確かだ。
別に冒険者などではないクラリスさんが、魔窟近くの田舎にわざわざ出かけてくるわけが分からなかった。
「私もクラリスで結構です。……ここへは用事があってきたのです。まあなんて事のない私事ですよ」
「はあ……」
なんかはぐらかされた。
それほど知りたかったわけでもないのでいいけれど。
「それよりエルさ……エルはなぜここに?近くに集落もないこんなところで」
「え?あー。それはですね……」
どうしよう、一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。
どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。
正直に言っても信じてもらえないだろうし、特に設定とかも決めていなかったし……。
まあいいや、適当に話してしまおう。
「えーっとですね……。僕は、このへんの田舎で魔法の研究をしていたんですよ。ただちょっと引きこもりすぎたので、久しぶりに外へ出ようかな、と」
「魔法の研究、ですか。なるほど、だからあんな魔法を……」
よし、どうやら魔法の件もごまかせたようだ。
「私の都市にも魔法の研究者はいますが……。あなたほど若い人は珍しいですね。その歳で魔法を修められてるとは」
「いえいえ、修めているわけでは。ただちょっと魔法が得意なだけですよ」
「とてもそうには見えませんでしたが……」
少し怪しまれているような……。
クラリスの視線からも、そのような雰囲気を受ける。
話を逸らさなければ。
「そういえば、この馬車どこに向かっているんですか?まだ聞いていませんでしたけど……」
「ああ、そういえば。この馬車は迷宮都市ラビルというところに向かっているんですよ。知っては、いますよね?」
クラリスのから察するにそこそこ有名な町らしいが、もちろん僕が知っているわけもない。
「すいません、引きこもりでしたので……。よかったらその街について教えてくれませんか?」
「そ、そうなんですか……。ここら辺では知らない人がいないような街なんですけどね」
クラリスは若干驚いたような表情を見せる。
「ラビルは迷宮都市という名前の通り、地下迷宮を産業の中心とした都市です。……地下迷宮はわかりますよね?」
「ええ、まあ」
嘘である。
この世界で地下迷宮と称されるものについて、僕の知っていることはない。
そのようなものは魔窟にもあったけれど。
僕の「?」な様子に何かを察したのだろうか。
クラリスの説明は迷宮についてのことに変わる。
「……一般的に知られている迷宮っていうのは、通路があって、罠があって、宝箱があってみたいな感じですよね?それらは昔の人間や、魔族とかが作った要塞なんかに、魔獣が住み着いたりしてできる、人為迷宮というやつなんです。しかしラビルにあるものはそれとは違います」
クラリスは息をつくと、言葉を続ける。
「そこにあるのは、自然迷宮、と呼ばれるものなのです。自然迷宮のでき方はまだわかってはいませんが、魔力の影響を受けた地下洞窟が変形したものだと考えられています」
「魔力の影響……」
強い魔力を受けて、そこにある自然、環境に影響が出る。
魔窟と同じ理屈だ。
「自然迷宮の中の多くは謎に包まれています。というのもその規模が大きく、冒険者たちだけでは攻略しきれないからなのです」
「そこまで……」
ラビルが大きな街であるのならそこにいる冒険者の数も相当のはずだ。
なのに迷宮の少ししか探索されてないということは、相当広いか、もしくは難しいのかだろう。
「自然迷宮の中は、『層』で分類されます。一層、二層、三層、って具合にですね。そしてその層ごとに、独自の環境、生態系が築かれているらしいです。そしてその中には、外の世界にないような珍しいものもたくさんあるんだとか。それの採取とかが冒険者の仕事でもあるんですよ」
「なるほど。自然迷宮ってまるで小さな魔窟みたいですね」
「いわれてみれば、そうですね。まあ魔窟の強さは桁違いですけど」
そう言ってクラリスは苦笑する。
「少し話がそれてしまいましたね。ええと、ラビルのことでしたっけ。ラビルはその、自然迷宮からとれる産物を取り扱う商人や、迷宮を攻略する冒険者たちが集まって栄えた場所なんですよ」
「ああ、鍛冶屋とか、宿屋とかが集まってできた街だと」
「ええ。それから農業とか工業とかも発展してですね、国内でも最大級の都市なんですよ」
そして国内最大級の都市の名前を、僕は知らなかったと。
引きこもってたというのでもかなり無理があることに今気づいたが、クラリスは追及しないでくれたらしい。
正直ありがたかった。
「エルは身分を証明できるものとか持ってたりはしますか?」
「ないですね。……あ、そういえば」
「身分証のない人が都市に入るには、いろいろ手続きを踏まなきゃいけないんですよ。犯罪歴がないか、とか」
それのことを忘れていた。
「めんどくさ……」
思わず僕は呟いてしまう。
すると、その言葉が聞こえたのだろう。
クラリスが僕を見てクスリと笑った。
「今回は、私と一緒なので手続きなしでも行けると思いますよ?……ただ、この先いろいろ不便になるでしょうから、ラビルに着いたら冒険者の登録をしてみたらどうですか?」
「冒険者、ですか?」
「ええ。一番簡単な身分証の作り方ですし。……それにあなたの実力なら、冒険者になるのが一番稼げると思いますよ?」
冒険者か。
冒険者になることを考えてなかったわけではなかったが、迷宮に挑むなんて気は全くなかった。
果たしてラビルで平穏な生活が送れるのかと若干不安に思いつつ、僕は馬車に揺られていった。




