23.生贄の少女
「よし!やっと壊れた!」
洞窟をふさぐようにしてかかっていた防御魔法が破壊される。
その瞬間、コウキは思わずそう叫んでしまった。
この先にいる獲物のことを考えたら、それも仕方がないだろう。
討伐対象、邪龍。
かすっただけで勇者であるコウキに傷を負わせる攻撃と、聖剣でも致命傷を負わせることのできない硬い鱗を持つ魔獣。
かなり強力な龍と聞いていたが、まさかこれほどだとは思っていなかった。
もしかしたら災害級と呼ばれる魔獣にも匹敵するのかも、という考えがコウキの中にはあった。
「早く追うぞ!先に行ったリィの様子も気になる!」
「お、おい!」
シーフの位を持つリィはある程度妨害魔法に対する抵抗力を持つ。
故に邪龍が張った防御魔法もすり抜けることができ、邪龍が逃げてしまわないように先行していた。
言うが早く、コウキは洞窟の中を駆け抜ける。
後ろにいる仲間たちを振り切るような形となってしまっていたが、コウキにそれを気にするだけの冷静さはなかった。
あの強敵を逃がしておけない。
その一心で駆けていたのだ。
段々幅が広くなり始めている。
コウキは駆けながらそう思う。
上下左右の壁の距離が、心なしか広がって言っているような気がするのだ。
「まさかこの先地下大洞窟みたいになってないだろうな……」
そう考えながらも洞窟を駆けていると――
「――うわ!」
唐突に開けた場所に出た。
天井は高く、今までの洞穴とは比べ物にならないくらいに広い。
コウキが出てきたところ以外に見当たる穴もなく、どうやらここが洞窟の行き止まりの様だ。
「っ、邪龍!」
思わず洞窟の中を眺めてしまったが、その中にうずくまるようにしている黒い龍がいるのを見て、コウキはとっさに戦闘態勢をとる。
敵から注意をそらしていたさっきの状態などは、隙だらけもいいところだった。
「……あれ?」
少しの間邪龍と対峙していたコウキは、あることに気付く。
コウキが敵意をむき出しに邪龍に向かっているというのに、邪龍はこちらを向く気配がないのだ。
それどころかうずくまった状態からピクリとも動かない。
おかしいなと思っていると、後ろから複数の足音が聞こえてきた。
おそらくは振り切ってしまった仲間だろう。
「コウキ!一人で先に走っていくなよ!危ないだろ!」
「……そんなことを言っている場合じゃないでしょ、シードル。……リィ、邪龍は?」
コウキはその言葉に、先行していたはずのリィが隣に立っていたことに気づく。
「邪龍は、あれ……」
そう言ってリィは邪龍を指さす。
その先にはいまだに先ほどと体制を変えていない龍の姿があった。
「……微動だにしていない……、もしかして呼吸もしていない?」
「おいおい、リィが倒したのかよ」
「……違う。私が着いたら、もう邪龍はあの状態だった」
そう言うとリィ―は邪龍に向かって歩いていく。
リィ―が接近しても、やはり動いた様子のない邪龍。
もはや意識がないのはわかりきったことだったが、その後のリィ―の検分でそれは確定となった。
「まさかこいつがここで死んでるなんてね。僕がとどめを刺したかったのだけれど、仕方のないことか」
「……どうやら傷を負ってここまで来て、そこで絶命したよう。出血量がやや少ないのが気になるけれど……」
「そんなことはどうでもいいよ。大切なのは邪龍は倒されたこと、それだけだ」
そう言うとコウキは邪龍の角の部分を切り取る。
冒険者ギルドの定める龍種の討伐証明が角だからだ。
本当は首を丸ごと持っていきたかったのだが、さすがにこの大きさの首は持っていけない。
コウキもそのあたりはわかっていた。
「さてと、これでひと段落だな……っと、そうだ。捕らわれていた女の子は?」
本来の目的である、女の子の救出。
それを一瞬でも忘れてしまうだけ邪龍の衝撃が強かったということなのだが。
ぐるりと辺りを見回すと、石の塊が積みあがってできた小さな山があって。
「あそこか……?」
そしてコウキがその山を登り切った時。
そのてっぺんに彼女を見つけた。
質素な麻の洋服を身にまとった少女。
生贄にされていたからなのか、その体はやせていた。
しかしそんな不健康そうな様子なのにもかかわらず。
「――可愛い……」
コウキはその素直な感想を、思わず口にしてしまった。
整っていながらも、まだ幼さの残っている顔立ち。
忌み子時代のストレスの名残である長い白髪も、少し陰のある面立ちも、それらすべてが神々しさを感じさせるほどだった。
「……この子、すごい」
コウキが思わず見惚れていると、いつの間にか隣にいたエレンも驚きの声を上げる。
しかしそれは、コウキが感じたような彼女の容姿についてではなかった。
「魔力の量が普通じゃないです。今までで私が見てきた中でも上位に入るくらいに。……もしかしたら宮廷魔術師を超えているかもしれません。」
「そんなにか……」
しかしそんな驚くべき事実でも彼女の持つ雰囲気を見ると、当たり前なのかもしれないとさえ感じる。
コウキはそれほどまでに、目の前の少女に呑まれていた。
「コウキ様―、生贄の少女いましたかー?」
「っ、あぁ。ごめん、今連れてくるよ」
エリーの呼ぶ声にコウキがはっとする。
横たわっている少女の雰囲気を壊したくはなかったが、コウキは少女を抱えてエリー達の元へ戻った。
「この子が……」
「おお……」
シードルとエリーも少女の顔立ちに声を漏らす。
少女の雰囲気か魔力量か、あるいはその両方に気づいたのだろうが。
「よし、じゃあ村へ戻ろうか」
そう言ってコウキは、少女を連れて元来た穴へと戻っていった。
村に帰ったコウキ達。
少女を見た村人たちが何やらざわついていたようだったが、コウキ達は少女の雰囲気のせいだと納得した。
今は生贄にされていたショックのことを考えて、村長の家の一室に寝かしている。
その穏やかな寝顔を見ながら、コウキは真剣な顔で口を開いた。
「皆、聞いてほしいんだけど、提案があるんだ」
「……コウキ様の意見はこのパーティーの総意。提案なんてなさらなくても決定すればいいんですけど……」
「それもそうかな。まあでも一応。……あの少女を仲間に加えたいと思うんだよ」
さすがにその言葉は予想外だったのか、その言葉にエリー達が驚く。
「さすがにそれはどうなんだよ……。あの子は戦闘経験ないんだろう?」
「だけどそれは僕たちでフォローすればいい。それにあの子の魔力量は規格外だから、訓練すればきっと強い魔法使いになるはずだ」
「まあそれはそうだが……、強制的に連れていくのか?」
シードルの少し皮肉気に言うと、エリー反応して立ち上がる。
「シードル!あなたコウキ様に……」
「エリー、いいよ。……強制的には連れて行かない。彼女がいいと言ったらでいいだろう?」
「それなら、まあ……」
シードルが渋々頷く。
コウキが彼女に配慮したと思ったのだろう。
シードルだってこのパーティーの一員なので、コウキの提案にも強気には出れないのだ。
話がまとまったように聞こえたその時。
コウキのそばから、うぅんという唸り声が聞こえてくる。
話し合いの声がうるさくて、少女が目を覚ましてしまったのだろう。
そして
「……ここは……」
少女はむくりと体を起こして、あたりをきょろきょろと見回した。




