14.龍神との闘い
絶雷。
これも僕の名付けた魔法のうちの一つ。
我ながら安直なネーミングだと思うが、それでも威力は半端なものではない。
対象の真上から巨大な雷を落とす魔法。
それもただの雷ではなく、魔力を帯びた雷だ。
物理耐性を持っている魔獣にも、魔法耐性を持っている魔獣にも平等にダメージを与えることができる。
龍がどんな耐性を持っていようと、攻撃が通じると思ったのだ。
だが。
何億ボルトという高圧電流を一身に受けても、落下点にあった木々を吹き飛ばすほどの雷を受けても。
龍は依然として浮かんでいた。
「……まじか。ほとんどダメージなし……」
さすがに一撃で落とせるとは思っていなかったが、それでも痛手を負わせることを期待した攻撃。
それが通じなかったという事実に、僕は驚愕する。
ただ、龍の体のところどころからバチバチと電気が流れているのが見えることから、魔法を完全に打ち消しているわけではないのが分かる。
ただ単に効いてないだけなのだろう。
「くっそ……、どうする?」
龍に魔法が聞きにくいからくりを見やぶらないことには、どうすることもできない。
とりあえず、もう一発魔力をふんだんに込めた魔法でも撃ってみるかと空を見上げたその時、僕の頭上で謎の力が集まるのが感じられた。
「――ッ、また未知の力……」
ブレスか、もしくはまた別の魔法か。
どちらであろうが危険なものであることには変わりがない。
特にブレスだった場合は障壁を突き破って外へ出てしまうので、向きに気を付けて対応しなければいけない。
だが。
「……そんなこと言ってる場合じゃないか、ッ!」
力が変化し、頭上に巨大な石の塊が現れる。
僕は猛スピードで飛翔して、落下点から逃れた。
背後から大きな地響きが聞こえ、視界が土煙でおおわれる。
「錬金術……いや、創造の魔法なのか!?」
僕は驚いたような声を出した。
僕が今まで見てきた魔法には、基本的に一つの共通性がある。
それは、物理的物質を創造できない、ということである。
例えば、炎を作り出す魔法は魔法的性質を持った炎を作り出しているだけで、実際に燃焼の反応が起こっているわけではない。
氷塊を作り出す魔法も、風刃を作り出す魔法も、実際の物質を作っているわけではなく、物理的な影響を及ぼすことのできる魔法的な物質を作っているに過ぎない。
ゆえに僕が作り出す障壁は物理無効と魔法無効を分けて設定しなければならいわけなのだが。
唯一例外なのは物質を他の物質へ変化させる錬金術や、物理法則に直接干渉できる呪術ぐらいなものだろうか。
だが、あの魔法はその法則すらも見えない。
石の塊が周りに何の影響も及ぼさず、ぱっと現れたのだ。
明らかに既知の魔法ではない。
いや、そんなことは力が集まっていた瞬間に分かっていたのだが。
しかし、それを詳しく考えている暇はなかった。
僕の逃げる道を追うように、一つ、また一つと力が生成されていく。
そして力が溜まっていくと同時に岩が出現し、落ちてきた。
「くっ……性格、わるすぎ!」
ドオン、ドオンと地響きが連続して起きる中、僕は必死で飛び回る。
こうも連続して岩塊を作り出されると、僕も逃げるしかない。
岩塊が一つ、僕の上に落ちてきたのなら対処は簡単だ。
強い力を加えて岩を粉々に砕くこともできるし、単純に岩自体を持ち上げることだってできる。
今は僕の周りにもイースにしたのと同じような障壁が張ってあるので、ただ突っ立ているだけでも傷一つつかないだろう。
しかし、大量の岩塊となると話は別だ。
岩を一つ一つ粉々にしようが、次々と降ってくるために生き埋めにされかねない。
そうすると一瞬でも身動きが取れない状況になるため、ブレス攻撃をよけきれなくなる可能性が出てくのだ。
まあ石の集まりなんてそんなに障害にもならないような気がするが、それでもあのブレスは視覚を含めて十全の状態で挑まないと危険な気がする。
「クッソ……最初から防戦一方か……」
まずい戦いの流れになってきた。
逃げ回るしかできない現状に、僕は焦りを覚え始めた。
◇◆◇◆
「これで全部でしょうか」
イースは一人、そう呟く。
最低限の生活必需品や少し多めの食糧を、りゅっくとエルが言っていた袋に詰め終わったところだった。
イースはリュックを背負うと家を出る。
エルには急いでといわれたけれど、少し時間がかかってしまった。
今までの遅れを取り戻すがのごとく、イースは洞窟の中を駆ける。
外にいるといっていた化け物に多少おびえながら、しかしエルが守ってくれているという安心感も感じつつ。
そしてわずかな時間の後、洞窟の出口が見えてくる。
「あの外に化け物とエルが……」
想像もできないような強者同士の戦い。
果たして洞窟の外にはどんな凄惨な現場が待っているのだろうと、イースは若干の怯えを感じしながら足を踏み出す。
しかし
洞窟から出たイースの目に入ってきたのは、満天の星空と静かにたたずむ森のみであった。
聞こえてくる音といえば風が木々の葉をざわめかせる音のみで、爆発音や叫び声などといった戦闘音は全くない。
戦いが起こっているとは思えない、静かな夜だった。
「まさか……もう戦闘は終わっているとか」
化け物が意外と弱くてエルの圧勝だったのだろうか。
いや、まさかとは思うが化け物が強すぎて……。
イースはそこまで考えると嫌な妄想を追い払うかのように頭を振る。
エルはどんなに強くても逃げられるといっていたし、エルに限って負けることはないはずだ。
