22.お別れ
しばらく切り刻まれて。
龍の全身は傷だらけになり、何も寄せ付けないようだった鱗が見る影もなくなっていた。
前足も一本が切り落とされ、翼もボロボロになっている。
これだけ傷つけられればいいだろう。
そう思うと、僕と勇者を隔てるようにして障壁を張る。
僕が開発した特別製の障壁ではなく、どこにでもあるような普通の魔法障壁。
少しの時間稼ぎをしてもらうだけなので、これで十分だ。
「……っ、まずい!もしかしたらほかに出口があるのかも。逃げられる!」
魔法障壁を張って撤退を始める僕を見て、逃げると思ったのだろう。
猫耳の子がそう叫ぶ。
別に逃げたりはしませんよ。
悪い邪龍はここで討伐されるのだから。
そんなことを考えながら、僕は勇者たちからじりじりと離れていく。
そして、勇者の視界から僕が外れた瞬間変身を解き、同時に回復魔法を自らにかける。
「さて、ここからはスピード勝負になるな。まあ魔法職いなかったから、あれを壊すのに時間がかかると思うけど」
そう呟くと同時に、僕は洞窟の中を駆け抜ける。
全力で。
音速を超えているのかとも思えるほどのスピードで。
最奥へたどり着くと、僕はまず食糧庫に向かった。
そこには最終手段の非常食として取ってあった邪龍の死骸が、鎮座している。
それを取り出すと洞窟内の適当な場所へとおいて、まるで力尽きて倒れたようなポーズをとらせた。
「おっと、傷をつけるのも忘れずに」
腕も切り落としておかなきゃな、と僕は邪龍の体をすぱすぱと切り刻む。
一瞬もしないうちに邪龍の体は傷だらけになり、どこからどう見ても戦った後のようにしか感じられなかった。
「よし、こんなもんでいいだろう」
こんなところに時間を取られてもいられない。
そう呟くと、僕は邪龍の亡骸に背を向けて、家の中へと入っていった。
中ではイースがのんきに作業をしていた。
「あ、エル。おかえりな……」
「イース、時間がない。聞いてくれ」
僕は言葉を遮るようにしてイースの肩をつかむ。
「エ、エル?」
僕のただならぬ雰囲気に何かを感じたのだろう。
イースが戸惑った様子で問いかけてくる。
さて、何から話そうか。
簡潔に、しかしイースが助けられた後も混乱しないように……
「今、勇者がここに来た。邪龍を討伐しに来たらしい」
「勇者様が?……あ、でも邪龍様はエルが……」
「そう。だけど邪龍はここで討伐されることにする。言ってることはわかる?」
「えっと……」
突然のことで困惑しているのだろう。
しかし少しづつ事態の雰囲気がつかめてきたのか、イースが不安げに僕を見つめる。
「大丈夫、僕は死なない。勇者にも負けることはない」
「すみません、エル……。言ってることが……」
自分で言っててなんだが、これだけで理解できるとは思えない。
ただ、イースは賢い。
すべてが終わった後、邪龍が討伐されてイースが救出されたときには分かるだろう。
それに、もう説明をしている暇もないのだ。
「催眠」
そう呟いて僕は魔法を発動させる。
単純な、眠りの魔法。
とても戦いで使える魔法ではないが、まだ魔法抵抗力の低いイースにかける分には簡単だ。
ふと視線をずらすと、まだ途中になっていた用意の跡が散らばっているのが見える。
もうすでにカバンの中はいっぱいになっており、外出をとても楽しみにしていたことが分かってしまった。
「……街に行くって言っていた約束、守れそうにないな。ごめん。起きたら勇者にでも頼んでみればきっと連れて行ってくれるよ」
「……いや、です……エルと、一緒に……」
魔法が効き始めたのか、イースの体から力が抜けていく。
それを支えながら、僕は最後のセリフを口にした。
「それじゃあ、またね。またどこかで、会おう」
「まって、く、だ……」
かくんと、イースから力が抜ける。
魔法が完全にかかったようで、イースはすやすやと静かな寝息を立てていた。
「……お休み、イース」
イースが寝ていることを確認すると、着ている洋服を質素なものに錬金する。
そしてイースを抱えて外へ出た。
生贄役と、邪龍役が整って準備が終わったように感じるが、まだ最後の仕事が残っているのだ。
僕は数歩進んでから振り返ると、この世界に来て初めて作った自分の家を見上げた。
「まさかこんな形でお別れになるとはなあ……」
洞窟に来たばかりの時は、部屋が一つだけの簡素な家だった。
それから家づくりにも慣れてどんどん部屋を増やして、ついには二階建てになったんだっけ。
イースが来てからはさらに部屋を増やしたり、プライベートな空間も作ったりしなきゃいけなかったから大変だった思い出がある。
ここに来てからの僕の生活の基盤となっていたこの家。
簡単に壊せるぐらいのものでしかないと思っていたが、いざその時が来てみると意外と愛着があったことに気付かされる。
だけどこれを、そのまま残しておくことはできない。
「ん、結構早いな……」
魔力障壁が壊された。
予想より早かったのは、さすがに勇者パーティーと言ったところだろうか。
しかしこれで、もう時間もなくなっているといってよかった。
「防音しとくか……」
もう躊躇している暇はない。
勇者たちはすぐそこまで来ている。
「……それじゃあ、さようなら」
一瞬の間を挟んで。
家のあった場所に大きな爆発が起こる。
そこにあったはずの二階建ての建築物は、その跡も残さずに消滅した。
「よし、隠れなきゃ……」
狙い道理ではあるものの、何もなくなった洞窟の中は、ここで二人の人間が暮らしていたなんて考えられないほどにからっぽで。
イースと送った生活がまるで嘘だったかのように感じられて、少し寂しかった。




