18.イースの魔力
「まさかエルが、邪龍様になってしまうとは……」
家の中に戻り、一息ついて。
イースはまだ驚きが抜けないようで、手が若干震えている。
「まあ、この世界で初めて見た龍が邪龍だったし」
できれば白龍みたいな神々しい龍がよかったんだけど、邪龍もまあまあかっこよかったし、いいか。
「魔窟にいた龍族は龍っぽくなかったしなあ……」
魔窟を思い出した僕は、何となしに呟く。
しかし、その独り言に反応したのかイースが訝し気に首を傾けた。
「……前から思っていたのですが、エルは魔窟に行ったことがあるんですか?」
「あれ?そういえば言ってなかったっけ」
僕はそうだったっけと、思い返す。
まあ、別に隠すことでもないし、言ってしまってもいいか。
「僕は魔窟で一年ぐらい住んでたからね。今もたまに魔窟行ってるし。あの龍も魔窟の方から来たんだよ」
「はあ……、あの龍、あり得ないぐらいの化け物だと思っていましたが、そういうことだったんですか……。それに魔窟に住んでたって……。もうエルが何をしても驚かない自信がありますよ」
そんな驚くようなこと見せたっけ。
まだ転生者って事実があるんだけどそれは黙っていよう。
僕はそう思った。
「よし。僕の変化の確認はこれくらいにして……」
僕は一息おいて、イースをじっと見る。
「次はイースの番だ」
「え!?私ですか?」
「そう。なんか気づくことない?」
僕の問いに、イースがうーんと首をかしげる。
「いわれてみれば……もやもやとした何かが、体のあたりを取り囲んでいるような……」
「お、正解。よくわかったね」
「もしかして、これが魔力というやつですか?」
イースの変化。
それは、魔力を体に帯びるようになったということだ。
忌み子であるイースが。
前までは全く見ることができなかったが、今ではその体から魔力があふれ出しているのが分かる。
レベルアップでの魔力量の上昇では説明のできないくらいの量が。
今はまだ突然のことなので魔力が駄々洩れになっているが、制御できれば一流の魔法使いといえるような量が。
もやもやが魔力だとわかり驚いた様子のイースだったが、突然何かに気づいたようにはっとして身を乗り出してくる。
「ま、魔力ってことは、私もエルのように魔法が使えるってことですか!?」
「え、うん。まあ僕のようにとはいかないだろうけど、魔法は使えるはず……ちょ、ちょっと近いよ!」
自分にも魔法を使えると聞いて興奮したらしく、イースがさらに身を乗り出してくる。
イースは最近顔色もよくなってきたので、こうも近づかれると少しドキドキしてしまう。
「へ?っあ……、すいません」
イースも冷静になってきたのか、顔を赤くして椅子に戻った。
お互いに気まずい空気が流れる。
「えーっと、そうだね。今はまだ制御できてないけれど。使えるようになったらいろんな魔法を使えるようになると思うよ」
「……、そうですか。私も錬金術使ったり魔獣倒したり……」
「まあ、できるのかもね」
本当に僕が使っているような魔法があるのかは知らないが、僕も魔力を使ってやってるんだからたぶんできるはず。
イースは僕の言葉に何か考えこむ様子を見せると、少しして口を開く。
「エル、お願いがあります」
「ん、何?」
「私に魔法の使い方を教えてくれませんか?魔法を、使えるようになりたいんです」
「うーん、それね……」
僕は言葉を濁す。
イースの言葉はある程度予想のできることだった。
忌み子だったイースが魔力を手に入れて、魔法を使いたくないわけがない。
イースに魔法を教えることにはまったく抵抗はない。
ただ、一つ問題があった。
うまく教えられないということだ。
僕の魔法の使い方は、この世界の人間が使うものとは違う。
魔力を作り出して法則に直接干渉、操作して魔法を使っている。
だからどんな魔法でも平等に使え、さらには新しい魔法を作ることすらできるのだが。
そういうわけで僕は、普通の魔法の使い方を知らないのだ。
知らないものを教えることはできない。
僕の沈黙を断られたと取ったのだろう。
イースは慌てて言葉を続ける。
