閑話5.コウキの判断
「邪龍ねえ………。そんなのがこんなところにいるなんて聞いたこともないけどなあ」
「はい、村人以外には口外しないようにしていましたから……」
コウキは、部屋の中でバーレンの話を聞いていた。
「邪龍」という響きに興味を持ったコウキが、バーレンを中に入れるように言ったのだ。
「それで、それってどんなモンスター、いや、魔獣なのかい?」
そもそもコウキが魔窟に行こうと思ったのは、そこにいる魔獣を倒して効率よくレベルを上げようとしたからである。
邪龍と呼ばれている魔獣がある程度のものだったら、レベルアップのために倒しておいてもいいかもしれないと考えたのだ。
バーレンは記憶をたどるようにして言葉を紡ぐ。
「そうですね……、かなり昔からこの村の近くに住んでいる龍のことで、魔窟から来た、という噂もありますね。かなり強力な魔獣で、……昔何人かの冒険者が討伐に来たのですが、失敗した、と聞いていますね」
「それじゃあいまいち強さが分からないな。僕と比べれば、たいていの冒険者は雑魚になってしまうからね」
その言葉に冒険者出身のシードルが軽く眉を顰めるが、それはあながち間違ったことでもない。
この世界に着た頃ならともかくとしても、今のコウキのレベルは破格。
冒険者の中でコウキに肩を並べられる者は、ほんの一握りにも満たないだろう。
自分の実力が魔窟にも通用すると思ったコウキの自信も、あながちうぬぼれだけでもないのだ。
それが本当に通用するのかどうかは置いといて。
さらに邪龍の強さを確定させようと、リィ―が口を挟む。
「……邪龍の姿かたちについて、何か知ってることは?」
勇者パーティーにおけるリィ―の役割は斥候。
魔獣の種類や強さについても、ある程度詳しかった。
「そうですね、……これは私の記憶なんですが、邪龍が村の近くを飛んでいたところを見たことがあるんですよ。その時見えた鱗の色が、確か黒色だったような……。それしかわからないですね」
黒色、と聞いた瞬間、リィ―は若干驚いたように目を見開く。
めったに表情が動かないリィ―にしては珍しいと、コウキが気になったように問いかけた。
「リィ―、邪龍の正体が分かったのかい?」
「……完全に特定はできない。だけど、これはやめておいた方がいいかもしれない」
「大した魔獣でもないってことか」
「……その逆。とても強力な魔獣」
リィ―の言葉にコウキの顔が固まる。
隣に座っていたエリーも聞き捨てが鳴らないといった様に、怒気をあらわにした。
「それは、コウキ様がその魔獣に劣るって言いたいわけ?」
「……そうではない。ただ、ここで戦うのは得策ではないというだけ」
「私には、そうって言ってるようにしか聞こえないんだけど?」
二人の間に剣呑な空気が流れる。
エリーはリィ―を睨みつけ、今にも言い合いが始まりそうな雰囲気を漂わせている。
しかし
「エリー、やめろ。そんなことで僕は起こったりしないよ」
「コウキ様がそういうなら……」
コウキの一言でエリーが引き下がる。
リィ―の方はというと、最初から気にしていないようだった。
場が落ち着いたと判断したのだろう。
リィ―はエリーを一瞥すると、説明に入る。
「……話を聞いている限り、邪龍というのは正当な龍の種類ではなさそう。龍に黒いものはいないから。龍の亜種か、もしかしたら特別な個体なのかもしれない。どちらにしても本物の龍よりは強い力を持っていると考えられる」
疑問に思ったことがあったのか、コウキが手を上げてリィ―の話を遮る。
「ちょっといいかな。本物の龍より強いって言ったけど、龍の亜種ってことは、龍よりは弱いんじゃないのかい?」
「……たいていの亜種は、そう。だけど中には龍の力を超えるものもいる。邪龍は多分そのうちの一つ。長い間魔力を吸収し続けて、黒い鱗を持つようになった種類だと思う」
「そうか……。魔窟の近くに長く住んでいたっていうから」
コウキはリィ―の言葉を聞いて考え込む。
リィ―は説明は終わったとばかりにコウキから視線を外した。
「それで、どうするんだよ。結局行くか行かないか」
シードルがコウキに問いかける。
このパーティーのリーダーはコウキで、ほかのメンバーは勇者であるコウキを補佐するためだけに存在する。
他がどういおうと、コウキの意志でパーティーの行動が決まるのだ。
少しして、コウキが告げる。
「今回はやめておこうか。リィ―もそう言ってることだし。その方がいいんでしょ?」
「……ここで邪龍と戦って消耗するぐらいなら、魔窟へ行った方がまだ効率がいい。レベル上げを重視するのなら」
リィ―の言葉にコウキも納得したのだろう。
これで決まりとばかりにコウキは頷くと、バーレンに向き直った。
「じゃあ、僕たちは邪龍とは……」
「待ってください!もう少しだけ、話を聞いてもらえませんか!」
「そうはいってももう決めてしまったし。これ以上は……」
そう言ってコウキは手を振って拒否の意を表す。
取り付く島もないといった態度だ。
しかし。
「――生贄としてささげられた娘が、いるのです」
「生贄?」
続くバーレンの言葉に、コウキが食いついた。
「それはどういう……」
「この村には、成人した若い女性を邪龍に捧げる習慣があるのです。この村が怒りを買わないように」
その言葉にコウキ以外の一同が、目を見開く。
「……それは危険。教会にばれたら、邪教の信仰とみなされて村ごと排除されるかも」
「この村の教会は黙認してくれています……」
村に来る人もそんなに多いわけではない。
村人さえ黙っていればこの儀式が外に漏れることもなく、村人もそのことが分かっているからか口を割ることもない。
実際に、この風習は長く続いているのにもかかわらず、外の人々がそれを知ることもなかった。
「……生贄にされた少女は、まだ生きています。この前会った時に洞窟へ戻らなきゃといっていたので、おそらくは邪龍に捕らわれの身になっているのでしょう。その目的はわかりませんが……」
バーレンはそこでいったん言葉を切ると、頭を机にこすりつける。
「――どうか、お願いです!邪龍を倒して、彼女を救ってくれませんか……」
最後はほとんど掠れるような声だった。
頭を下げながら発せられた、おそらくはバーレンが生きてきた中で最大級の頼みごとに、しかしコウキの仲間たちの顔は明るくない。
それを代表するように、シードルが口を開く。
「おっさん。悪いけれど、もう……」
「――いや、やろう」
だが。
シードルが申し訳なさそうに断ろうとした、その時。
コウキがシードルの言葉を遮った。
「おい、お前さっき行かないって……」
「それは生贄云々の話を聞く前だろう。気が変わったんだ」
「でも、邪龍ってのは恐ろしく強いらしいって」
「敵わないほどじゃないだろう。僕にかかれば大丈夫さ。それに、女の子が助けを求めているんだ。行かないわけにはいかないだろう?」
さっきまで行かないといっていたとは思えないほどに、コウキの意志は固かった。
「仕方がないわね。こうなったコウキは何を言っても無駄なんだから」
エリーがそう言って立ち上がる。
リィ―とエレンも呆れた表情を見せながらも、否定的な態度ではない。
「それでは……!」
「ああ。君の願いを聞き入れよう。その女の子を救ってあげるよ」
どうしようもなかったところに突如現れた救いの手。
バーレンには、コウキの言葉がそのように感じられた。