イースはそう自分に言い聞かせる。
しかし、こんなに静かなのはちょっと異常だ。
「少しだけ、行ってみましょうか……」
イースは魔窟の方向を眺めながらそう呟く。
大した戦闘も行われてはないようだし、化け物の姿も見えないし。
ちょっと状況を確かめに行くぐらいなら大丈夫かもしれない。
それに、自分にはエルのかけてくれた魔法もある。
なんせあのエルがかけてくれた魔法。
ちょっとやそっとでは傷一つ負わないだろう。
「第一エルは少し心配性なんですよ。ちょっとくらい大丈夫なはずです」
よし、とイースは意気込むと魔窟に向かって歩き出した。
「うーん。何もないですね」
歩き始めてから少したって。
森は依然として静かなままで、戦闘音も化け物の姿も、魔法の打ち合いの光でさえ見えてくる兆しはない。
「本当にすぐに倒しちゃったんでしょうか…」
何も見つからなそうだしもう戻ろうかな、とイースが思い始めたその時。
すぐ近くに謎の境界線があるのに気づく。
特に色がついていたとか半透明になっていたとかではないのだが、そこに線があるということが何となくわかったのだ。
「あれ、ここから後ろ。景色が動いていない?」
よく見ると、その境界線を挟んで向こう側の景色が動いていない。
そこに境界線があったとわかったのも、向こう側に生えている草が全く動いていないことからの違和感からだった。
イースはその境界線に近づいていく。
「これ、触れても大丈夫なやつでしょうか……」
恐る恐る指を伸ばし、イースは境界線を作っているであろう壁へと触れる。
すると、何の手ごたえもなく指が通り抜けて、見えなくなった。
「ひゃっ!」
可愛らしい悲鳴とともにイースは手を引っ込める。
壁の奥から戻ってきた指は、つい先ほどまで消えていたと思えないほどにきれいにくっついている。
少しの間手をじっと見つめると、イースは問題ないと判断したのか再び壁と向き合った。
そして、少しの間じっと考え込むように頭を落とす。
「この境界線の向こうに行くと、外からは見えなくなるということでしょうか……」
なぜだかわからないが、この壁の向こうは見えなくなっているらしい。
そうイースは判断すると、壁へと向かう。
「指を入れたときは問題ありませんでした。ならこの壁自体に害はないはず」
そう言うとイースは壁をまたぐようにして足を進める。
この壁は、十中八九エルの作ったものだろう。
なぜだかはわからないが、エルは戦いの風景をイースには見せたくなかったらしい。
あるいは近くにある村の皆にか。
そのことに、イースは少し怒りを感じていた。
いくら守るためとはいえ、これは少し過保護すぎるのではないかと。
自分だって戦いを見ることくらいは耐えられると。
確かに化け物を見ることに不安はある。
戦いの凄惨さに驚いてしまうかもしれない。
だけど
「エルについていくと決めたんです。これくらいは我慢できるようでなくては」
エルのそばにいるのなら、これから幾度となく戦いに巻き込まれるだろう。
そのたびにエルに気を使われて、戦闘すら見ることがないままなのだろうか。
それは、ただ甘えているだけだ。
エルと一緒にいるためには、せめて足手纏いにならないくらいでなくてはならない。
「そのための、第一歩みたいなものですよ。」
エルの戦いをしっかりと見て、それを受け入れることがエルについていくための第一歩。
この壁をこえることはイースにとってはそういう意味を持っていた。
どんな凄惨が待っていようと、どんな残酷が待っていようと、耐えて見せるという覚悟をもって、イースは壁の中に一歩を踏み入れる。
そして怯えを打ち消すかのように勢いよくその体を壁の中へと移動させた。
そして、その瞬間。
空気が、変わった。
静かな森の冷たい空気から、戦場の熱い空気に。
耳をふさぎたくなるような爆音とともに、土煙が見える。
ちょっとした丘ぐらいはあるであろう石の塊が突然宙に現れて、それを光の線が通り過ぎる。
はるか彼方の空の上には、見たこともない蛇のような龍が浮かんでいた。
そのすべてが想像をはるかに超えたもので、イースにはおおよそ現実的なものとは思えなかった。
世界最強の神獣と、魔窟を生き抜いた唯一の人間の戦い。
初めて目にするものとしては最悪とも呼べる戦いだった。
「なに……これ……」
イースはペタリと地面に座り込む。
腰が抜けたのだ。
目の前には非現実的な戦いが繰り広げられている。
イースはそれに何を思うこともできず、ただただぼうっと眺めていることしかできなかった。
不意に近くの空に、岩の塊ができる。
それを縫うように、人影がものすごいスピードで飛び去って行く。
「あ!エル……」
イースの口から、言葉が漏れた。
意識してではなく無意識のうちにだろう。
しかし思いのほか大きな声が、イースの口から出た。
すると、その言葉を聞きつけたわけではないだろうが、空に浮かんでいた龍がイースのほうを向く。
「え、ぁえ……」
突然のことにイースは龍をじっと見つめていることしかできない。
あまりの威圧感と恐怖にただ固まって、龍の方から目をそらすことさえできなかったのだ。
龍の口がゆっくりと開く。
そしてその中に禍々しい力が溜まっていくのを感じる。
ブレスなどイースは知っているはずもないが、それでも何か起こるのだろうなということの予想ができた。
しかし、イースの体は動かずに、ぼうっとそれを見つめている。
それしか、できない。
そして、
白い光が、あたりを包んだ。