「ちょっとでいいですから!何なら魔力のうまい使い方とかだけでもいいんです、お願いします!」
「いや、別にイースが魔法を覚えるのは僕としても大歓迎なんだけど……、なんでそんなに必死になってまで?」
「それは……」
イースは言い淀む。
そして、少し迷うような様子を見せたと思うと、再度口を開いた。
「……少しでもエルの助けになればと思ったのです」
「僕の?」
「はい。私はここに来てからエルに甘えてばかりいて、戦いのときも足手纏いになったりして……。そんなのはもう嫌なんです!別に戦えなくてもいい。例えば何か作るのを手伝ったり、狩りを手伝ったり、そういうことができるようになったらなと思って……」
「イース……」
そんなことを思っていたなんて。
確かにイースにできる仕事といえば薬草採取とかぐらいしかなかった。
最近で言えばちょっと家事もできるようになってきたぐらい。
そのことで僕が面倒に思ったことなんてなかったが、イース的には何も役に立てていないという罪悪感があったのかもしれない。
そう思うと、イースに対して申し訳ない気持ちがわいてきた。
「まあ、甘えるのは気にしなくてもいいんだけど……」
「それでも私は役に立ちたいんです」
イースの意志は固そうだ。
僕が教えなくても一人で魔法の練習を始めてしまうくらいには。
「わかった、僕にできることは少ないとは思うけど……」
「教えてくれるんですか!?」
「うん。明日から魔力制御の練習の時間を取ろうか」
その言葉に、イースは満面の笑みを浮かべると
「ありがとうございます!」
と元気よく言った。
とりあえず今日はもう休んで明日からと、イースが部屋へと戻り、一人になったリビングで。
僕は考え事をしていた。
「魔力の獲得……」
さらっと受け入れてしまったが、それは本来あり得ないことだ。
忌み子であるイースの魔力量はゼロ。
元がゼロなのでレベルを上げても魔力が増えることもないというのが本来の法則だ。
忌み子はどんな手を使っても魔力を手にすることができない、それが彼らが忌み子と呼ばれる所以でもあるくらいだ。
しかし今回。
おそらくはあたりに拡散した龍の魔力が、僕だけではなく近くにいたイースにも注ぎ込まれたのが原因だろうが、イースが魔力を得た。
それだけではない。
魔力だけではなく、龍に感じていた力も、イースからあふれ出ていたのだ。
それはどんなにも不思議で、不可解なことだと僕は思っていた。
「ふう……最近は不思議なことばかり起きるな」
どれもこれもあの龍のせいだと、僕は恨めし気にその姿を思い返す。
一体あの龍は何だったのかと考えそうになるが、考えても仕方がないとすぐにあきらめる。
この世界には不思議なんて満ち溢れているのだから、あの龍もそのうちの一つだったと思うしかない、と。
「それにしても、魔力を手に入れたってことは、イースが忌み子ではなくなったってことなのか」
僕は、ふと、そのことに気づく。
魔力を測る魔道具とかで確かめたわけではないが、たぶん魔力量ゼロとはならないだろう。
別に忌み子という称号があるわけではないので、魔力のあるイースを忌み子と認定することはもうなくなったわけだ。
そうすると、住むところの問題も解決する。
「さすがに忌み子ってばれると面倒なことになるからなあ。奴隷って言うぐらいしか解決策は見つかりそうにないし……」
ほとんどの大きな街には城壁が存在し、中に入るためには検査を受ける。
身分証明書を持っていない人は、そこでいろいろと調べられるのだ。
この世界は忌み子に対しては厳しいところがあるので、それに引っかかるとイースだけ入れない、ということが起きるだろう。
最悪の場合、身売りされるなんてことも起こりうる。
そうした問題もあってこの洞窟で暮らしていたのだが、もう大丈夫だろう。
「イースが魔力をうまく制御できるようになったら、街で暮らすのもいいかもしれないな……」
街で冒険者にでもなって魔獣を適度に倒していれば、安定した生活ができる。
今よりももっと良い生活ができるだろうと考えて、僕は明日からのイースの訓練を頑張ろうと、意気込んだ。




