17.龍形態
―――声が聞こえた。
前にもこんなことがあったなと、思い出す。
あの時は、神を殺せとか言っていたっけ。
しかし今聞こえているのは、前回とは違い、年老いた老人を思わせるような声だった。
『天晴じゃ……。お主なら、任せられる』
何をなんだろう。
この手の奴らは話に勿体を付けるからわかりにくい。
もっと直に言ってくれればいいものを。
『邪神から、この世界を守ってくれ……』
邪神。
またその言葉。
女神?も言っていた邪神という言葉には、何の意味があるのだろう。
いったいそれが何なのか、この世界を守るとはどういうことなのか。
そんなことを考える暇もなく、僕の意識は引っ張り上げられた。
◇◆◇◆
目が覚めると、もう日が上っていた。
真上に輝く太陽を見るに、もう昼なのだろう。
かなり長い間、気を失っていたようだ。
「ん……」
僕は日光を遮るように手をかざすと、上半身を起こす。
欠損していた足は、いつの間にか治っていた。
きょろきょろとあたりを見回すが、あの巨大だった龍の死骸は、跡形もなく消えている。
「全部魔力になっちゃったのかなあ。……それにしてもすごい跡だ」
龍の姿は存在自体が夢だったかのようにきれいさっぱりとなくなっていたが、その爪痕ははっきりと残っていた。
戦いの跡。
森の原型はもはや残っておらず、一帯が焦土となっていた。
ブレスの影響なのか槍の影響なのか、岩塊の影響なのかはわからないが、でこぼことした地形が出来上がってさえいる。
「半分ぐらいは僕がやったとはいえ……、ものすごいな。こんなんじゃあ動物一匹さえ生き残りはいないだろうな」
イースは大丈夫だろうか。
僕はそう思い、イースの姿を探す。
一応守ってはいたが、万一ということもある。
イースは少し離れた、比較的戦闘痕の少ないところで横たわっていた。
外傷は見えない。
無事の様だ。
「ふう……、よかった」
よっこらせと、立ち上がる。
若干体が重く感じられるが、戦闘の疲労からなのだろう。
ここまで疲れるまで戦ったのもいつぶりだろうなと、思い返す。
もしかしたらこれが初めてかもしれないと思いつつ、僕はイースの方へと歩いて行った。
「大丈夫……かな。もう昼だぞー」
そう言いながらイースの肩を揺さぶる。
イースは嫌がるように唸った後、ゆっくりと目を開けた。
「うぅん……、あれ?龍は……」
まだ意識がはっきりしていないのか、イースはぼんやりとつぶやく。
状況を飲み込めていないようで、視線をあちらこちらへと走らせている。
そしてそれが僕の顔へ向いた瞬間だった。
せわしなく動かしていた目がピタリと止まり、驚きの表情が浮かぶ。
「あの、エル……ですよね。擬態した龍とかじゃなくて……」
イースが震え声で尋ねる。
「え?そうだけど……」
イースは何を言っているのだろう。
それ以外にあり得ないじゃないか。
「でも……角が……」
「角?」
角たって僕の頭にはそんなものは……。
「角ねえ……ん?」
そう呟きながら頭をペタペタ触ると、違和感があった。
というか、なんかあった。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
頭の横から、ごつごつとした角が。
「それで……何でしょう、それら」
ひと段落して、洞窟へ戻った二人。
僕に新しくできた角と、尻尾を指してイースが首を傾ける。
「まさか尻尾まで付いているとはね……」
僕は尻尾をくねくねと動かしながらそう言う。
それに違和感はなく、まるで生まれたときからついているかのように動かせた。
それをじっと見ていたイースが、ポツリとつぶやく。
「これだけ見ると、うわさに聞く竜人みたいですね」
「竜人?」
「はい。えーと、帝国近くの山脈に生息していて、王国では珍しく差別されていない亜人……でしたっけ」
……竜人か。
聞いたことがなかったな。
「でも、角と尻尾だけだよ。竜人っていったら、もっとこう……爪とか牙とかあるもんじゃない?」
「聞くところによれば、竜人は形態を自由に変更できるらしいですよ。爪とかは出し入れ自由だとか……」
「ふーん……あ、消えた」
試しに消えろと念じていると、尻尾がきれいに消える。
この分だと、形態変化も簡単だろう。
それに、と僕は期待を込めてイースに尋ねる。
「竜人っていうからにはさ……」
「はい、龍の形態にもなることができますよ」
「おお!やっぱり……まあでも、まだ僕が竜人になったって決まったわけじゃないけど」
そう。
なぜ僕の体に変化が起こったのか、まだはっきりしていないのだ。
「まあ、十中八九あの龍の魔力を取り入れたからだと思うけど……」
欠損した足も元通りになっているし、と呟く。
何気なく口に出た言葉だったが、その言葉にイースがはっと驚いたような表情を浮かべる。
「足を……、もしかして、私をかばった時ですか?」
「あぁ……いや、まあ気にすることはないよ。こうして今はぴんぴんしているわけだし……」
「……そうですか」
イースが申し訳なさそうに顔を落とす。
怪我をさせてしまったことを申し訳なく思っているのだろう。
でも怪我は必要経費みたいなものだったし、あのおかげで勝てたとも考えられる。
どちらかといえば、イースの介入はありがたかったくらいだ。
だから、そんなに気を落とさなくてもいいんだけどな。
「まあ、もう過ぎたことなんだし。それよりも龍形態確認しに行かない?かっこいいのだといいけど……」
僕は不安を吹き飛ばすように言う。
「そ、そうですか……、ここでは狭いので外へ行きましょうか」
そう言う、僕とイースは立ち上がり、部屋を出た。
家の外。
家を出ても洞窟の中ということは変わらないが、かなりの広さがある。
ここならよほど大きい龍でなければ大丈夫だろう。
「よし。それじゃあ……」
と、僕は意気込む。
竜人一人につき龍の姿も一つと決まっているらしいので、今回の変化でできた龍の形が変わることはない。
変な龍の形が固定されてしまったら、大変だ。
「さて、どんなのにするべきか……」
龍の姿。
そう聞いて思い浮かぶのはつい前に戦った巨大な龍だ。
あの衝撃的で、神秘的な龍の姿は忘れられようがない。
ただ、そんな龍の姿になってしまったらこの洞窟内では収まり切れないし、それにあんな奇妙な姿になるのもごめんだ。
そうすると……
「おお!」
僕の体が輝き始める。
体の内側から何かが突き破って出てくるような感覚を覚える。
視線の高さが徐々に上がっていって……。
そこに一匹の龍が現れた。
「さて、どんなのになったかな?」
僕はわくわくしながら自らの体を見る。
見下ろした僕の龍の体系は……
鋼鉄のように硬そうな、真っ黒な鱗。
鋭い爪と短い前足。
「じゃ、邪龍様……?」
そう。
僕の龍形態は、ここへ来たばかりの時にあっさり倒してしまった黒龍になっていた。




