閑話2.エレーナの嘘
エレーナの報告を受けて、迅速に部隊を編成したウォルト。
クリスティア、エレーナや上位神たち、最上位天使である熾天使や智天使を含んだ対龍神部隊を。
過去最大ともいえる規模の部隊であり、そしてそれは、敵がそれほどの軍勢を用意しなければ勝てないほどのものだということを示してもいた。
勝つにしても負けるにしても被害は少なからず出るだろう。
部隊に抜擢された神や天使たちはそう考え、これから起こるであろう戦いに決死の覚悟と決意をもっていたのだが……。
「なんだ、これは……」
ウォルトはそう呟かずにはいられなかった。
神龍を倒す目的を持った軍勢が、覚悟を決めてここへ来た天使や神達のほとんどが、今はその役割を果たすでもなくただ茫然と浮かび上がっている。
その顔に浮かんでいるのは驚きの表情だろうか。
しかし、そうなってしまうのは仕方のなかったことだろう。
破壊痕。
それが今、目の前に広がっていたからだ。
半径数キロの円状に広がっている焦土。
えぐり取られた地面や、逆に積み重ねられた岩塊。
森だったころの面影はなく、元の地形すら把握するのは難しいほど。
まるでこの地点だけどこかから切り取られたような、奇妙な戦闘の跡が残されていた。
「……おい、エレーナ。龍神はここにいるはずなんだよな」
「ええ、そうね。私の追跡によれば、ここにいるはずよ。……ただ、追跡はマークした生物を追いかけるだけではなくて……」
「死亡場所の探知までできたんだっけか……」
エレーナの能力の一つである「追跡」は、対象の生物の魔力を追い続けるもの。
生物が死亡した場所には少なからずその生物の残留魔力があるために、「追跡」では死亡場所の特定までできるのだ。
「龍神が、倒されたか……」
ウォルトがぽつりと呟く。
龍神と戦わずに済んだ。
それは喜ぶべきことなのだろうが、ウォルト達の顔色は悪い。
ある一つの懸念が生まれたことを、わかっていたからだ。
「龍神の魔力を吸収した、亜神の誕生か」
「どうするの?人型の生物、それも人間とかで、町にでも隠れられたら手出しはできないんじゃないかしら。それにあの龍神の能力を継承したってことは少なくとも龍神並には強いでしょう。倒せそう?」
そう。
自分たちのように神獣の能力を継承した神は、ほとんどが元の神獣の力よりも強くなることが多い。
大した知能を持たないとされている神獣よりも、能力を使いこなせるからだ。
しかし
「……ふん、龍神が厄介だったのは能力ではなく、魔法をはじく鱗と防御無効のブレスがあったからだ。能力だけを継承した亜神なんざ敵ではないさ」
「あら、そう。すごい自信ね」
そうはいったものの、エレーナは彼の実力をよく知っている。
決して自分を過大評価しているわけではなく、きっと正確な戦力判断に基づくものなのだろうと納得した。
「とりあえず、今回は天界へ帰ろう。せっかく部隊も用意したのにな。……念のために聞いておくが、龍神を倒した奴の魔力は探知内にはないか?」
「……あるわけないじゃない。あったらとっくに報告しているわ」
「ならいい。……クリスティア!帰るぞ。天使たちをまとめておけ!」
ウォルトは少し離れたところで、戦闘痕の調査を指揮していたクリスティアに呼びかける。
そして、用は済んだといわんばかりに下を一瞥すると、能力を使用して天界へと転移した。
「相変わらず判断が早いわね……。まあそうしていないと天界のトップになんて立てないということなんでしょうけど」
下では天使たちも転移の魔法を使ってこの場から立ち去り始めている。
それを眺めながら、エレーナはふと呟いた。
「本当に、倒したのね……。まさかとは思ってたけど」
結果的にエレーナを龍神から救ったことになったあの魔法。
エレーナの恩人ともいえる魔法の発動者が、龍神を倒したのだろう。
エレーナはその時のことを思い出すと、近くにあった丘の、その中にいるであろう恩人に視線を向ける。
「本当にありがとう。あの時私を救ってくれて」
エレーナはウォルトに嘘をついていたのだ。
一つだけ、しかし決して小さくない嘘を。
エレーナの探知には、大きな魔力を持つ者が引っかかっていたのだ。
龍神から吸収したであろう魔力を持つ者と、見たことのない神核を持つ者が。
おそらく前者がウォルトの言っていた亜神に相当するのだろう。
もしかしたら世界の厄災ともなりうる脅威。
しかしエレーナは知っていて見逃した。
それはともすれば主神もたいしての反逆行為ともとれることだったが、エレーナには後悔はなかった。
「あなたには大きな借りがあるからね。……この件で少しは借りを返せたかしら」
どちらが私の恩人かわからないけれど、とエレーナは呟くと丘に背を向ける。
そして、転移の魔法を使い天界へと帰還した。




