21.勇者との遭遇
翌日。
初めての外出の準備を嬉々としてやっていた時。
それは突然やってきた。
「……なんで今来るかなー」
僕はタイミングの悪さにげんなりしながら、そう呟く。
人間大の魔力反応が5つ。
まとまってこの洞窟に向かってきていた。
その全員が普通よりもはるかに高い魔力を持っており、あの村にいる村人ではないことが分かる。
人数から見ても、冒険者のパーティーか何かだろう。
おそらくは邪龍を討伐しに来た冒険者か。
「僕も楽しみにしてるんだよなあ、外出。……仕方ない。今回はお引き取り願うとするか」
邪龍を討伐しに来る冒険者が現れることは、予想できなかったことではない。
そして、それの対策や解決方法などもいろいろ考えていたのだが、いかんせん間が悪すぎる。
今回はそれを使うこともないだろう。
「イース、ちょっと出てくるね」
「わかりました。早く帰ってきてくださいよ」
近くで作業をしていたイースに一声かけると、僕は家の外へ出る。
冒険者たちはもう洞窟の入り口にまで到達しているようだ。
そこで立ち止まって何かをしているようだが、僕には関係のない話だ。
「さて、邪龍様の恐ろしさを体感しておくれ、っと」
頭の中で邪龍の姿を思い浮かべて、龍体型へと変身する。
人間のままで追い返してもいいのだが、それだと指名手配とかされて街へ入れなくなるかもしれない。
安全策をとって、龍体型のままで行くことにしたのだ。
最初のころとは違って、僕の変形もスムーズに行えるようになってたな、と感じながら、僕は翼を操作して洞窟の中を突き進む。
その操作もなれたもので、しばらくもしない間に僕は洞窟の入り口にたどり着く。
入り口には魔力探知で引っかかった通り、五人の冒険者の人影があった。
(前衛一人、剣士二人、金髪の子はヒーラー、かな?猫耳の子は何だろう。服装を見るに魔法職じゃなさそう)
昔生まれの村で見た冒険者たちの格好を頼りに、一人一人の役割を推測する。
魔法使いがいないのが少し気になるが、おおむね平均的な冒険者パーティーといえるだろう。
まあ僕も、そんなに冒険者のことに詳しいわけではないが。
僕、というか邪龍が接近してきたことに気づいたのだろう。
猫耳の子が何かを叫ぶと、全員が一斉にこっちを見る。
そして一瞬もたたないうちに、全員が構え、隊形を整わせる。
隙をつかれる形となったのに、この機転の切り替えの早さはさすが手練れの冒険者と言ったところ。
見たところ歳を重ねた冒険者といったような顔は見られないが、いずれにしても天才か、英雄の類だろうか。
「邪龍だな?」
冒険者のうちの一人、一際魔力量の高い青年が、僕に問いかけてくる。
この世界では珍しい、黒髪黒目の青年の顔立ちはどこか懐かしいような気もして。
もしかしたらという気持ちが僕の中に生まれてくる。
威圧の意味も込めながら僕がじっと見降ろしていると、青年は自らを鼓舞するようにして叫んだ。
「僕は勇者!悪しき邪龍よ、生贄にされた女の子を返してもらうぞ!」
(――っ、勇者!?)
言うが早く勇者と名乗った青年は剣を抜き、ものすごい速さで僕に切りかかる。
そして冒険者たちもそれを皮切りに攻撃を加え始めるが、そんなことを気にしていられないほど、僕は今の言葉に衝撃を受けていた。
それは目の前の存在が勇者という子ではなく。
(イースが生きていることを知っている?)
普通だいぶ前に生贄に出された存在のことなど、死んでしまっていると思うのが普通。
しかし勇者は、生贄にされた少女、つまりはイースのことを返してもらうと言った。
それはイースが生きているということを確信していること。
どこでそれを知ったのかと考える間もなく、僕は答えにたどり着く。
(バーレンさんか……)
魔獣暴走が起きたあの時、イースはバーレンさんと会って言葉を交わしていた。
その時にイースが洞窟へ行くとでも言ったのだろう。
それをバーレンさんが村を訪れた勇者に言って、もしかしたら討伐の依頼をしたのかもしれない。
「おっと、危ないな」
勇者たちの攻撃を時にはかわし、時には受けながら僕は思考を続ける。
(勇者となれば厄介だ。追い払うという選択肢はできなさそうだし……)
当初適当に威嚇でもして冒険者を追い払うつもりだったのだが、この勇者は逃げてくれないだろう。
勇者の発言や行動から、何となくそう感じる。
かといって殺してしまうわけにもいかない。
子供のころに少し聞いたぐらいの知識だが、勇者と言ったら魔王と戦うという重要な役割を持っているはず。
神様が世界の守り手だとしたら、勇者は人類の守り手ともいえる存在。
勇者がいなくなるということは、人類に大きな損失を与えることにつながるのだ。
(でも逃げることもできないし……)
八方ふさがりだ。
どうすることもできない。
とりあえずの攻撃を適当に受け流しながら、勇者たちが死なない程度の軽い攻撃をしているが、これをいつまでも続けるわけにもいかないだろう。
(しかし、こいつほんとに勇者なのか?……弱すぎるだろ)
さっきから僕に切りかかってくる勇者。
確かに身体能力に関しては驚くほどに高いが、攻撃が単調すぎる。
特殊魔法のような力の気配も感じるが、一向に使ってくる気配もないし。
仲間たちとの連携も拙いし、もし僕が魔窟の中層レベルの魔獣だったら勇者たちの負けは確定しているようなものだろう。
いくら攻撃しても僕に聞いてないと悟ったのか、勇者たちはいったん攻撃の手を休めて僕と対峙する。
「はあ、はあ、……まさかここまでとはね。だけど僕は負けるわけにはいかないんだ!捕らわれの女の子のためにも!」
疲れながらも諦める様子のない勇者。
(これは……仕方がないかな)
その様子を眺めながら僕は呟く。
できれば使うときがないようにと思いながら考えた策。
今回使うまいと思っていた解決策を、しなければいけないようだ。
(あーあ、外出、楽しみにしてたのになあ)
そんなことを考えながら、僕は勇者たちを見据える。
どうやら僕と対峙していたのは回復を受けるためだったらしい。
体力も一気に回復させられたのか、まだまだこれからだという表情で切りかかってくる勇者。
その拙い剣筋を見極め、それが僕に届く瞬間に――
――ざっくりと、腕を切り取らせた。
慣れることのできない感覚が僕を襲う。
痛覚は完全に遮断しているのにもかかわらず、自らの一部を切り落とされるという本能的な恐怖が、痛みがあるかのように感じさせる。
避けられたのにもかかわらず、仮に受けたとしても完全にはじけるのにもかかわらず、僕が攻撃を受けたわけ。
それは簡単だった。
逃げることもできず、追い払うこともできず、かといって戦うこともできないのならば、討伐されてしまえばいい。
相手がそれを望んでいて、僕も別にそれでいいのなら、それが一番簡単な方法だ。
とはいっても僕自身が殺されるわけではない。
ある程度負傷したら僕は洞窟の奥にでも逃げて、保存魔法をかけて取っておいた邪龍の死骸と入れ替わるつもりなのだ。
保存魔法をかけられた邪龍の死骸は、いわば殺されられた直後の状態を保っている。
それを見た冒険者は、こう勘違いしてくれるだろう。
傷ついた邪龍が住処へと逃げ、そこで死んだ、と。
僕は洞窟の壁にでも隠れて、冒険者が帰るのを待ってればいいという寸法だ。
ただ、これには一つ欠点があった。
それが
(勇者がイースの存在を知ってるってことなんだよなあ……)
そう。
勇者の目的は邪龍を討伐することではなく、イースを助けることにある。
邪龍が討伐されたと勘違いすれば、イースを救出して村へと連れ帰るだろう。
もしイースが忌み子のままだったら決して選ばない、危険な手だ。
ただ今は。
(イースにとってはその方がいいのかもしれないな……)
イースは魔力を手に入れた。
魔法も使える。
もう誰も、イースのことを忌み子だなんていわない。
イースは自由になったのだ。
それならば、こんな洞窟の中で僕なんかと一緒にいるのではなく、もっと幸せな生活を送れる場所へ行った方がいいのかもしれない。
街へ行くにしても勇者に頼めばいいだろう。
見た感じあの勇者は女に甘そうだから、いくらでも連れて行ってくれるだろう。
「――くらえ!悪しき邪龍!」
腕を切り落としてチャンスだと思ったのか、勇者の攻撃はさらに激しくなる。
僕はもはやそれを防ごうともせずに、ただただ切られていった。
もちろん抵抗しているようなそぶりは見せつつだが。
痛覚を遮断しているので痛みはない。
出血量も管理しているので死ぬこともない。
だから、なぜだか感じた恐怖は、きっと気のせいなのだろうと、僕はそう思った。




